34-15105
商品番号 34-15105

通販レコード→英モノクロ切手ドッグ盤
祝祭的で晴れやかな「賛歌」 ― 「マニフィカト」は受胎告知を受けたマリアが、神を賛美して歌う讃歌。受胎の喜びと、自分のような卑しい僕が永遠の王(イエス)を産むという、大いにへりくだった立ち位置で祈る神至上の讃美歌。トランペットが華やかに活躍し、しみじみとした独唱と合唱が喜びの歌を奏で壮麗さと美しさを持つ明るい楽想は、バッハに初めて接する方にも最適。近年は古楽器使用による軽快なバッハ演奏が主流ですが、バッハの国ドイツを中心に長く継承されてきた伝統的なスタイルによる重みのある演奏もそれはそれで魅力的です。バレンボイム盤はスケール雄大、極めてドラマティックな表現で、ゆっくりとした楽章はじっくりと壮重に速い楽章は全力疾走するかのよう、その結果として表情豊かな音楽が肩肘張らずに気持ちのこもった合唱を主体に、長く受容されてきた安定した美感がバッハの「合唱曲」としての魅力をよく伝えてくれます。とかく難解、長大と言われるブルックナーの作品のなかで、比較的小規模で親しみやすいのがここに収められた「テ・デウム」。ブルックナーはこの曲を「全ては主の最大の誉れのために」作曲した。力強く荘厳な響きを持つ曲で、後期ロマン派の作曲家が書いた宗教曲の最高峰とも言われている。カラヤンは「テ・デウム」が得意だったようで非常に多くの録音を残しているが、「名演にしよう」という意志が感じられるほど、かなり凝った演出を行っていた。そんなカラヤンを手本にしたかのように、ドラマティックなテンポ設定が特徴の若々しい力演。バレンボイムは若い頃からブルックナーに心酔しており、その最初の証明とも言えるのがこの録音。みずみずしい感性で歌い上げられたブルックナーであり、コーラスも抜群の質の高さ。明と暗、静と動のメリハリをくっきりと付けている。テンポの遅い箇所はじっくりと沈潜した表現を聴かせ、劇的な効果を狙って速いテンポにシフトチェンジすると合唱がついていけていないのか、そこに猛スピードのオーケストラとの間にハーモニーが呼応するような面白い効果を生み出している。録音場所はリッカルド・ムーティがケルビーニの宗教合唱曲の数々を録音したロンドン、オール・セインツ教会。レコード芸術推薦盤。
ブルックナーはオーストリアの作曲家で、1824四年にアンスフェルデンという小さな村で生まれました。初めは小学校の教師を務めていましたがオルガンの演奏に秀でて、1856年からリンツで教会のオルガン奏者となり、さらに男声合唱団の指揮者も務めました。そして1868年10月、44歳のときにウィーン楽友協会音楽院の教授となり音楽理論・オルガンなどを教える傍ら作曲の活動に励み、1896年に亡くなりました。ブルックナーの作品は150曲ほどが残されていますが、ふだん演奏されるのはほとんどが交響曲です。しかし宗教的作品も60曲ほどあり、内容的にも重要な位置を占めています。なかでも比較的よく演奏されるのが《テ・デウム》です。「神であるあなたを私たちは褒めたたえます」と始まる伝統的な歌詞による合唱作品で、管弦楽伴奏によるソプラノ・アルト・テノール・バスの独唱の入る30分ほどの曲です。また初期の作品ですが、《レクイエム》(死者のためのミサ曲)もたまに演奏される。その他に3つの大きなミサ曲がある。やはり宗教音楽で日本でも比較的親しまれているのは、「モテット」と総称されるラテン語の歌詞による合唱音楽であろう。小さいながら優れた作品が多く、ブルックナーにも《アヴェ・マリア》が3曲あり、特に七声の曲などは優れた曲として繰り返し演奏される。その他には、詩編のドイツ語訳を歌詞とする作品が5つ残されており、それらもブルックナーの信仰を窺わせる音楽となっています。
ダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim, 1942年11月15日ブエノスアイレス生まれ)は演奏家である前に、独自の音楽観を持った音楽家であり、楽想そのものの流れを掴むことのできる稀有な才能の持ち主であろう。テンポの揺れは殆ど無く、凪の中で静かに時間が進み、色彩が移り変わっていく。全体的には厚めの暖かみのある音色で、煌めき度は高くなく沈んだ暖色系の色がしている。ピアニストからスタートして、もともとフルトヴェングラーに私淑していたこともあり、さらにメータ、クラウディオ・アバド、ピンカス・ズッカーマンなどとともに学びあった間柄で、指揮者志向は若い時からあったバレンボイム。7歳でピアニストとしてデビューしたバレンボイムの演奏を聴いた指揮者、イーゴリ・マルケヴィッチは『ピアノの腕は素晴らしいが、弾き方は指揮者の素質を示している』と看破。1952年、一家はイスラエルへ移住するが、その途上ザルツブルクに滞在しウィルヘルム・フルトヴェングラーから紹介状“バレンボイムの登場は事件だ”をもらう。エドウィン・フィッシャーのモーツァルト弾き振りに感銘し、オーケストラを掌握するため指揮を学ぶようアドヴァイスされた。ピアニスティックな表現も大切なことだとは思いますが、彼の凄さはその反対にある、音楽的普遍性を表現できることにあるのではないか。『近年の教育と作曲からはハーモニーの概念が欠落し、テンポについての誤解が蔓延している。スコア上のメトロノーム指示はアイディアであり演奏速度を命じるものではない。』と警鐘し、『スピノザ、アリストテレスなど、音楽以外の書物は思考を深めてくれる』と奨めている。バレンボイムの演奏の特色として顕著なのはテンポだ。アンダンテがアダージョに思えるほど引き伸ばされる。悪く言えば間延びしている。そのドイツ的重厚さが、単調で愚鈍な印象に映るのだ。その表面的でない血の気の多さ、緊迫感のようなものが伝わってくる背筋にぞっとくるような迫力があります。パリ管弦楽団音楽監督時代、ドイツ・グラモフォンに録音したラヴェルとドビュッシーは評価が高い。シュターツカペレ・ベルリンとベートーヴェンの交響曲全集を、シカゴ交響楽団とブラームスの交響曲全集を、シカゴ交響楽団及びベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とブルックナーの交響曲全集を2種、それぞれ完成させている。ピアニストとしてより指揮者として顕著さが出る、この時期のレコードで特に表出している、このロマンティックな演奏にこそバレンボイムを聴く面白さがあるのです。「トリスタンを振らせたらダニエルが一番だよ」とズービン・メータが賞賛しているが、東洋人である日本人もうねる色気を感じるはずだろう。だが、どうも日本人がクラシック音楽を聞く時にはドイツ的な演奏への純血主義的観念と偏見が邪魔をしているように思える。
近年、クラシック音楽の新録はダウンロード配信だけのケースが増え、往年の大演奏家たちの活動の把握が難しいが2014年から新たな「エルガー・プロジェクト」をシュターツカペレ・ベルリンとスタートしている。バレンボイムは言うまでもなく現代を代表する指揮者であり、また長らく一流のピアニストであり続けている。バレンボイムはもちろんワーグナーのオペラを中核レパートリーとしているが、そのワーグナーに心酔し、でもオペラではなく巨大な交響曲を書いたブルックナーも彼の大事なレパートリーだ。ブルックナーに関しては、シュターツカペレ・ベルリンとの3度目の全集(分売)が進行中である。短期間に膨大な演奏や録音をこなすことでも知られる。市場が縮小した今日においても、定期的に新譜を出せる数少ない指揮者である。
独唱陣はバッハのマニフィカトを、ルチア・ポップ、アン・パシュリー、ジャネット・ベイカー、ロバート・ティアー、トマス・ヘムスリー。ブルックナーのテ・デウムを、アン・パシュリー、ブリジット・フィニラ、ロバート・ティアー、ドン・ガラード。ダニエル・バレンボイム指揮ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、ニュー・フィルハーモニア合唱団。1969年1月ロンドン、オール・セインツ教会でのステレオ録音。
GB  EMI  ASD2533 バレンボイム  ブルックナー・テデ…
GB  EMI  ASD2533 バレンボイム  ブルックナー・テデ…