34-20072

商品番号 34-20072

通販レコード→英ラージ・ドッグ・セミサークル金文字、ラージ・ドッグ・セミサークル黒文字盤 二種混合

生命賛歌 ― 開戦前のナチス政権下のベルリン・フィルだというのに、ビーチャムの指揮が素晴らしい。それは格段に現代の感覚。蝋管や縦振動といったデバイスを経て機械式吹き込みから電気式吹き込みへ、エジソンのアイデアからベルリナーが発明した現在のレコードの原型は、SP→LPのフォーマット革命、モノラルからステレオ録音そしてデジタル録音~CDの登場、現在の音楽ソースのデータ化~配信ビジネスへと変容していきます。これらのニュー・メディアへの対応が迅速だった者もいれば、どうしても旧弊に囚われてしまった芸術家も多くいたことと思います。1930年代の半ばからから、モーツァルトのオペラの全曲録音が盛んになりました。グラインドボーン音楽祭で録音された「ダ・ポンテ三部作」と共に、この「魔笛」も録音されました。モーツァルトを知るための厳選10曲の1曲。モーツァルトが生涯に800曲ほどを作曲して『レクイエム』作曲中に若くして死んだことは知られるが、その実、劇場やコンサート、レコードでのレパートリーは限られている。モーツァルトのオペラは一度観劇すれば、どういうことを描いているかを理解しやすいものです。「魔笛」を歌うことを得意とした歌手も多かったでしょうし、録音を遺しても世間から忘れ去られた演奏家たちがたくさん活躍していたことが容易に窺い知れる。そうした事情の中で、現在聴くことが出来るレコードだけでしか価値を計れない私たちには想像もつかない色々な出来事があり、サー・トーマス・ビーチャムは幸いにもメディア変革の波にはうまく乗れたようで、最盛期から晩年までディスコグラフィーに恵まれますが、はたしてこの「魔笛」は今日名盤として聴かれているとは言い難い。ビーチャムと言う往年のこの指揮者をどれだけの人が好んでいるだろうか。でも、ビーチャムのテンポとしては遅めのように思いますが細部まで非常に丁寧に演奏していて、木管の美しさをくっきりと際立たせ、爽やかなウィットに富んだアレグロの煌めきとの間のコントラストはもっとも幸福に満ちたものである。落とし所を上手く歌わせ、リズムも快活なので聴き手は速すぎるという感じを持たないと思います。ビーチャムの音楽の造り方は、一つ一つの音を大事に扱い、真摯で厳かな雰囲気が随所ににじみ出ています。英国史上、ビーチャムの名声、威光、人気、議論好きの特質に比肩する指揮者は誰もいなかった。その演奏は世界各地で絶賛され、大富豪の家に生まれたビーチャムは、その持っていた財力をすべて大好きだった音楽に注ぎ込むことのできた幸福な人だった。本盤は、そのビーチャムがHMVの名プロデューサー、ウォルター・レッグとともにベルリンに赴いて録音されました。第2次世界大戦に突入していた1937年は英国にとってベルリンはどういう土地だったのか。録音には、モーツァルトのスーブレット役として大活躍したイルマ・バイルケなど、第三帝国時代のドイツを代表する歌手たちが参加しています。合唱には無名時代のエリザベート・シュヴァルツコップも加わっているそうです。この『魔笛』は、1938年に録音されたものなれども演奏だけを比べて聴いて、凌駕するレコードは存在しないと断言してよいくらい、歌手たちの名唱と伴奏をつとめるオーケストラの充実が高度にバランスよく揃っています。疾風のように始まり、この興奮に満ちたテンポで、あっという間にファンタジーオペラの世界に引きずり込まれます。そもそも人間世界を描かせれば右に出る者の無いモーツァルトのオペラだけあって、演者がみな人間臭いのも嬉しい限り。そんな戦前のベルリン国立歌劇場の連中を率いたのは件の怪物くんで、わざわざ英国から渡ってきたのがわかる棒さばきの冴えを見せます。ビーチャムは大変ユーモアを解するジョーク好きといわれていますが、演奏の時は考えていたより、ビーチャムの真面目さはどこか一寸違うと出だしから感じました。
独力で歌手やオーケストラを集め、劇場を借りきってオペラ興行を開いた、19世紀的な興行師の最後のひとりという一面もある。彼は自身の財産を投じてオーケストラや合唱団、歌劇組織を創設したが、ここは大事なところ。趣味の拡大ではなくて天性の音楽家が、たまたま大金持の家に生まれ、好きなだけ使えたお金を「正しく」使ったということだ。大富豪の家に生まれたサー・トーマス・ビーチャムは、音楽的才能にも恵まれ、若いときから私財を投じてオペラ・カンパニーを設立し、強い使命感をもって数多くのオペラをイギリスの聴衆に紹介し、さらにいくつものオーケストラを設立、コンサートものでも膨大なレパートリーを聴衆に届ける重要な役割を果たしていました。半世紀以上にわたって活動を続け、彼の「財力と指揮活動」によってイギリスに紹介された作品も数多い。いや、偉大な趣味人だったのかも。ビーチャムは職業指揮者ではないので、ビーチャムの音楽観でまとめられた録音ばかりだ。批評家が何を書こうが怖くなかったし、人気と支持を受け続ける必要などなかった。自分が育てた庭の果実を味わうだけで良かったのだから。特別な空間で生きている大物だったから、その伸び伸びとした音楽を満喫できるんだろうな。その手腕はコンサートに、オペラに発揮され、その音楽は魅惑とエレガンスに満ち、高揚すると火を噴くような激しいものとなりました。そのレパートリーの多さと、常に生き生きとした演奏はビーチャムならではのものですが、これには、彼がリハーサルの達人で、楽員を常に楽しませてやる気を出させ、集中力を発揮させる術に長けていたという背景があるものと思われます。晩年の1950年代末に南米の歌劇場に客演した時の《サムソンとデリラ》《カルメン》《オテロ》《フィデリオ》などの録音を聴いてみると奔流のような音楽に圧倒されるし、1940年代にメトロポリタン歌劇場に登場した際に残した《マノン》《ルイーズ》《カルメン》《ホフマン物語》などのフランス・オペラ名作群には俊敏な躍動感が見事に発揮されている。機知に富んだビーチャムの粋な音楽作りはここでも一際生彩を放っている。ピエール・モントゥーやブルーノ・ワルターと少し違った意味で、いつもビーチャムのレコードを聴くと元気を貰っています。80歳を過ぎたとは思えないこの若々しさ。20世紀前半のイギリス音楽界に君臨した大立て者で、大金持ちだった為に自らオーケストラを組織し大活躍した人である。又、その行動も個性を極めたような人だったらしい。この個性は金持ちから来る余裕というかヨーロッパ上流社会に受け入れやすかったのではないか。だから、面白いと思うが、スイス・ロマンド管弦楽団のエルネスト・アンセルメと並んで同時期、クラシック音楽の普及に寄与した事は事実です。ヘルベルト・フォン・カラヤンがしびれを切らすくらいに、英EMIのステレオ録音への取り組みは遅いものでしたが、そのステレオ録音第1号はカラヤンではなくビーチャムでした。ステレオ録音、後発組だっただけに英EMIのステレオ録音技術は未来を見据えた英DECCAやドイツ・グラモフォンより現代のハイレゾ再生に向いた優れたものでした。SP時代から録音を行い長いキャリアをもっていたビーチャムですが、晩年のステレオ録音には、ビーチャムの自由な個性、ウィットや豪快さが特によく示されていました。
サー・トーマス・ビーチャムは1879年4月29日、英国ランカシャー生まれの指揮者。また、アイロニー、ユーモア、ウィットに富んだイギリス楽壇の名物男でした。1961年3月8日ロンドンにて没。オックスフォード大学を中退し、ウッドとモシュコフスキに個人的に作曲を師事した他は、ほとんど独学で音楽を学んだ。1898年、急病のハンス・リヒターの代わりにハレ管弦楽団を指揮してデビュー。まずは巡業オペラ団を結成し、これは数年続いた。ディアギレフが主宰した伝説的なバレエ団「バレエ・リュス」の指揮者も務めました。同時代音楽の擁護者としてディーリアスやリヒャルト・シュトラウス、シベリウスとの交流はよく知られています。1909年には大富豪であった父の財産をつぎ込んで、ビーチャム交響楽団を設立、リヒャルト・シュトラウスなどの作品を英国に紹介した。1910年からはロイヤル・オペラ・ハウスを自腹で借り切って、自分の思うとおりのオペラ上演を開始した。半分以上はロンドン初演で当たり外れも大きく、決して充実した実入りにはならなかったものの、足らずと損失補填分は父に借財してどうにか凌いだ。1915年にはイギリス・オペラ・カンパニーを創設、しばらくはオペラ指揮者として活動したが1932年、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(The London Philharmonic Orchestra)を創設、1946年にはロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(The Royal Philharmonic Orchestra)を組織し現在も活動している。それ以前にも、1906年の新交響楽団(The New Symphony Orchestra)、1909年のビーチャム交響楽団(The Beecham Symphony Orchestra)を組織、ビーチャムは生涯4つのオーケストラを創設し亡くなるまで指揮者を務めた。現在まで続く製薬会社・ビーチャム製薬(現:グラクソ・スミスクライン)創業家一家の御曹司であった彼は、その類まれなる行動力と潤沢な資金を元手に気儘にオーケストラを創設し、自腹で音楽祭でのオペラ公演やコンサートをしていた。莫大な私財を投じて英国楽壇に貢献した功績は大きく、指揮者としては同時代の作曲家ディーリアスの作品の紹介に務めたことでも知られている。現在コンサートの前に演奏者などがプレトークと言って解説をすることもあるけれども、これもビーチャム卿が最初に始めた。ヘルベルト・フォン・カラヤンより先駆けて初のステレオ・レコードとして発売され、英EMIのカタログから消えることなく50年間以上も多くのクラシック愛好家が代々忘れずに愛聴しているのですから、評価の方も高いことは証明されているでしょう。ビーチャムは82歳まで生きた長寿だけども、1960年に自分の為に創設、編成したロイヤル・オーケストラ後継者にルドルフ・ケンペを指名して引退。1961年に他界しています。現在でも世界4番目と言われる製薬会社の御曹司に産まれたビーチャムは、やりたいことをやって生き抜いた音楽家として満足でしょう。
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団はロンドンが誇る名門5大オーケストラの一つ。1919年に前述のロイヤル・フィルハーモニック協会が設立した、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団という別団体が前にあったが、前身ではない。この楽団は1931年には活動を停止し、翌1932年にBBC交響楽団の常任指揮者就任がかなわなかったトーマス・ビーチャムがBBC響に負けないオーケストラを作ろうと、自らの私財を投げ打ち組織したロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の母体となっている。ビーチャムは、ロンドン・フィル結成に際し「ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団」の称号の継承を望んだが、ロイヤル・フィルハーモニック協会はこれを認めなかった。しかし設立当初からロンドン・フィルはロンドン有数のオーケストラという評価を受ける。ところが第2次世界大戦が勃発するとビーチャムは楽団運営を放棄してアメリカへ渡り、楽団は存続の危機に陥ってしまう。残された楽員たちは自主運営団体として再出発する。第2次世界大戦後の1946年、今度は「ロイヤル」の称号はビーチャム個人がロイヤル・フィルハーモニック協会から使用許可を得てつけられての心機一転の創設である。既に当時はロンドン交響楽団(1904年創設)を始めとして、BBC響(1930年創設)、ロンドン・フィル(1932年創設)と、前年の1945年に結成されたフィルハーモニア管弦楽団があった。結成に際しては優秀な楽団員が集められ、4大オーケストラに匹敵する楽団が出来上がった。海外公演よりイギリス国内で幅広く演奏旅行に取り組み、「イギリスの国民的オーケストラ」と呼ばれることもある。創設者ビーチャムの死後は音楽監督には、ルドルフ・ケンペ、アンタル・ドラティ、アンドレ・プレヴィン、ウラディミール・アシュケナージなど錚々たる顔ぶれが着任し牽引されてきた。そしてこの楽団の特徴として、共演する指揮者やアーティストがバラエティーに富んでいるということが挙げられる。純粋なクラシックばかりでなく、ライトクラシックやミュージカル・ナンバーの演奏でも定評があるというから、既存の有名オーケストラとは一線を画しているという感がある。映画音楽や「フックト・オン・クラシック」シリーズ、ロックの編曲(フリオ・イグレシアス、ビートルズ、オアシス、ピンク・フロイド、アバ、クイーン、マイク・オールドフィールド、フィル・コリンズ、ビーチボーイズ、ディープ・パープルとの共演など)でも有名。1987年に設立された RPO ポップス(RPO Pops, Royal Philharmonic Pops Orchestra)はロイヤル・フィルハを母体としており、ホーム・クラシックや軽音楽の演奏を専門としている。
ドイツの大作曲家のいわゆる「3大B」 ― バッハ、ベートーヴェン、ブラームスのことを少々意地悪に、音楽史上の「3大退屈男」と呼んだことがある。とはいえ、はなから拒絶したわけでもなくベートーヴェンは全交響曲や協奏曲をしばしば演奏し、レコーディングも行っている。現在では「トルコ行進曲」と序曲しかレコーディングされることがほぼない劇付随音楽『アテネの廃墟』全曲をレコーディングしている。自慢の財力と持ち備えたセンスで若い頃から大々的な活動を繰り広げたビーチャムを突き動かしたのは、ある意味「音楽の開拓者」という使命感だったと言われている。その演奏は世界各地で絶賛され、独特の熟成した美しいアンサンブルにマイルドでエレガントな音色はビーチャムの時代から変わらぬ名演に満ちています。英国音楽界を牛耳っていたとも言われるほどの存在だった怪物だからこそ成し得た、満足できる音楽を自由にやりたいように演奏、録音をした。実際、その演奏内容の多彩さには驚くべきものがありました。定評あるディーリアスでは独特の空気感を伝える絶妙な美しい演奏をおこなう一方、フランス音楽やベートーヴェン、モーツァルトなどでは、ときに過激なまでの思い切った表情付けで楽想をえぐり、さらにハイドンではスケール大きく懐の深い演奏を聴かせるといった具合で、それぞれの作品に真摯に向き合う姿は実に感銘深いものがあります。また、レオポルト・ストコフスキーを初めとして1950年代にレコードをたくさん録音した指揮者は楽譜にはない演奏を良くしていますけれども、ビーチャムのレコードもそういった演奏がとても多くあって新鮮に楽しむことが出来ます。ビーチャムは幅広いレパートリーを誇り、正規レコーディングだけでも採り上げた作曲家の数は69人、そして録音曲の数は477曲を数えたという。ビーチャムの演奏は常に生き生きとした演奏をして、聴衆を大いに喜ばせた。ジョン・エリオット・ガーディナーは『アート・オブ・コンタクティング』の中で「彼の演奏は玉のような宝石があふれ出てくるようである」と評している。レコード録音のレパートリーのスタンダードも構築したような業績もあるので、親しんでいる曲からでもビーチャムの録音盤と聴き比べるのは面白く勉強に成る事でしょう。プチ贅沢でなく、秀吉の黄金の茶釜や金箔をふんだんに使った屏風絵が圧倒するだけの金持ちのおもちゃには思えないように、数ある指揮者や歌手のわがまま、自己満足、力を誇示するために録音されたレコードの中でもツタンカーメンの黄金のマスクに匹敵する文化遺産になるレコードです。録音のためのスタジオから、当時最新だった録音機まで気配りも怠りなかっただけに面白いサウンドに仕上がっています。ステレオ録音が未だ実験段階だった時期の録音なのですが、それが俄に信じ難いほどの優秀録音です。
1937年11月、1938年2月、3月ベルリン、ベートーヴェンザール録音。3枚組。
GB EMI ALP1273-5 トーマス・ビーチャム モーツァルト…
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