34-8749
商品番号 34-8749

通販レコード→英初期ラージドッグ盤
ミュンシュが録音した唯一の『ファウストの劫罰』。 ― ゲーテの名作を元にした劇的物語『ファウストの劫罰』 は、オペラとも大規模なカンタータともとれるベルリオーズの大傑作。この破天荒な音楽の本質を明快な筆致で表出、シュザンヌ・ダンコを始めとする独唱者陣の名歌唱、黄金期のボストン交響楽団のフランス風の響きを湛えたヴィルトゥオーゾぶりとも相俟って、発売以来古典的な名盤として高く評価されています。RCAでのミュンシュによるベルリオーズ主要作品録音の先鞭をつけた1954年の録音で、細部まで明晰なモノラル・ハイファイ・サウンドは、この名演を味わうのに不足はありません。当時ステレオ録音の開発と実験に力を入れていたRCAは、オーケストラのセッションではメインのモノラル・セッションをリチャード・モアとルイス・レイトンが行うのと平行して、実験的なステレオ収録をジョン・ファイファーとジョン・クロフォードが担当する形で録音が進められることが多かったそうです。ミュンシュが最も得意とし、名刺代わりのように世界各地で演奏した「幻想交響曲」の古典的名盤はライヴも含めると6種類の演奏がCD化されていますが、その中でパリ管弦楽団との1967年盤に匹敵する熱気を孕みながら、アンサンブルの充実度で勝るボストン響とのステレオ録音が1954年11月のセッションでした。いまでこそ「Living Stereo」で注目されていますが、英デッカでさえ成し得なかった時期のステレオ録音だったこともあって、この録音はステレオでは2トラ38cm/sのオープンリール・テープで発売された事があるだけ。ミュンシュによる『ファウストの劫罰』のステレオ録音は実現しませんでしたが、実はこの1954年2月の時点でステレオ録音が行われていたものの、現在ではテープが失われ第4部の『奈落への騎行』の一部が残されているのみ。ミュンシュ面目躍如の重厚で色彩感を疎かにしない適正を生かした演奏で、ボストン響の黄金期の名人芸を堪能できます。当時のトップを走っていたRCAなればこその技術でしょう。さすが親会社がエレクトロニックメーカーであればこそでしょう。モノラルですら音質鮮烈というRCAならではの優れた録音技術が捉えたミュンシュ&ボストン響の素晴らしい演奏。未だに輝きを失っていない名演で、ミュンシュのベルリオーズにかける情熱が伝わってくる。
指揮者ミュンシュと言えば、パリ・コンセルヴァトアールを振って録音した、〝ベルリオーズ・幻想交響曲〟と〝ブラームス・第1番交響曲〟の2枚に止めをさすだろう。特に〝幻想交響曲〟は、交響曲でありながらロマンティックな曲想は、ベルリオーズの実体験にもとづいたストーリーあっての標題音楽であることを、ミュンシュは熱を持って物語る様な視点で表現する。ミュンシュにとってベルリオーズの幻想交響曲は十八番中の十八番であり、繰り返し録音も行われていてセッション録音では1940年代後半のフランス国営放送管弦楽団との仏コロンビアへのSP録音、ボストン交響楽団との米RCAへの録音が1954年と1962年の2回、これに1966年にハンガリー放送交響楽団との放送録音をはさみ、1967年にパリ管弦楽団との仏EMIへの録音に至るまで全部で5種類もあります。これに加えて、最近ではライブ録音が数々発掘されていて、1963年のフランス国立管弦楽団とのリスボンでのライヴ録音を筆頭に1967年のバリ管弦楽団とのライブ、さらには1966年のシカゴ交響楽団とのライブもあります。この他に映像としては、1962年の日本フィルハーモニー交響楽団、同じく1962年ボストン響、1963年のカナダCBC交響楽団などがあります。ベルリオーズの音楽の灼熱的な情感と夢見るような幻想が、オーケストラの華麗な色彩を添えて見事なまでに音化されています。ミュンシュ&ボストン響のベルリオーズ・チクルスの発端となった1953年録音の歴史的な『ロメオとジュリエット』は、ボストン響が史上初めてこの大曲の全曲を取り上げた演奏会と並行してRCAへの録音が行われたもの。その年の秋に発売されたLPは大きな反響を巻き起こし、モノラルながらも『ハイ・フィデリティ』を標榜しオーケストラの響きや独唱・合唱のバランスを見事に家庭の装置で再生することのできた名録音が高く評価されました。この録音の商業的な成功を受けて、翌年からミュンシュ=ボストン響による『ファウストの劫罰』をはじめとするベルリオーズの大曲・管弦楽曲が次々に録音され、現在に伝わる一連の名盤が生み出されることになったのでした。ボストン響との最初の〝幻想交響曲〟1954年録音盤は、初出LPはモノラル録音でしたが、翌年録音の『ダフニスとクロエ』同様、後に並行して収録されていたステレオ録音が発売されました。
シャルル・ミュンシュ(Charles Munch, 1891〜1968)のキャリアはヴァイオリニストからスタートしていますが、若かりし頃、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターに就任、その時の楽長がヴィルヘルム・フルトヴェングラーだった。毎日その巨匠の目の前に座って多くのことを習得したことから、しらずと例の拍子をぼかす内容重視の指揮法はフルトヴェングラーの指揮姿から身につけたものと推察出来ます。ミュンシュは音楽が持っているストーリー性を、物語の様な視点で語りかけてくる。それが度を越すケースが多いのだけど、熱を持って表現する。ゲヴァントハウスではドイツ語でカール・ミュンヒ(Carl Münch)と呼ばれていた。生涯のほぼ半分ずつを、それぞれドイツ人とフランス人として送った彼は、両国の音楽を共に得意とした。ミュンシュは当時ドイツ領だったストラスブルク(ストラスブール)出身であることから、れっきとしたドイツ人であるがゆえにブラームスなどのドイツものまで得意としていたのは当然、彼の演奏で聞いても見たかったがバッハも熱愛していた。さらにフランスの実存主義の哲学者サルトルの親戚で、これまた20世紀を代表するドイツ=フランスの哲学者・医学者シュバイツァーを叔父に持つミュンシュのDNAには、凄いバックボーンが聳え立っている。深い理解と鋭い直感が、魅力的な作曲家像を描くことに成功しており、ミュンシュの解釈が透けて見るようなその演奏。それは作曲者を作曲者として描き出す直系の実存主義サルトルの強い影響があったのかと思うと納得。〝ベルリオーズの幻想交響曲〟と〝ブラームスの第1交響曲〟でのミュンシュがドライヴするパリ・コンセルヴァトアールの燃焼ぶりは永遠に色褪せることがない。1929年にパリで指揮者としてデビュー、1937年にパリ音楽院管弦楽団の指揮者となって、1946年まで在任した。1949年からボストン交響楽団の常任指揮者に就いたミュンシュは、このオーケストラと数多くのレコーディングを行い、ミュンシュの録音はほぼすべてをリチャード・モーア、ルイス・レイトンというRCAのステレオ録音の礎を築いたコンビが手がけた。『生涯の終わりごろ、ブラームスが目も眩むほどの速さでヴァイオリン協奏曲を振りはじめた。そこでクライスラーが中途でやめて抗議すると、ブラームスは「仕方がないじゃないか、きみ、今日は私の脈拍が、昔より速く打っているのだ!」と言った。』そんな興味深いエピソードを、ミュンシュはその著書「指揮者という仕事」(福田達夫訳)の中で紹介していますが、いまここで音楽を創造しながら、「ああ生きていて良かった!」という切実な思い、光彩陸離たる生命の輝き、そして己の殻をぶち破って、どこかここではない彼方へ飛びだそうとする“命懸けの豪胆さ”が、私たちの心をひしひしと打つのです。
ベルリオーズ:劇的物語『ファウストの劫罰』 Op.24(全曲)。シュザンヌ・ダンコ(ソプラノ:マルグリート)、デイヴォッド・ポレリ(テノール:ファウスト)、マルシアル・サンゲル(バリトン:メフィストフェレス)、ドナルド・グラム(バス:ブランデル)、マッケンリー・ボートライト(バス:地上のエピローグ)、G.ウォーレス・ウッドワース合唱指揮ハーヴァード・グリー・クラブ、ラドクリフ合唱協会、シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団。1954年2月21、22日ボストン、シンフォニー・ホールでのセッション、モノラル録音。3枚組。
GB 	EMI 	ALP1225-7	ミンシュ 	ベルリオーズ・ファ…
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