34-20467

商品番号 34-20467

通販レコード→英チューリップ盤

素晴らしい美しさ!教会の豪快な残響も作用して、これ以上無いというくらいの耳の快感をもたらす。 ― 青春、人生の晩秋と、季節に人生を重ねる様に、ブラームスの4つの交響曲は季節に例えられて解説されることがある。ブラームスの交響曲第2番は、春の交響曲とも呼ばれる。交響曲第1番の荘重な作風とは対照的に、この交響曲第2番は自然の大気をいっぱいに吸い込んだニ長調の伸びやかな作品であり、初演を聴いた人々は心からの共感と理解を寄せた。ブラームスの擁護者で音楽批評界の大御所のハンスリックは、第2交響曲は、玄人、素人の別なく、聴く人の心に温かい陽光を降り注いでくれる ... とにかく良い音楽を聴きたいと願う、すべての人たちのために書かれたといってよい曲である。と絶賛する。ハンスリックによると、《第1番》は「ファウストの苦悩を力強い形で表現した」のに対して、《第2番》は「大地に咲く優しい春の花のもとに舞い戻ってきた」のである。ベートーヴェンは春か、冬か。「第9」は冬の季語として、しっかり歳時記に載っている。ドイツ3大Bで、ドイツ的シンフォニストの作曲家はベートーヴェン、ブルックナー、ブラームス。ブルックナーが交響曲第9番の作曲を開始したのは1887年8月12日です。これは自筆スケッチに記載された最初の日付です。総譜化が始まったのは1991年4月末ですが、スケッチの作業も続けられます。第1楽章の総譜化と、第2、3楽章のスケッチを進めているが、この時のブルックナーのスタイルだったのでしょうか。ブルックナー自身がフィナーレが未完に終わった場合には「テ・デウム」をフィナーレの代用にするつもりだと、ウィーン大学の最終講義の折に洩らしていました。第4楽章はかなりの量のスケッチが残されていて、コーダ直前あたりまで再構成することが可能とのことですが、完成することなくブルックナーの絶筆になりました。第4楽章に着手したのは1895年5月24日で、亡くなる当日の1896年10月11日にもフィナーレに携わっていました。第4楽章をオーケストレーションする試みもありますが、未完成の交響曲として、ブルックナーの意向の「テ・デウム」を演奏してベートーヴェンの第九に倣う時と、3楽章の交響曲としてシューベルトの未完成に倣うことができる。ギュンター・ヴァントだと、手兵と勝手の違うベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を鳴らしすぎた感があるが、本盤では指揮者とオーケストラの個性が隙間なく統合されている。これは1966年の演奏で、内実ではなく外見への執着がプラスに作用した甘美な音の洪水に浸れます。後のブルックナー交響曲全集のときの録音はカラヤンとベルリン・フィルが最高の関係にある時のものなので、この演奏は美しいには美しいけれども〝哀しみ〟は感じさせない。つまり1975年盤とは全く似ていない。集中力や熱気が犇々と感じられる。
イエス・キリスト教会で録音されていることも、あるいは厚化粧の施されていない素直な音に仕上がっていることの大きな理由であろう。第1楽章の第2主題に聴けるブンブンと低弦から唸り上げつつ旋律線を歌いまくる巧さ。金管は何かに襲いかかるがごとく鋭い響きを立てるし、ティンパニもそれに負けじと応酬している。弦楽器セクションの厚みは凄みさえあり、しかも素晴らしい美しさの妙。ブルックナーというとごつごつした演奏でなければならないということはないはずで、この極上の厚みと艶で仕上げられた演奏の魅惑は堪え難い。高い天井から降り注ぐように教会の豪快な残響も作用して、これ以上無いというくらいの耳の快感をもたらす。録音ディレクターがハンス・ヴェーバー、エンジニアがクラウス・シャイベである。ヘルベルト・フォン・カラヤンのブルックナー演奏は、迫力は超弩級でも節度を保っているために上品で流麗という印象を抱くのが常にあることですが、それが当盤には当てはまらない。1960年代のブルックナーとして唯一の録音というだけでなく、1970年代以降の録音からは本盤で聴かせた荒々しさが滅多に聞かれないという点でも貴重である。前年の1965年3月19日、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とチャイコフスキーのバレエ『白鳥の湖』、『眠りの森の美女』組曲をレコーディング。6年に及んだ英デッカとの録音契約を終了。本盤録音直後の1966年4月、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を率いての2度目の来日。東京、大阪はもちろん、愛知、広島、高松、福岡、金沢、仙台、札幌で公演。日本での人気を確定します。さらに8月、ワーグナー『リング』全曲録音の第1弾となる『ワルキューレ』をレコーディング。そして12月、チャイコフスキー『1812年』をレコーディング。冒頭の合唱パートにドン・コサック合唱団を起用して話題に。このように、1964年~67年頃にかけてベルリン・フィルと行ったドイツ・グラモフォンへの録音には、なかなか類例がないほどのコクの深い名演奏が並んでいます。多くはカラヤン自身と他の名指揮者の既発盤が存在するにも関わらず、そうした定盤をカタログから一掃しようとでもする勢い。しかも、音楽がたった今、この瞬間に生成されつつあるのだという感覚を与える。本盤のブルックナーに顕著な楽団の技術的精度とか、重厚な絃による和声の美しさ、フォルティシモの音圧といった長所は、それ自体が目的ならばカラヤンも楽員も身を切る思いをするには及ばないと思う。しかしここでは、もっと強い、霊的な力が音場空間を支配しており、最高のオーケストラを起用して技術上の完璧さが独走しないところに、実はカラヤン芸術の身幅、貫禄があるとも言えまいか。
ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~1989)はオーストリア出身ですが、同郷の作曲家ブルックナーの作品を網羅的に取り上げていた訳ではありません。レコード録音に対して終生変わらぬ情熱を持って取り組んだパイオニア的存在であり、残された録音もSP時代からデジタル録音まで、膨大な量にのぼりブルックナーの交響曲全集録音を遺してはいますが、作品ごとに愛着や理解の濃淡があったと見るのが当然です。初期作品や、交響曲第6番は実演では取上げていないと推測されている。カラヤンがことあるごとに愛奏した十八番レパートリーは3曲。ヴィルヘルム・フルトヴェングラーを意識し、挑発する格好の対照である交響曲第5番。カラヤン的スポーティな演奏だと爽やかな風が通り過ぎるかのような心地良さがあり、カラヤン美学の象徴とも言える緩徐楽章は情緒纏綿にねっとりと歌い上げる交響曲第7番。一部には顔を顰める人もいるカラヤン流レガート奏法も抑え気味でリズムを明確に強調した実直とも言える表現と素晴らしい音響の、交響曲第8番は極めてシリアスで、荘厳な演奏でフィナーレのカタルシスは正にこの世の終わりを感じさせるほどの圧倒的な存在感を誇ります。カラヤンはブルックナーの「交響曲第9番」を演奏会でもよくとりあげ、生涯39回プログラムに取り上げていますが、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を手に入れてから黄金コンビの全盛期に向かって加速的に演奏会数が増します。カラヤンのブルックナー作品への傾倒は第2次大戦前からのことで、演奏会では交響曲第4番以降の諸曲をコンスタントに取り上げていましたが、録音面ではステレオ時代の到来を待ってようやく1957年に実現したベルリン・フィルとの交響曲第8番が最初でした。その後、ベルリン・フィルとの録音が本格化した1960年代にはなぜかブルックナーの録音は行われず、1966年3月のスタジオ録音までに、実演で17回「第9番」を演奏し、この録音直前の演奏会でも18、19回目にあたる演奏を行っています。突然と「第9番」だけ単独に録音された本盤ですが、きっと、この時期のカラヤンには確固たる「第9番」があったものと思われます。1970年代の磨き抜かれた美しさと異なり、分厚いオーケストラの響きに、熱気と気合いを感じます。「第9番」は曲相的にも、淡々とした演奏が多いものですが、まさに「カラヤンのブルックナー」というモダンな「美しい9番」演奏です。それを究極の状態にまで完成させた時期が、1975年のスタジオ録音の頃だったのではないでしょうか。
Symphonie Nr 9
A. Bruckner
Dggga
1991-02-25

1966年3月19日ベルリン、ダーレム、イエス・キリスト教会でのステレオ・セッション。録音ディレクターがハンス・ヴェーバー、エンジニアがクラウス・シャイベ。