34-15098
商品番号 34-15098

通販レコード→英ナローバンド盤[オリジナル]
ロマン派オーケストラ作品の傑作として位置づけた名演 ― 剥げ頭に大きな御凸、頭が二つあるくらいインパクトの強いキャラクターをもつ広く日本のクラシック音楽ファンに親しまれた指揮者、ホルスト・シュタインはバイロイト音楽祭で「パルシファル」や「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を振っていることからも実力は双頭なもの。NHK交響楽団では、1973年の定期公演に初出演。1975年からはN響名誉指揮者となり、1998年までの間に16回共演。ワーグナーを始めとした数々の名演で知られ、NHK交響楽団をサバリッシュと共に育ててきた功労者。1980年から85年までスイス・ロマンド管弦楽団の音楽監督も務めていました。このシベリウスは就任以前の1970年から少しずつ録音されたもので、両者の良い関係を証明するものでもあります。なかでも「交響曲第2番」や「フィンランディア」などは、まるでワーグナーを思わせる壮麗な響きに満ちており、当時の音楽誌でも大絶賛されました。ワーグナーのスペシャリストでもあったホルスト・シュタインはシベリウスも得意としており、その硬派でがっちりした演奏にはファンも多かったようです。シベリウスは初期の作品などでは独墺系作曲家の影響も受けており、ドイツ的な演奏スタイルが功を奏することが多いのもそのためとも思われます。ドイツ・ロマン派の音楽やオペラで他の追随を許さないエネルギッシュな指揮芸術は、ドイツの正統的なカペル・マイスターの伝統に根ざしており、滋味溢れる深い味わいは感動と充足を誘う。デッカにグルダと入れたベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集が印象深く、それも名門ウィーン・フィルとやっている。しかし、レコード点数はフィリップスから発売された〈バイロイト・ライヴ〉を除くと目ぼしい物はなく、ヴォルフの管弦楽作品は追悼盤として初めてCD化されたほどだ。本盤もデッカから発売されていてレア・アイテムのカテゴリーに入る。それもそのはず製作陣はリチャード・ベズウィック、エンジニアはコーリン・マーフォートですから録音も優秀です … わざわざこうしたデッカ一軍がジュネーブまで出張セッション組むシュタインの実力が証明されている。特別興味深いのはエルネスト・アンセルメに鍛え上げられたラテン的明度と彩度の高いスイス・ロマンド管弦楽団が、その良さを保持したまま珍しくも強力なバスを響かせガッチリとした響きを放っている。ここでシュタインは重みのある充実した演奏を展開、ロマン派オーケストラ作品の傑作としての位置づけを誇示するかのような説得力も持ち合わせています。
メーテルリンクの戯曲「ペレアスとメリザンド」は1893年に戯曲として初演が行われ、多くの音楽家が素材として取り上げています。1900年にフォーレが英訳によるロンドン初演のための劇付随音楽を、1903年にはシェーンベルクが交響詩、ドビュッシーのオペラは1902年に初演が行われ、1905年にシベリウスの劇付随音楽が作曲された。第1曲「城門にて」から重苦しさいっぱいの音楽で、重厚な響きが重苦しくのしかかってくるようで、話に聞く北欧の厚い雲に覆われて暗くて長く続く冬の季節のようでもある。わずかにメリザンドが泣きながら森の中の泉のそばに座っていて、ゴロ-と出会う第2曲「メリザンド」がメリザンドの優しさを伝えるようであり、第6曲「パストラーレ」が牧歌的な楽しさ、それに第7曲「糸を紡ぐメリザンド」はペレアスとメリザンドの愛の語らいの場の音楽ですので、その楽しげな雰囲気を和らぎに替えられますが、最後の第9曲「メリザンドの死」の音楽で重苦しさはあるものの、どちらかというと清冽な響きを強く感じます。想いを寄せるゴローが恋人ペレアスを殺し、自分も傷ついたメリザンドが最後に息を引き取る場面の音楽でドビュッシーが目を背けたほど、ペレアスとの子を産んでから亡くなる極めつけの痛烈なもの。シンフォニストとしてイメージから北欧の大自然をそのまま響かせるような交響楽は、シベリウス芸術の醍醐味だが、ロシアから独立を果たそうとするフィンランドの人々を鼓舞した「フィンランディア」は、シベリウスという作曲家の代名詞。また、フィンランドの叙事詩『カレワラ』に基づく作品を多く作曲し、フィンランドの民俗性を瑞々しく音楽で表現し得たこともシベリウス芸術の神髄と言えるだろう。そんなシベリウスの、もうひとつの顔が劇音楽作曲家。劇音楽は11作品も手掛けている。それらから組曲に改作された『カレリア』や、「悲しきワルツ」がポピュラーな『クオレマ』などがあり、芝居から独立しても十分に魅力的な音楽を聴かせてくれる。そんなシベリウスの最後の劇音楽が、シェイクスピアの『テンペスト』。1925年、コペンハーゲンの王立劇場の委嘱で作曲された劇音楽『テンペスト』は、シベリウスの創作意欲が翳り始めた頃、60歳、還暦を前にして完成された。シベリウスはロマン主義に立脚した作曲家だったけれど、その人生の後半はストラヴィンスキーや、シェーンベルクが新しい音楽語法を見つけ出そうと暴れまくっていた時代に当たってしまう。古き良きハリウッドのファンタジー映画を思わせるテイストで、1920年代の表現主義的サウンド。『テンペスト』のミステリアスな雰囲気を引き立てつつ、ワクワクさせられシェイクスピア劇の勿体ぶった表情とは一線を画する。よくよく聴くと、このテイストが、あちこちから聴こえて来る。先鋭的なモダニズムの対岸で、より柔軟性に富んだ現代にも通じるセンスが息衝き、ロマン主義、国民楽派を越えて新たな表現の芽が生まれているようにも感じらればこそ、シベリウスの最後の劇音楽となったことが残念だ。
ホルスト・シュタイン(Horst Stein)は1928年5月2日、大指揮者ハンス・クナッパーツブッシュの故郷として知られるラインラント地方の都市エルバーフェルト(現在はヴッパータール市の一部)に生まれました。フランクフルト・アム・マインの音楽ギムナジウムとケルン高等音楽院で音楽教育を受けますが、ケルン高等音楽院ではこちらも同郷の名指揮者ギュンター・ヴァントに師事しています。1949年にヴッパタール市立劇場の合唱指揮者に就任してキャリアをスタート、1951年にハンブルク国立歌劇場指揮者となって活動を本格化させる一方、1952年から1955年にかけてはバイロイト音楽祭で、ハンス・クナッパーツブッシュ、ヨーゼフ・カイルベルト、ヘルベルト・フォン・カラヤンなどのアシスタントを務めて経験を深め、自身も1962年に『パルジファル』を指揮してバイロイト・デビューを果たします。ベルリン国立歌劇場の楽長を経て1963年にマンハイム国立劇場音楽監督に就任(1970年まで)。1970年から3年間はウィーン国立歌劇場第1指揮者を務めるなど、叩き上げのオペラ指揮者として重厚な実績を残します。ウィーン国立歌劇場にポストを得た1970年には、バイロイト音楽祭でワーグナーの『ニーベルングの指環』全曲を指揮して絶賛され、ワーグナー・オペラのスペシャリストとしての名声を確立しています。1972~77年にはハンブルク国立歌劇場音楽総監督を務めますが、以降はコンサート指揮者としての活躍に重心を移し、1980年からスイス・ロマンド管弦楽団の音楽監督を5年間務めた後、1985年にバンベルク交響楽団の首席指揮者に就任、その名コンビぶりは来日公演やレコーディングを通じて日本でもよく知られるところとなりました。1985~89年にはザルツブルク音楽祭に出演、ベルリン・フィル、ウィーン・フィルなどヨーロッパの主要オーケストラに客演、バンベルク交響楽団とは世界各地へコンサート・ツアーをおこなっています。ワーグナー、ブルックナーをはじめとした、ドイツ音楽の伝統を受け継ぐ指揮者として確固とした地位を築いている。日本へは1973年にNHK交響楽団への客演で初来日、2年後の再登場時には名誉指揮者の称号を贈られるなどNHK交響楽団との結びつきはきわめて深く、以後1999年まで定期的に客演を重ねました。1996年、病気のためバンベルク交響楽団の首席指揮者を辞任、終身名誉指揮者の称号を贈られて活動を続けますが、1999年の「プラハの春」音楽祭出演中に倒れ、以降は活動休止状態となったまま、2008年7月27日、スイスの自宅で亡くなられました。享年80歳でした。
組曲『ペレアスとメリザンド』 op.46、『テンペスト』序曲 op.109-1、『テンペスト』組曲第1番 op.109-2。1978年6月、7月ジュネーヴ、ヴィクトリア・ホールでのリチャード・ベスウィックのプロデュース、コリン・ムーアフットによるステレオ・セッション録音。
GB  DEC  SXL6912 ホルスト・シュタイン  シベリウス…
GB  DEC  SXL6912 ホルスト・シュタイン  シベリウス…