商品名GB DEC SXL6713 アンタル・ドラティ コダーイ・交響曲 他

「本場ものの強み」というありきたりな表現をするしか無いのは歯がゆいが、舞曲や民謡には、ウィンナ・ワルツやフラメンコを引き合いに持ちだすまでもない、やはり真実が含まれるのだろう。 ― ハンガリー生まれ、コダーイやバルトークに師事し、作曲家としても活躍した大指揮者ドラティ。本盤で師匠の意向忠実に再現。コダーイ演奏のスペシャリストとして名を馳せたドラティの名演として名高い、雰囲気だけの薄口の演奏とは違い、ドラティ盤は隙のない手堅い演奏で代表的な名盤といえる。ハンガリーのある村でほら吹きの名物男ハーリ・ヤーノシュが宿屋で自分の武勇伝を語り始めようとした時、傍にいた若者がハーックション!とくしゃみをするコダーイのもっとも有名な作品である組曲「ハーリ・ヤーノシュ」、この第3曲「歌」、および第5曲「間奏曲」でジョン・リーチが演奏するツィンバロンが大活躍、その民族的な音色が存分に効果を挙げている。「ハンガリーには昔から、『話をしている時に、聞いている人がくしゃみをしたら、それはその話は本当であることの証拠だ。』という言い伝えがあります。そこでこの組曲(「ハーリ・ヤーノシュ」)も、くしゃみの音で始まります!ハーリの話に聞き入る村人の一人が、盛大に派手なくしゃみをして、この老人の話が一聴に値するものであることを保証するわけです。確かにハーリの話は、『わしは昔ナポレオンを降参させて謝らせたものだ。』などといった類のものなのですが、しかしそれでも、それなりに一聴の価値がある、というわけです。」こうコダーイは解説したが、尚、「話をしている時に、聞いている人がくしゃみをしたら、その話は嘘である。」というハンガリーの言い伝えについては、コダーイの認識として鑑賞すれば良い。Side-1余白に《厳格なミヌエット》、Side-2の交響曲ハ長調「アルトゥーロ・トスカニーニの思い出に」は、古典形式を導入し集大成的な観もある重厚でドラマティックな大曲です。ハンガリー音楽には元々東洋的民族音楽的雰囲気により親しみ易いものが多いだけに、じっくり楽しむには全体素晴らしい盤だ。ドラティが67歳の時、ハイドン交響曲全集完成の偉業を成し遂げた翌年、同じくフィルハーモニア・フンンガリカを指揮して、コダーイを集中的に録音した。ハイドン同様に、オーケストラ・ビルダーそしてトレイナーとしての実力抜群のドラティは流石聴き応えある演奏運びをしております。加えて、このフィルハーモニア・フンガリカのメンバーは1956年ハンガリー動乱の時に亡命したリスト音楽院出身者が中心であり、その彼らが西ドイツ、北ラインの小町マールで設立したオーケストラ。音色の洗練も技巧的な特色もとりたててないが、民謡的な曲は特にその歌い回しに熱気があり元自国の作曲家作品だけにある「自信」を持っての曲運びを行われています。それに躍動感は軽快でありながら、溜めのある歌心あり、ジプシーサウンド(ロマ)風味が、濃厚に色づけされている。そして、木管の歌いまわしの特徴で味わいにコクがくわわる。民俗的な音楽、特に舞曲を演奏する上で、それが生来のものとして血肉になっている地元民には独特の語法が身についているという説には、ウィンナ・ワルツやフラメンコを引き合いに持ちだすまでもない、やはり真実が含まれるのだろう。抑えきれぬ情熱。ドラティにしては珍しく踏み込みが強く激しくもある。オーケストラも滾っている。
ドラティ(1906~88)はフランツ・リスト音楽院でコダーイに師事した。彼が「コダーイの思い出」に書いているようにこの音楽院で38歳のコダーイは14歳のドラティをクラスの担当として4年間の教えた。多感な時期での畏敬と友情は生涯続いた。ハンガリーの20世紀の作曲家、コダーイ・ゾルタンは、1882年生〜1967年没。今年没後50年。バルトークとは、リスト音楽院(旧ハンガリー王立音楽院)での教職などで同じ道を歩んでいた盟友同士であるだけでなく民話、民謡をバルトークとともに収集、ほとんど全ての曲でモチーフとして扱ってます。然しながら、たとえばラヴェルとドビュッシー、ボロディンとリムスキー=コルサコフ、ベルクとウェーベルンなどに見られる対等的な関係にはなっておらず、作曲家としての評価や作品のポピュラリティは、少なくとも日本においては相当に開きがある。「作曲家の心の中に、農民音楽に対して全身全霊で自己を捧げるほどの強い愛情が生きていて、その愛情から、彼が農民音楽の音楽語法の影響を無条件に受け入れる時、しかも、その作曲家に自身の芸術思想があり、その表現に必要な技法を完璧に身につけているのであれば、民族音楽の内部に秘められている本質を表現することになるのです。コダーイは、ハンガリーの農民音楽を支えとし、その最も理想的な姿を作品に形成しながら、この問題を解決し得たのでした。」バルトークを以って、コダーイをこう言わしめている。オーケストレーションはすばらしいし印象的な旋律も多い。コダーイには、バルトークとはまた違った別の魅力や業績がある。しかも、第2次世界大戦の勃発がバルトークにアメリカ移住を余儀なくさせたわけだが、一方でそれでもコダーイはハンガリーを離れることがなかった。また、音楽教育にも並々ならぬ尽力をしたことでも知られている。「ハンガリー民俗音楽」と「ヨーロッパ芸術音楽」の旋律・和声・構成の面で新と旧、東と西、民俗音楽と芸術音楽などを統合しようとしたことがコダーイの芸術である。民謡旋律やリズムなどの民俗的要素を抽象化したバルトークよりも、より生に近い形で取り入れたコダーイのほうが、「本場ものの強み」の傾向が強くなるのだろう。ドラティはシカゴ交響楽団、ミネアポリス交響楽団でマーキュリー、フンガロトンに録音をしている曲もあるが、デトロイト交響楽団とのコダーイ録音はない。1973年9月〜12月マールの聖ボニファティウス教会でのセッション、プロデューサー:ジェイムズ・マリンソン、エンジニア:コリン・ムアフットが手掛けたステレオ録音。SXL6712,6713,6714と番号が続いているが、3枚組ボックスで最初に発売されたセットの分売。すなわち最初からセットとして企画された作品集でもあるので、もとは「ハーリ・ヤーリシュ」の序曲として書かれていながら、ベートーヴェンの歌劇《フィデリオ》に対する《レオノーレ》序曲に似た経緯を思わせる、「劇場序曲」と「バレエ音楽」は SXL6712, 6714 に分かれている。
GB  DEC  SXL6713 アンタル・ドラティ コダーイ・交響…
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