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低弦が唸りを上げるほどの荒っぽい激しさ ―  ベートーヴェンを聴く者にとって最初に選ぶべきレコード。ベートーヴェンを弾く上でピアニストにとっても意識せざるを得ない録音。バックハウスが生涯愛してやまなかったオーケストラ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのこの演奏もまた、ベートーヴェンの音楽の集大成として今なお不滅の輝きを放ち続けています。彼は幼時から母親の手ほどきでピアノを始め、1900年12月、イタリアのアルト歌手カミッラ・ランディの演奏会でロンドンに初登場したのを皮切りに、翌1901年にかけてイギリス各地に演奏旅行をして成功を収める。彼は早くから録音に熱心で、1908年からピアノ・ロールやSPレコードに録音をしている。グリーグの『ピアノ協奏曲』は協奏曲の録音(1910年)として世界初、ショパンの『練習曲』全曲の録音(1928年)も世界最初であった。そして、1950年、イギリスのデッカと専属契約を結んで以降、ベートーヴェンの『ソナタ』全曲録音が、スイスのジュネーヴにおいて1950〜1954年のモノラル版と1958〜1969年のステレオ版の二回行なわれ、今日に至るまでこの作品の規範的演奏とみなされている。村上春樹の小説『スプートニクの恋人』のなかでこの32曲の『ピアノ・ソナタ』に触れ、主人公のすみれにとってヴィルヘルム・バックハウスがデッカに遺した録音はその基準となるべき解釈であり、並ぶもののない見事な演奏であると信じていたと言わせている。鍵盤の獅子王と異名を得た茶色の髮の毛を長く伸ばした彼は、巖丈な身體の持主だ。けれど其の彈き方は磊落、豪放 ― 当時の演奏家には必要な要素ではあるが、眞摯、剛健という形容詞が適して居る。感情に流されることのない、頭よりは指の人。眼も眩むような技巧家であり、歯切れのよいリズムと陰影のある音色を持ち、最も早い経過句でも明瞭さを失うことのない名人。バックハウスのピアノは言い尽くされている通り、特徴が無いのが特徴といえるでしょうか。要は、テクニックをひけらかすわけでもなく、その澄んだ音色ともあいまって、ひどくシンプルなのです。でも、繰り返し聞いていると何か、そのピアノが、まるで、融通無碍の境地で、自由にベートーヴェンの音符と戯れているように、静かな所は静かに、激しいところは激しく聴こえて来るところが、彼の魅力と言えるでしょうか。超人的な技巧で彈き去られさえすれば完全に聽く者を滿足させるたぐいの演奏家であろう。当全集はバックハウスにとって二度目のものですが、堅牢な構築性と知的な解釈に裏打ちされた明晰な合理性、そのうえで示される雄大なスケール感と豊かな風格が醸し出す深い味わいは、古くから絶賛の声を浴び続けています。このバックハウスを土台からしっかり支えているのが、壮年期で充実しかけたハンス・シュミット=イッセルシュテット。後年、同じデッカにウィーン・フィルとセッション録音したベートーヴェンの交響曲全集では、端正なスタイルを志向した演奏を聴かせていただけに意外な気もしますが、それだけバックハウスに刺激を受けていたということでしょうか。ピアノ協奏曲第3番や第5番での、低弦が唸りを上げるほどの荒っぽい激しさを聴かせる。シュミット=イッセルシュテットは実演では思い切ったアプローチをみせることで知られていますが、ここでの演奏もまるでライヴ録音のような迫力がある一方、セッションならではの各楽器の克明な質感も味わえる点で、当時のウィーン・フィルの魅力をフルに味わえる点が魅力です。晩年の「ピアノ・ソナタ全集」とともにバックハウスが遺したもう一つの遺産「ベートーヴェン/ピアノ協奏曲全集」。英デッカの録音は、バックハウスとウィーン・フィルのもっともよい響きの勘所を熟知、音圧が高く、音に密度と力がある。高域の空間と伸びは適度。低域は空間が広く、密度のある音。チェロをはじめとする弦楽器も温かい音色で、高低の分離も良いアコースティックな響きを伴って迫ってくる。ピアノの音色は気品に満ち、タッチの一粒、一粒が、その音色の一つ一つの変化が分かるまでに明瞭です。昔から定評あるセットで優れた演奏として信頼度の高さには絶大なものがあります。1958年〜1959年の間に録音された全集ですが、その音質は全く古さを感じさせず、各曲共に統一された音質で時間の隔たりを感じさせません。第3番、4番、5番は1950年9月、1951年5月にカール・ベーム、クレメンス・クラウス指揮、ウィーン・フィルとのモノラル版があった。当時のウィーン・フィルは、木管楽器も金管楽器も独特の音がしていましたが、そのことを最もよく伝える録音として有名なのがデッカのffrrサウンドでした。ステレオ録音の時代となり、1958年4月16〜19日に録音した第4番(SXL2010)を、皮切りに8月リリースでスタートしたピアノ協奏曲録音は全曲録音へと発展、1958年4月16〜22日と、1959年6月29、30日に第1番と2番(SXL2178)、1959年6月27、28日に第5番『皇帝』(SXL2179)を録音。発売順は最後になったが、1958年10月22〜27日録音の第3番(SXL2190)では《悲愴ソナタ》と録音した《月光ソナタ》を合わせている。バックハウス晩年のステレオ録音による比類なく美しい名演です。テンポも速く、劇的な演出はどこにもないが、曲が進むに連れて熱気を帯びてくる。野村光一が《月光ソナタ》を直に聴いた時の回想を本盤発売の頃に寄せている。そして、SPレコードを蓄音器で楽しむ鑑賞会(2018年2月25日開催の第53回)でも解説しましたが、第3番はベートーヴェンが自分で演奏することを念頭に作曲、この時期のピアノ・ソナタにはその準備が認められており、《悲愴ソナタ》や《月光ソナタ》を第3番に合わせることに価値を見いだせる。
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この巨匠にとって最後の「ベートーヴェン・協奏曲全集」になるであろうことを指揮者もオーケストラも噛みしめて、最高のサポートをしています。高名な老巨匠であるから、数えきれない回数演奏を重ねてきたはずですが5曲の協奏曲の個性が活き活きとしている。もちろん「皇帝」が、その名の通りの出来で、山ほどあるレコードの中でも最高峰のうちの一つ。1958年ステレオ録音。バックハウスの洗練されたテクニックと、シュミット=イッセルシュテットの解釈であろうが、ウィーン・フィルの奏者達のバックハウスへの献身こそが活気を呼び起こしているのかもしれないと常々思います。この巨匠にとって最後のベートーヴェン協奏曲全集になるであろうことを指揮者もオーケストラも噛みしめて、最高のサポートをしています。指揮を受け持つシュミット=イッセルシュテットも純正なドイツ音楽の響きを十全にオーケストラから引き出しており、まさに三位一体。王道をいく名演といえます。
  • Record Karte
    • Tracks A1 to B1 (Piano Concerto 3) Recorded 22 - 27 October 1958 in the Sofiensaal, Vienna.
    • Engineer – James Brown (tracks: A1 to B1)
    • Producer – Erik Smith.
    • No corresponding mono issue, but released in mono on two separate 10-inch records.
  • GB DEC SPA402 バックハウス&イッセルシュテット ベート…
  • GB DEC SPA402 バックハウス&イッセルシュテット ベート…
Beethoven: Piano Concertos Nos. 3 & 4
Decca Music Group Ltd.
2020-06-05

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