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何れも全体に覇気が漲っている快演。その演奏の切れの良さは、まさにこの時代ならではのもの ― ロミオとジュリエットと言ったら、葛藤と愛の物語。誰もが良く知っている悲劇の物語です。この幻想序曲はシェークスピアの戯曲を音楽だけで堪能できる。そして、こういう作品になるとカラヤンの手際の良さは際だっています。そして壮年期のカラヤンの演奏が若い。〝颯爽と〟という表現がピタリとはまっている。颯爽としつつも分かり易さと楽しさに溢れた演奏は高得点確実。交響詩「ドン・ファン」は、この時期の最高傑作の1つに数えられる名演。DECCA録音チームによるサウンドも最高の1枚です。ヘルベルト・フォン・カラヤンは、覇気が漲っている壮年期に、ジョン・カルショウと英DECCAに14枚のコンサート・アルバムを制作した。演奏はどれも迫真の力に満ちた名演揃いで、往年のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団から剛柔両面ひきだした手腕がさすが。スタンリー・キューブリック監督の名作『2001年宇宙の旅』のサウンドトラックに用いられたリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』が、記念すべきカラヤンのデッカへの第1弾録音だった。楽団が総勢100人という大構成で演奏する曲でもあり、SPレコード時代から名指揮者の名演盤が数多い。当時のDECCAによる〝ffss〟録音の優秀さはカラヤン自身をも驚嘆させたと伝えられています。カラヤンの指揮する曲は概して大胆さや迫力にプラスして、丁寧でかつ美しいということです。とりわけ、ゆっくりのテンポの美しい旋律はカラヤンの最も得意とする部分だと思います。本盤では例えば怒濤のような旋律の中で、ぱっと花が咲くように美しいメロディーが流れる。この点にかけては、カラヤンは見逃さず見事に再現している。言い換えればダイナミックレンジが広いとでもいえましょうか。カラヤン&ウィーン・フィルの守備範囲とダイナミックレンジの広さを知らしめるのに役立っていると思います。ステレオ初期の録音にもかかわらず、DECCAの優秀な技術により音質が良い。DECCAは、このカラヤンでウィーン・フィルを完全掌握したと云えよう。収録されている曲も多種多様でこれら〝デッカ・レコーディング〟一組で暫く楽しめると言ったら言い過ぎだろうか。DECCA社の廉価版シリーズは、1960年前後に第1の廉価盤シリーズ「Ace of Clubs/Ace of Diamond」を発売します。その後、1970年代に入ると第2の廉価盤シリーズ「Eclipse」を発売します。そして、第3の廉価盤シリーズとして「The World of Great Classics」として「SPAシリーズ」を発売します。本盤は、その第3の「SPAシリーズ」なのですが、クラシック入門編といった趣で演奏者の全然違う録音を組み合わせた編集も多く、コレクション的には無価値ですが、例えばエルネスト・アンセルメの「悲愴」のリアルステレオは英国盤ではこのレーベルだけですし、同じくアンセルメのブラームスやシベリウスなどの珍しい録音もオリジナルに近い金属原盤を用いており、音質的にもSXLシリーズより僅かスッキリした感はありますが、DECCA社らしい高音質(Hi-Fi)となっています。同じソースでも、SXLオリジナルの⅕~⅒程度の費用で入手できるので、コストパフォーマンスの高い盤としてオススメできます。実際、本盤はSXL2269と等しい。カラヤンやカルショウ・ファン必携アイテム。
ステレオ録音黎明期1958年から、FFSS(Full Frequency Stereo Sound)と呼ばれる先進技術を武器にアナログ盤時代の高音質録音の代名詞的存在として君臨しつづけた英国DECCAレーベル。レコードのステレオ録音は、英国DECCAが先頭を走っていた。1958年より始まったステレオ・レコードのカッティングは、世界初のハーフ・スピードカッティング。 この技術は1968年ノイマンSX-68を導入するまで続けられました。斯くて、1965年までカルーショーが後世に伝えるに相応しいカラヤン&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の名盤をこの6年間で製作することになる。制作は英DECCAのジョン・カルーショー、エンジニアはジェームス・ブラウン&ゴードン・パリーの二頭立てという『ショルティの指輪』制作陣がそのまま担当するという力の入れよう。後世に語り継がれるオペラを、ウィーンのソフィエンザール(カルーショーがお気に入りだったリング収録場所)で着手。その録音セッショッンの合い間にカルーショーは有名管弦楽曲の録音。何れも全体に覇気が漲っていて、弦も管も美しく技巧的にも完成度は高い名盤を量産。後のEMIやドイツ・グラモフォンのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団盤にはない魅力タップリのまったく聴いていてダレるような箇所がない。
第二次世界大戦は日本軍の無条件降伏、ポツダム宣言で集結したが終わっていない戦いもあった。戦後、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの勢力下、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で演奏することさえ制限されたヘルベルト・フォン・カラヤン。そこへ救いの手を差し出したのが英国EMIの名プロデューサー、ウォルター・レッグだった。カラヤンのレコーディング専用オーケストラ、フィルハーモニア管弦楽団でたくさんのレコードを発売。劇場での指揮は出来ずとも、レコードでカラヤンの名前は全世界に知られるようになる。ただカラヤンの悪い虫が騒いだというのか、オーディオへの関心を深めることになった。そして彼はステレオ録音を希望したが、折り悪く英国EMIの経営陣はステレオ録音に懐疑的だった。不満を払拭できないままカラヤンはEMIとの契約更新を曖昧に引き伸ばしていた。そうこうしていると、フルトヴェングラーが急死。カラヤンはウィーン・フィルに復帰できた。以来、名門ウィーン・フィルとも生涯深い関係を築く事になるのだが、しかし、ウィーン・フィルは英国DECCAと専属関係にあったので、カラヤン指揮ではレコードを作れない。そこに接近してきた英国DECCA社では、1959年にEMIと契約の切れたカラヤンと契約。そのことでカラヤンは、この愛すべきオーケストラとの録音をドイツ・グラモフォンではなく、イギリス・デッカと行いました。結果、1960年代に残されたものは、どれもが名盤と呼ぶにふさわしいもので、LP発売以来、長らくファンに愛され続けてきました。
広く親しまれた名曲を最高の演奏でレコード化することに情熱を傾け続けたヘルベルト・フォン・カラヤンの姿勢は、このアルバムにも端的に示されています。とにかくダイナミックスの幅が広く鮮やかで迫力満点。牧歌的な部分から迫力ある部分まで表現の幅が広く、リズムも引き締まっています。1960年はカラヤンがウィーン国立歌劇場の監督をしていた、名実ともにヨーロッパの楽壇の帝王であった全盛時代の名演である。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の持ち味を最大限活かして、蠱惑的な響きで聴き手の耳をくすぐる。ウィーン・フィルの奏でる美音は、豊麗にして精妙無比、まさに耽美の極みです。そして、どうもこの一連のデッカ録音にはカラヤンらしさが良くも悪くも感じられないのだ。どの曲も一筆書きのような勢いがあるところが良さであり、カラヤンらしい緻密な構成感が後退しているところ、1960年代のカラヤンのものがダントツに面白い。デッカに録音をする直前に、棚ぼた的にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と予定されていた録音を消化したが、それは前任者の亡霊に悩まされた時期でもあった。1954年にドイツ音楽界に君臨していたヴィルヘルム・フルトヴェングラーの急逝にともない、翌55年にカラヤンは、ついにヨーロッパ楽壇の頂点ともいえるベルリン・フィルの首席指揮者の地位に登りつめた。ここで英EMIの親分レッグとカラヤンの関係は終止符を打つが、この約10年間に残したウォルター・レッグ&カラヤン&フィルハーモニア管弦楽団のレコードの数々から嫌と言うほど学んだカラヤンは1959年以降、この手兵らとともにドイツ・グラモフォンに膨大な数の基準レコード作りに邁進した。演奏はオーケストラに合奏の完璧な正確さを要求し音を徹底的に磨き上げることによって聴衆に陶酔感をもたらせ、さらにはダイナミズムと洗練さを同時に追求するスタイルで完全主義者だったレッグのノウハウが100%ドイツ・グラモフォンに流出したと言っても良いのではと憶測されるほど。デッカ・レコーディングの魅力を列挙しますと、〈カラヤンと当時、関係良好だったウィーン・フィルとの録音〉、〈カルショウお気に入りだったリング収録場所、ウィーンのソフィエンザールでの録音セッション〉。壮年期のカラヤンの溌剌とした指揮と名門オーケストラのいぶし銀のような演奏が絶妙に絡み合った白熱の演奏です。このあと彼らは〝カラヤンらしい緻密な構成感で〟ウィーン・フィルを指揮した名演をドイツ・グラモフォンに数多く遺していきました。
ヨーロッパの音楽界を文字通り制覇していた「帝王」カラヤンとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と、ドイツでの拠点を失ってしまった英H.M.V.の代わりとなったドイツ・エレクトローラとの共同制作は、1970年8月のオペラ『フィデリオ』の録音を成功させる。カラヤンのオーケストラ、ベルリン・フィルの精緻な演奏は、ヘルガ・デルネシュ、ジョン・ヴィッカースの歌唱を引き立てながら繊細な美しさと豪快さを併せ持った迫力のある進め方をしています。有名なベートーヴェンのオペラが、ただオペラというよりオラトリオのように響く。カラヤンは1972~76年にかけてハイドンのオラトリオ『四季』、ブラームスの『ドイツ・レクイエム』、さらにベートーヴェンの『ミサ・ソレムニス』という大曲を立て続けに録音しています。ドイツ、オーストリアの指揮者にとって、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスは当然レパートリーとして必要ですが、戦後はワーグナー、ブルックナーまでをカバーしていかなくてはならなくなったということです。ヘルベルト・フォン・カラヤンが是が非でも録音をしておきたいワーグナー。当初イースターの音楽祭はワーグナーを録音するために設置したのですが、ウィーン国立歌劇場との仲たがいから、オペラの録音に懸念が走ることになり、彼はベルリン・フィルをオーケストラ・ピットに入れることを考えました。カラヤンのオペラにおける英EMI録音でも当初はドイツもの(ワーグナー、ベートーヴェン)の予定でしたが、1973年からイタリアもののヴェルディが入りました。英EMIがドイツものだけでなく、レパートリー広く録音することを提案したようです。この1970年代はカラヤン絶頂期です。そのため、コストのかかるオペラ作品を次々世に送り出すことになりました。オーケストラ作品はほとんど1960年代までの焼き直しです。「ベルリン・フィルを使って残しておきたい」というのが実際の状況だったようです。この時期、新しいレパートリーはありませんが、指揮者の要求にオーケストラが完全に対応していたのであろう。オーケストラも指揮者も優秀でなければ、こうはいかないと思う。歌唱、演奏の素晴らしさだけでなく、録音は極めて鮮明で分離も良く、次々と楽器が重なってくる場面では壮観な感じがする。非常に厚みがあり、「美」がどこまでも生きます。全く迫力十分の音だ。ベルリン・フィルの魅力の新発見。そして、1976年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団から歩み寄り、カラヤンとウィーン・フィルは縒りを戻します。カラヤンは1977年から続々『歴史的名演』を出し続けました。この時期はレコード業界の黄金期、未だ褪せぬクラシック・カタログの最高峰ともいうべきオペラ・シリーズを形作っています。カラヤンのレコードでは、芸術という大目的の下で「人間味」と「完璧さ」という相反する引き合いが、素晴らしい相乗効果を上げる光景を目の当たりにすることができる。重厚な弦・管による和声の美しさ、フォルティシモの音圧といった機械的なアンサンブルの長所と、カラヤン個人の感情や計算から解き放たれた音楽でもって、音場空間を霊的な力が支配しており、聴き手を非現実の大河へと導く。
SPAシリーズはいわゆる再販の廉価版シリーズですが、デッカらしい高音質は保たれており、盤質良好なものでも価格が手ごろなのがうれしいところです。録音は1960年1月ウィーン、ゾフィエンザールでのステレオ・セッション。プロデューサー:ジョン・カルーショー、エンジニア:ジェームス・ブラウン&ゴードン・パリー。
GB DEC SPA119 カラヤン チャイコフスキー「ロメオとジュ…
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