34-8853
商品番号 34-8853

通販レコード→英ワイドバンド ED2 盤
英国の名バレリーナ、マルコヴァが協力して選曲されたアルバム〜プリマ・バレリーナの芸術 ― 19世紀から歴代バレリーナによって踊り継がれてきた名作バレエの見世場集。指揮のボニングが、英国の花形バレリーナのアリシア・マルコヴァの協力を得て録音したものです。マルコヴァは、もともとイギリス生まれのバレリーナですが、1924年にディアギレフ率いるバレエ・リュスに入団、その際に名前もロシア風に変えたという人。戦後イギリスに戻り様々な活躍をしました。「かつてのプリマバレリーナの栄誉を称えよう」と選曲した、このアルバムの魅力は、その着想、発端から最後の仕上がりまで、この二人に負うところが多いでしょう。「ボレロ1830」や歌劇「ファボリータ」~バレエ音楽のような演奏される機会の少ない珍しい曲もあり、未知の作品に門戸を開くボニングの魅力はこうした作品をオリジナル版で演奏するこだわりにある。しかもプリマ・バレリーナの協力を得た意義の反映した、ステップのテンポの的確さなど踊りに即した実用価値も高いアルバムです。録音も黄金期のDECCA録音で、大変優秀です。華麗なオーケストラ・サウンドにたっぷりひたれるゴージャスな時間をお届けします。バレエコンサートで踊られることが多い最大の見せ場「パ・ド・ドゥ」を中心としたバレエ曲が一杯詰まった楽しいアルバムです。
Side-A
  1. ミンクス「バヤデール(インドの舞姫)」(La Bayadere)
  2. ドリゴ・バレエ『百万長者の道化師』(Les Millions Dárlequin)より「パ・ド・トロア」
  3. ロッシーニ・歌劇「ウィリアム・テル(Willam Tell)」よりバレエ音楽
Side-B
  1. アダン・バレエ『ジゼル(Giselle)』より第1幕「ぶどうの踊り〜ジゼルのパ・スル〜農民のパ・ド・ドゥ
  2. アダン・バレエ『ジゼル(Giselle)』より第2幕の「パドドゥ」
  3. ローベンスヨルド「ラ・シルフィード(La Sylphide)」
Side-C
  1. チャイコフスキー・バレエ『白鳥の湖(Swan Lake)』より「黒鳥のパ・ド・ドゥ」
  2. ドニゼッティ・歌劇『ファボリータ(La Favorita)』よりバレエ音楽
  3. ミンクス『ドン・キホーテ(Don Quixote)』より「パ・ド・ドゥ」
  4. オ・ターナー「ボレロ1830(Bolero 1830)」
Side-D
  1. ドリゴ「パ・ド・カトル(Pas De Quatre)」
  2. チャイコフスキー・バレエ『眠れる森の美女(The Sleeping Beauty)』より「青い鳥のパ・ド・ドゥ」
  3. チャイコフスキー・バレエ『くるみ割り人形(The Nutcracker)』より第2幕の「パ・ド・ドゥ」
ロンドンのユダヤ系の裕福な家庭に生まれたアリシア・マルコワ(Dame Alicia Markova DBE, 1910年12月1日〜2004年12月2日)は、幼時に亡命ロシア人貴族アスタフィエーワにクラシックバレエの手ほどきをうけ、10歳でロンドンの小劇場のパントマイム劇に出演する。父親の死後、14歳の時にセルゲイ・ディアギレフの門を叩きモンテカルロでのバレエ・リュス公演『ナイチンゲールの歌』でバレエの初舞台を踏む。本名はリリアン・アリス・マークス(Lilian Alice Marks)だがロシア人でなければ素晴らしい踊り手ではないという当時の偏見を避けるため、アリシア・マルコワという芸名をディアギレフがつけバレエ・リュスとともにヨーロッパ中を巡演した。当り役は『ジゼル』のタイトル・ロールで、他にも『くるみ割り人形』や『白鳥の湖』などの全幕作品に主演した初の英国人ダンサーとなった。その優雅さ、そして通常のダンサーより小柄だったことから「小さなパヴロワ」と評されたこともあった。1929年のディアギレフの死後は英国へ戻り、結成直後のヴィック・ウェルズ・バレエ団(後のロイヤル・バレエ団)のプリマとして活躍していたが当時は小規模だった、このカンパニーの活動だけでは飽き足らずバレエ・リュス・ド・モンテカルロなどに客演していた。第二次世界大戦中は疎開も兼ねて米国に渡り活動を続け、ハリウッドで映画にも出演した。1950年、パートナーだったアントン・ドーリンと共にマルコワ・ドーリン・バレエ団を組織した。このバレエ団はその後フェスティバル・バレエ団と改称した後、1989年にイングリッシュ・ナショナル・バレエと名を改め、ロイヤル・バレエ団、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団と並び英国を代表するバレエ団として現在でも活動を続けている。2004年、バースの病院で死去。亡くなる年までバレエ団の総帥として後輩の指導に当っていた。
リチャード・ボニング(Richard Bonynge)は1930年、オーストラリアのシドニー生まれの指揮者。ジョーン・サザーランドとのおしどり夫婦は有名。ドイツ系のレパートリーは中心には据えていないが、モーツァルトやウィンナ・オペレッタには比較的熱心であり、DECCAには夫人とのオペラ録音があります。 一方、バレエ音楽の指揮も得意としており、DECCAには珍しい曲目を含めて多数のバレエ音楽録音があります。生地でピアノを学び、14歳でグリーグのピアノ協奏曲を弾いてデビュー、ピアニストへの道を歩んでいた。1950年に渡米、ロンドンの王立音楽院に留学、ロンドンでピアノのリサイタルを開く一方、同じオーストラリアから王立音楽院に留学していたソプラノ歌手、サザーランドとの出会いによってオペラの世界に魅せられ、指揮者に転向する。1954年、名ソプラノ歌手サザーランドと結婚、伴奏者兼ヴォイス・トレーナーを務めながら、ベル・カント・オペラの研究を続ける。この方面で忘れられていた作品の復活蘇演に尽力している。またワーグナー・ソプラノを目指してソプラノ歌手を目指したサザーランドにコロラトゥーラに転向するよう助言したのもボニングで、ロイヤル・オペラ・ハウスが夫人サザーランドにワーグナーやリヒャルト・シュトラウス作品の役を与えようとした時、ボニングは歌劇場当局に抗議したという。1962年にローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団で指揮デビュー、1963年にはヴァンクーバー歌劇場でグノーの歌劇『ファウスト』を振ってオペラ・デビュー、さらにその翌年にはロンドンのコヴェントガーデン王立歌劇場、国際的な活動を開始し、オペラ指揮者として不動の地位を獲得する。1970年にニューヨークのメトロポリタン歌劇場にデビュー、ヴァンクーバー歌劇場を経て、1976~85年シドニー歌劇場の音楽監督を務めた後、フリーとして活躍、バレエのスペシャリストとしても知られている。1975年にメトロポリタン歌劇場に帯同して初来日、1978年にもサザーランド夫人のリサイタルの伴奏指揮者として再来日している。
1962年ロンドン録音。2枚組。
GB 	DEC 	SET254-5	ボニング 	The art of…
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