34-16285
通販レコード→マジック・ノーツ、セミサークル盤[オリジナル]

GB COLUMBIA SAX2546 クレンペラー モーツァルト・交響曲31&34番

《モーツァルトが楽譜に書いた音符を全て音にして聞こえるようにするためには、このテンポでなければいけない。》 戦中・戦後と不遇を極めていた指揮者のオットー・クレンペラー(1885-1973)が、ロンドンのフィルハーモニア管弦楽団を初めて指揮したのは1951年のことでした。翌年、EMIとレコード契約を交わし、1954年からスタジオ録音が開始されました。このとき、クレンペラーは69歳。英 EMI の偉大なレコード・プロデューサー ウォルター・レッグは、1954年に目をかけていたカラヤンがベルリンに去ると、すぐさま当時実力に見合ったポストに恵まれなかったクレンペラーに白羽の矢を立て、この巨匠による最良の演奏記録を残すことを開始します。但し、当初からクレンペラーに見当していたようではない。こぼれ聞くところでは、レッグは当初、クレンペラーではなく、ヤッシャ・ホーレンシュタインをフィルハーモニア管弦楽団に招きたいと考えていたそうです。でも、レッグがEMIを去る1963年まで 夥しい数の正に基準となるようなレコード がレッグ&クレンペラー・フィルハーモニアによって生み出される。クレンペラーとフィルハーモニア管弦楽団の録音は、1954年10月、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」からスタートしました。最後のスタジオ録音は1971年9月で、奇しくも再びモーツァルトが演奏されました。曲はセレナードの第11番です。クレンペラーとフィルハーモニア管の録音は、モーツァルトに始まり、モーツァルトで終わったのです。クレンペラーは、自身のパーソナリティとは裏腹に、モーツァルトの音楽を愛していました。現代においては古楽器による軽妙・洒脱な演奏は透明感のある仕上がりになっているモーツァルトが多く、それはそれで素晴らしいのものだが、クレンペラーの演奏はそうしたスタイルとは全く逆行している。次元が違っていると言ってもよいかもしれない。クレンペラーの演奏は重厚、壮大、荘厳、崇高など、およそ現代の流行から外れた形容詞が相応しい。ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナー、ワーグナーで聴かれるような持前の重厚感や劇的緊張感から放出される推進力とは違い、本質的なダイナミズムは共通ながら、モーツァルトの音楽が随所で汲めども尽きぬ自由な泉として溢れ、たとえようもなく瑞々しく流れていく。交響曲31番『パリ』は、クレンペラー唯一の録音。モーツァルトの全交響曲のうち、第34番まではウイーンに移る前のザルツブルク時代に書かれました。そのうち第31番以降になると管弦楽的にも充実して来ます。モーツァルトのファンの心を捉える明るく華麗な曲想は後退しますが、彼の心はすでにウィーンでの準備に奔っていたのではないかしら。低弦を活かしつつ、ヴァイオリンや管楽器がそれに乗っかった音楽に戸惑い、モーツァルトの演奏としては、心弾むような愉悦感に乏しいのだけど、楽譜に書かれたモーツァルトの音楽が精細に追求されていることが判ってくるようになると、どっぷりと身を委ねる愉悦に変わります。クレンペラーのモーツァルトは、指揮者本人がこの作曲家の天分を如何に愛くしみ、楽しんでいるかが直に伝わります。
GB  COL  SAX2546 クレンペラー  モーツァルト・交響…
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