34-20126
ロマン派の重厚なプログラムを濃密な演奏で ― オットー・クレンペラーは他の多くのドイツ系指揮者同様、オペラ指揮者として様々な歌劇場で指揮をしている。しかし、不幸な亡命生活から残念ながらバイロイト音楽祭に出演することなく終わり、レコードの方でもモーツァルトの一連のオペラと、ワーグナー「さまよえるオランダ人」位しか全曲の演奏記録は残されていない。そんな事情なのでヴェーゼンドンク歌曲集は、20世紀を代表する名歌手クリスタ・ルートヴィヒの名演もあって貴重なセッション録音です。楽劇「トリスタンとイゾルデ」と並行して作曲されて密接な関係のある「ヴェーゼンドンク歌曲集」は、マティルデ・ヴェーゼンドンクの詩による「天使(Der Engel)」、「夢(Träume)」、「悩み(Schmerzen)」、「とまれ(Stehe still!)」、「温室にて(Im Treibhaus)」を歌詞に、1857年10月から翌年5月に作曲しました。このマティルデ・ヴェーゼンドンクは、ワーグナーがドレスデンで1849年の革命に参加したため亡命したスイスでのパトロンだったオットー・ヴェーゼンドンクの妻でした。やがてワーグナーはマティルデと不倫することになり、その恋愛の中から生まれたのがこの作品と「トリスタンとイゾルデ」でした。元々は女声とピアノのための歌曲集でしたが、ワーグナー自身が「夢」を1857年12月に室内オーケストラ用に編曲していたのを基に、その後フェリクス・モットルがオーケストレーションをしています。この録音もモットルのオーケストレーションによる版です。クレンペラーはヴィーラント・ワーグナーの招きで戦後再開したバイロイト音楽祭に出演して「ニュルンベルクのマイスタージンガー」をやることを決定して配役の相談もしていましたが、クレンペラーの健康上のアクシデントで中止になりました。音楽祭では、こちらも初出演となったヘルベルト・フォン・カラヤンが上演している。また、バイロイトの記念祭でフィルハーモニア管弦楽団と〝ベートーヴェンの第9〟を演ることになりましたが、バイロイト祝祭管弦楽団も〝第9〟をやると言い出したので結局取りやめになりました。他にも1959年のオランダ音楽祭では、やはりヴィーラント・ワーグナーの演出で「トリスタンとイゾルデ」を上演するはずでしたが例の大火傷のため流れてしまったり、1959〜60年のシーズンにはメトロポリタン歌劇場で「トリスタンとイゾルデ」を指揮する招きがありましたが健康上の問題で実現していません。さらに1960年代の末には西ベルリンのドイツ・オペラで「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を振る誘いがありましたがこれも実現していません。こちらもカラヤンが指揮して、レコード録音を完成しています。クレンペラーの演奏は、大洋から朝日が昇る時に、まず海底に光が広がってから太陽が現れるような明快さが特徴だと思います。境界から太陽が現れるハンス・クナッパーツブッシュのワーグナーとは印象が違って、油絵の具を塗り重ねたようなオーケストラの響きではなく、「浄化」という形容も合いそうです。ロマン派の重厚なプログラムを濃密な演奏で、ルートヴィヒの量感のある劇的な歌いまわしは妙味が滲み出で、クレンペラーの指揮も峻厳極まりない圧巻の演奏といえましょう。「ヴェーゼンドンク歌曲集」と関係の深い、不倫の愛を詠う「トリスタンとイゾルデ」第3幕から「イゾルデの愛の死」とブラームスの「アルト・ラプソディー」を組み合わせているのも素晴らしい。クレンペラーのワーグナーでは貴重なステレオ録音で、オペラ全曲録音ではない故のオーケストラの迫力を前面に押し出しながらも圧倒的にクリアな音質も永遠の名盤に相応しいクオリティです。この時代はモノテイクとステレオテイクが同時進行していました。モノはダグラス・ラター、ステレオはクリストファー・パーカーと違うプロデューサーが其々担当していました。
英EMIの偉大なレコード・プロデューサー ウォルター・レッグの信条は、アーティストを評価するときに基準となるようなレコードを作ること、彼の時代の最上の演奏=録音を数多く後世に残すことであったという。1954年に目をかけていたヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリンに去ると、すぐさま当時実力に見合ったポストに恵まれなかったオットー・クレンペラーに白羽の矢を立て、この巨匠による最良の演奏記録を残すことを開始した。レッグがEMIを去る1963年まで夥しい数の正に基準となるようなレコードがレッグ&クレンペラー・フィルハーモニアによって生み出された。本盤も基準盤の一枚で、レッグの意図する処がハッキリ聴き取れる快演。クレンペラーの解釈は揺るぎのないゆっくりしたテンポでスケールが大きい。ゆったりとしたテンポをとったのは、透徹した目でスコアを読み、一点一画を疎かにしないようにとも思いたくなる。この気迫の籠った快演は聴き手に感動を与えずにはおきません。一音一音が耳に突き刺さってきました。また何度聴いても飽きません。フィルハーモニア管は、まさにクレンペラーの為にレッグが作り出した楽器だと言う事、染み染みと感じました。オーケストラの配置が第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが指揮者の左右に配置される古いスタイルで、包み込まれるような感覚はステレオ録音で聴く場合には、やはり和音の動き等この配置の方が好ましい。何ものにも揺るがない安定感と、確かに古いスタイルながら純粋にスコアを再現した音が一杯詰まっている。フィルハーモニア管弦楽団=PHILHARMONIA ORCHESTRA LONDONは、英ロンドンを拠点とするオーケストラ。愛称は〝ザ・フィル〟。ドイツ・グラモフォンのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団や、DECCAのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団同様に、フィルハーモニア管といえばEMIのレーベルが同時に思い浮かぶほどに、この楽団の演奏は随分レコードあるいはCDで聴いてきた。1945年にEMI=当時の英コロンビアのプロデューサー、レッグが創設。レッグの主目的はやはりEMIのレコード録音のためのオーケストラを作ることにあった。設立当初から主にドイツ、イタリアから指揮者、独奏者を招いて盛んに活動した。優秀な演奏家の積極的な採用が効を奏し、例えば名ホルン奏者デニス・ブレインも創立当初から首席奏者を務めた。その後、リヒャルト・シュトラウス、カラヤン、アルトゥーロ・トスカニーニ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーなどの巨匠を指揮者に迎え、一躍ヨーロッパ楽壇で注目される。多くの録音を残したカラヤンと欧米各地に演奏旅行するほか、クレンペラー、リッカルド・ムーティ、ジュゼッペ・シノーポリが首席指揮者に就任。1997年にクリストフ・フォン・ドホナーニ、2008年にエサ=ペッカ・サロネンが首席指揮者に着き、創設以来の〝録音の多いオーケストラ〟の伝統を堅守。1996年以降、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールを本拠地として活躍している。
戦後、活動の場に窮したヘルベルト・フォン・カラヤンを英国に呼び、レコード録音で音楽活動が出来る場を用意したことで知られる。ウィーン国立歌劇場の指揮者だったカラヤンは、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地であるムジークフェラインザールで英EMIのために、モーツァルトを録音していた。ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの急逝でカラヤンは、ウィーン・フィルとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を手に入れるが、ウィーン・フィルが英DECCAと専属契約を結んでいたので、英EMIを去り、英DECCAの指揮者になる。カラヤンのレコーディング・オーケストラとしての印象は強いが、カラヤン中心になる前には英国のサー・トーマス・ビーチャムに始まり、ドイツのオットー・クレンペラー、フルトヴェングラー、カラヤンを、さらにイタリアからはアルトゥーロ・トスカニーニ、カルロ・マリア・ジュリーニ、そして夭折したグィド・カンテッリなどが指揮台に立った。カラヤンがベルリン・フィルに行き、カンテッリが急死したこともあって、オットー・クレンペラーが浮上する。彼との関係は、1959年の常任指揮者就任から始まり、亡くなる1973年まで14年間続くことになる。〝録音の多いオーケストラ〟の伝統は今も続いており、多い時は年間にセッション数250回にも及ぶこともある。これは色んな音楽、様々な指揮者の下で一定水準以上の演奏が可能になる実力を有することによってはじめて実現するものであって、ただ即応性があるだけでなくその裏には〝高い演奏技術〟と〝柔軟性〟が存する現れであるともいえる。オーケストラの呼称は2度にわたり変更される。1964年に資金不足によりウォルター・レッグが手放して英EMIの専属が切れると、イギリスの自主運営となりニュー・フィルハーモニア管弦楽団に変更、その間例の幻の来日に終わったジョン・バルビローリとの万博公演時も〝ニュー〟の呼称であった。のち、1972年からリッカルド・ムーティが常任につき、5年後にもとの〝フィルハーモニア管弦楽団〟に戻している。そのため、アナログレコードとCDでの、オーケストラ名の表記は混乱を感じる。英COLUMBIAでレコード発売していた頃は、「フィルハーモニア・オーケストラ、ロンドン」を名乗っていたことで、トーマス・ビーチャムが創設した「ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団」と間違われているケースがある。〝フィルハーモニア管弦楽団〟に戻ったムーティの後は、ジュゼッペ・シノーポリが首席指揮者となり、1990年はシノーポリ、2007年はエリアフ・インバル指揮により、「マーラー・チクルス」東京公演を行う。1997年クリストフ・フォン・ドホナーニが首席指揮者に就任。2008年からはエサ=ペッカ・サロネンが首席指揮者およびアーティスティック・アドヴァイザー。サロネンはヘルシンキ生まれの指揮者、作曲家。絶え間ない革新によって、クラシック音楽界において最も重要な芸術家の一人とみなされている。iPadのアプリを開発、Apple社のCMに楽曲が使用されるなど先進的な試みも注目される。デジタル技術を使った教育や聴衆の開拓などにも先鞭をつける。現在はサロネンの他に、終身名誉指揮者にドホナーニ、桂冠指揮者にウラディミール・アシュケナージという陣容となっている。
アルト・ラプソディ(ルートヴィヒ名演集)
ルートヴィヒ(クリスタ)
EMIミュージック・ジャパン
2005-11-23

ワーグナー:ヴェーゼンドンクの5つの詩、ワーグナー:『トリスタンとイゾルデ』第3幕~「イゾルデの愛の死」、ブラームス:『アルト・ラプソディ』。1962年3月21〜23日ロンドン、キングズウェイ・ホールでの録音。
GB COL SAX2462 ルートヴィヒ&クレンペラー ワ…
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