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通販レコード→マジックノーツ、セミサークル盤

GB COLUMBIA SAX2306 ヘルベルト・フォン・カラヤン チャイコフスキー・バレエ音楽「眠りの森の美女」組曲/「白鳥の湖」組曲

《誰れが聞いても絶対にココロひかれる演奏 ― 作曲家の仕事を尊重すべき高みに引き上げたのはレコードの世界的普及だった。》英 EMI の偉大なレコード・プロデューサー、ウォルター・レッグは正に基準となるようなレコードを作ることを信条に働いていた。レコード会社に主導権のあった時代である。オーケストラや指揮者は各レコード会社と専属関係にあった。そこにまたとないパートナーを得ることになる。そして、それはレコードを愛する私たちにも嬉しい事だった。戦後ナチ党員であったとして演奏を禁じられていたカラヤンの為に、1945年、レッグは自ら創立したフィルハーモニアを提供し、レコード録音で大きな成功を収めた。それから10年、ウィーンやベルリンでの演奏が出来ずにレコードだけで音楽を創りあげるだけの年月をカラヤンをおくる。1954年にドイツ音楽界に君臨していたフルトヴェングラーの急逝にともない、翌55年にカラヤンは、ついにヨーロッパ楽壇の頂点ともいえるベルリン・フィルの首席指揮者の地位に登りつめた。ここでレッグとカラヤンの関係は終止符を打つが、この約10年間に残したレッグ&カラヤン&フィルハーモニアのレコードの数々は、正に基準となるようなレコードであったと断言出来る。演奏はオーケストラに合奏の完璧な正確さを要求し、音を徹底的に磨き上げることによって聴衆に陶酔感をもたらせ、さらにはダイナミズムと洗練さを同時に追求するスタイルで、完全主義者だったレッグとうまが合ったのは当然といえば当然で、出来栄えも隙が無い。決して手抜きをしないのがカラヤンの信条であったという。現在ではバレエの代名詞のようになっている《白鳥の湖》は、初演の時にはとんでもない大失敗で、その後チャイコフスキーがこのジャンルの作品に取りかかるのに大きな躊躇いを感じさせるほどのトラウマを与えました。今となっては、その原因に凡庸な指揮者と振り付け師、さらには全盛期を過ぎたプリマ、貧弱きわまる舞台装置などにその原因が求められていますが、作曲者は自らの才能の無さに原因を帰して完全に落ち込んでしまったのです。とにかく大切なのはプリマであり、そのプリマに振り付ける振り付け師が一番偉くて、音楽は「伴奏」の域を出るものではなかったのです。ですから、伴奏音楽の作曲家風情が失敗の原因を踊り手や振り付け師に押しつけるなどと言うことは想像もできなかったのでしょう。再演の機会があればスコアは見直され、磨き上げられていくのですが、意気消沈したチャイコフスキーは楽譜をお蔵入りしてしまう。チャイコフスキーの評判が決定した後の組曲《くるみ割り人形》はバレエ全曲を完成する前にオーケストラ(演奏会用)ピースとして作曲。ところが《白鳥の湖》は踊りのみが主役で、音楽はその踊りに対する伴奏にしかすぎなかった従来のバレエのあり方を変えたことだけは間違いありません。台本を一部変更したり、曲順の変更や一部削除も行った上演が現在のクラシック・バレエを代表する作品です。それが、音楽、振付、題材の3拍子が揃った究極のバレエとされています。演奏会用組曲としてコンサートで演奏されるのは『情景(第2幕)』、『ワルツ(第1幕)』、『小さな白鳥たちの踊り(第2幕)』、『情景と白鳥の女王の踊り(第2幕)』、『ハンガリーの踊り〜チャルダーシュ(第3幕)』、『情景・終曲(第4幕)』の6曲。チャイコフスキーと言えば、その旋律は素晴らしいが作品の構造が弱いと言うことで常に「二流作曲家」扱いをされてきました。しかし、私たちが音楽を聞いてまず最初に心惹かれるのは「構造」でもなければ「精神性」でもありません。「旋律」に酔わされるのです。作曲家が美しい旋律を作り、それを演奏家がこの上もなく美しく歌い上げれば、聴き手はそれにのっかっているだけで、それはココロふるわせるものになるはずです。カラヤンもチャイコフスキーも聞き手を満足させることを心得た音楽家として相性が良く、カラヤンがレコードで残したチャイコフスキーは、どれを聞いても素敵です。組曲《眠りの森の美女》がメインだけに、更に旋律の歌わせ方にオーケストラ・サウンドの醍醐味が上乗せされてもっと素晴らしい。第1曲《序奏とリラの精》の劇的でありながら、後半(リラの精)の華やかなオーケストレーション、第2曲《パ・ダクション》の豪勢な音の饗宴、第4曲《パノラマ》の《白鳥の湖》のどの音楽よりも湖面を静かに泳ぐ白鳥の様を描いたような滑らかで静かな音楽などに魅了されます。もう、この手の曲はカラヤンの独壇場。カラヤンは若いころアーヘンやウルムと云った地方の名もない歌劇場で苦労したことが、その後の止揚するステップの糧となっていたと語っているが、感受性に富んだ若い時にこうした職人気質を身につけたことが、本来持つ才能と伴に、有機的に結びつき細部まで緻密に磨き抜かれたカラヤン芸術を支えたと云ってもよいのではないか。このカラヤン美学はウィーン・フィル、ベルリン・フィル盤で大きく開花するが、この一連のフィルハーモニア管弦楽団との颯爽たる演奏でも既にカラヤン美学が開花している。ベルリン・フィルハーモニーやウィーン・フィルハーモニーなどの超一流のオーケストラとの録音がいまでも愛され続けられる音盤の中心ですが、1950年代のフィルハーモニア時代の音盤にも魅力溢れるものが少なくないように思います。その中、DGG盤にない魅力が本盤には有ります。こんな演奏聴いてしまうと、是非とも全曲盤を聴きたいと欲も感じますが、レコードの音楽だけで見事にバレエの虜になりました。
GB COL SAX2306 ヘルベルト・フォン・カラヤン チャイコ…
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