34-12328
商品番号 34-12328

通販レコード→英ダーク・ブルー黒文字盤
バーンスタインとバルトークとの距離感。 ― 先日の鑑賞会で蓄音機の音をはじめて聞いた参加者が、それまで持っていたイメージと裏腹に音が大きい、昭和期初期のオーケストラとピアノの楽器がはっきり聴こえることに驚いていたが、ステレオ初期の本盤もバーンスタインの息遣いまでリアルに感じとれ、当時のアメリカの録音技術の凄さに圧倒されます。息遣いまで聞こえる距離に顔寄せあっているアイザック・スターンとレナード・バーンスタインのカバー写真からは裏腹、この盤の凄さは全く色褪せていません。スターンの美しい音色、安定した演奏はまさに巨匠芸。加えてバーンスタインならではの情念と狂気が尋常ならざる雰囲気を醸し出しています。名ヴァイオリニスト、スターンはバッハから20世紀作品に至る幅広いレパートリー持ち主で、ベルクやバルトーク、ストラヴィンスキー、バーバー、バーンスタイン、デュティユーなどの20世紀の協奏曲も演奏・録音した。室内楽でも、ユージン・イストミン、レナード・ローズと組んでピアノ・トリオの演奏や録音を行った。20世紀初頭のクラシック音楽界に、新ウィーン楽派と呼ばれる楽派がありました。これはシェーンベルク、ヴェーベルン、ベルクの3人の作曲家の事を指していて、12音音楽の創始者であるシェーンベルクを師に、あとのふたりは直接影響を受けた信奉者ですが、ベルクの場合、前の時代の和声音楽が築きあげてきた良さというものを残しながら、12音列技法に進んでいます。12音列技法というのは、1オクターヴに含まれる12個の音を全部使って、それが終わったらそれを反対から始めて、それが終わったら上下関係を逆にして ... といった音価を平等に消費する感じでシステマチックなもので、ではベルクはどうしたのかというと、調的にも聞こえるように音列に工夫を凝らしています。人間の感覚は長調的なフレーズを最初に聴くと、それがとても印象に刻まれる旋律であってこそ、その後に続く不長音階をマスクする性質がある。結果、調音楽にはないグラフィカルな構造が加わることと、機能和声にはない独特の音の重なり方が生まれる。ベルクの音楽は、絶妙なバランスなのです。無調の音楽や12音技法に対してどれほど違和感を感じ疑問を持っていても、このベルクのヴァイオリン協奏曲だけは多くの人に素直に受け入れられてきました。スターンのヴァイオリンの表現力と言ったら、ちょっと言葉では言い表せないものがあります。前衛音楽なんですが、スターンが今までに培ってきた人間的な表現をそのまま表出させている。表現の塊ではないかというほどの勢いと同時に、もう神憑りです。バーンスタインと言えば思いの丈をぶつけるような粘着質な音楽作りが想像されるのですが、此処でのバーンスタインは真逆のスタンスで音楽に向かっています。そうだ、バーンスタインには作曲家というもう一つの顔があったんだ、と思いださせる瞬間で最初から最後まで作品の構造を、「これ、こんな音楽ですよ」と言わんばかりに丁寧に提示してみせます。
「ラプソディ」をタイトルに持つバルトークの作品は多く、器楽曲をオーケストラ版に編曲するケースが殆んどだ。「ピアノのためのラプソディ 第1番 Sz.26」と編曲版「ピアノと管弦楽のための狂詩曲 第1番 Sz.27」や、それを更に編曲した「ピアノと管弦楽のための狂詩曲 第1番 Sz.29」がある。これとは別の「ピアノとヴァイオリンのための狂詩曲」をオーケストラ版に編曲したのが「ヴァイオリンと弦楽のための狂詩曲」です。「ヴァイオリンとピアノのための狂詩曲 第1番 Sz.86」から編曲した「ヴァイオリンと弦楽のための狂詩曲 第1番 Sz.87」と「ヴァイオリンとピアノのための狂詩曲 第2番 Sz.89」をオーケストラ版に編曲したのが「ヴァイオリンと弦楽のための狂詩曲 第2番 Sz.90」があり、どちらも2楽章構成で、第1楽章の「ラッシュー(Lassu)」は緩やかな踊りであり、第2楽章の「フリッシュ(Friss)」はテンポの早急速な動きのダンス。日本人には馴染みの薄い民族的な舞曲の種類なのでしょうが、バルトークはこの作品に「Folk Dances」と記しています。どちらも、ヴァイオリン・コンチェルトと言うよりは管弦楽曲として編曲されたようで、独奏ヴァイオリンが前面に出てくるのが難しいほどに管弦楽が雄弁です。しかし、厚みのあるオーケストラのなかで奮闘するジプシー・ヴァイオリンの趣きは面白い。若い頃のバーンスタインというのは面白い人物です。彼は自分が共感できる音楽に対しては、その「共感」を何の衒いもなく表出します。それは、彼の表芸であるマーラーであったり、裏芸であるチャイコフスキーに顕著 ― シューマンの交響曲も、その範疇にはいるかもしれません。今ではバーンスタインと言えば20世紀を代表する偉大な指揮者というイメージが強いのですが、バーンスタインには作曲家という、もう一つの顔があった。聞くところによれば、1960年代の初め頃は「あのウェストサイド・ストーリーを書いたバーンスタインという作曲家は指揮もやっているそうだ」という文脈で語られることが多かったようなのです。だから、同じドイツ・グラモフォンで大きな権勢を誇ったヘルベルト・フォン・カラヤンでさえ、
アイザック・スターンの名を見つけると、私は必ず映画「ミュージック・オブ・ハート」を思い出す。メリル・ストリープ演じる女性の音楽教師が、スラム街の学校に通う子供達に悪戦苦闘しながらヴァイオリンを教え込み、最後には地域の支持を獲得することに成功、お別れの発表会をカーネギー・ホールで行うという実話に基づいたストーリーです。このカーネギー・ホールのシーンでスターン自身が登場し、子供達と一緒に演奏をする展開には暖かい人柄が滲み出て、何回見ても飽きない。ユダヤ系のヴァイオリニスト、スターン(Isaac Stern)は、アメリカで活躍したヴァイオリニスト。1920年7月21日、当時ロシアだったウクライナのクレメネツに生まれ、1歳2ヶ月の時、家族に連れられサンフランシスコに移住する。母親から音楽の早期教育を受け、1928年サンフランシスコ音楽院に入学、ヴァイオリンをナフム・ブリンダーに学んだ。1936年2月18日にサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番を、モントゥ指揮サンフランシスコ交響楽団と共演してデビューを果たした。初演後、初演者と作曲者の恋愛関係から演奏される事のなかったバルトークのヴァイオリン協奏曲第1番を初演者の依頼によって再演奏し、世界に知らせた。新進演奏家の擁護者でもあり、なかでもイツァーク・パールマン、ピンカス・ズーカーマン、シュロモ・ミンツ、ヨーヨー・マ、ジャン・ワンはスターンの秘蔵っ子たちで、しばしば共演を重ねてきた。1960年には、カーネギー・ホールが解体の危機に見舞われた際、救済活動に立ち上がった。そのため現在、カーネギー・ホールのメイン・オーディトリアムはスターンの名がつけられている。またユダヤ人としてイスラエルに強い共感を示し、ユダヤ人を題材にしたミュージカル映画『屋根の上のバイオリン弾き』では劇伴のヴァイオリンソロを担当している。一方で、中東和平を推進したイスラエルのバラク政権を支持した事や、ドイツ人との和解に努めた事も注目される。2001年9月22日、その11日前に発生したアメリカ同時多発テロ事件で全米が騒然とする中、その渦中にあったニューヨークで心不全の為、亡くなった。
ヨーロッパ屈指の家電&オーディオメーカーであり、名門王立コンセルトヘボウ管弦楽団の名演をはじめ、多くの優秀録音で知られる、フィリップス・レーベルにはハスキルやグリュミオー、カザルスそして、いまだクラシック音楽ファン以外でもファンの多い、「四季」であまりにも有名なイタリアのイ・ムジチ合奏団らの日本人にとってクラシック音楽のレコードで聴く名演奏家がひしめき合っている。英グラモフォンや英DECCAより創設は1950年と後発だが、オランダの巨大企業フィリップスが後ろ盾にある音楽部門です。ミュージック・カセットやCDを開発普及させた業績は偉大、1950年代はアメリカのコロムビア・レコードのイギリス支社が供給した。そこで1950年から60年にかけてのレコードには、本盤も含め米COLUMBIAの録音も多い。1957年5月27~28日に初のステレオ録音をアムステルダムにて行い、それが発売されると評価を決定づけた。英DECCAの華やかな印象に対して蘭フィリップスは上品なイメージがあった。
バルトーク:ラプソディ第1番 Sz.87、ラプソディ第2番 Sz.90、1962年4月16日、ベルク:ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」、1959年12月6日ニューヨーク、マンハッタンセンターでの録音。
GB CBS  SBRG72070 アイザック・スターン バルトーク…
GB CBS  SBRG72070 アイザック・スターン バルトーク…