34-16927

商品番号 34-16927

通販レコード→英ブルー・レーベル黒文字盤 Walking Eye

劇的な激しさとともに、そこにある歌心と優しい抒情に感銘を見出す ―  レナード・バーンスタインが1950年代から1970年代にかけてソニー・クラシカルに残した録音は、作曲家としての複眼的視点で緻密にアナリーゼされた解釈をもとに、音楽の喜びを全身全霊で伝えようとする情熱に満ちている。ロンドンの巨大なロイヤル・アルバート・ホールで、3日間にわたり当時流行の4チャンネル録音により収録されたエポック・メイキングなヴェルディの「レクイエム」。収録に先立って催されたコンサートは超満員を記録し、当時のロンドンはその話題で持ちきりだったという。マーティナ・アーロヨ(ソプラノ)、ジョセフィーヌ・ヴィージー(メゾ・ソプラノ)、プラシド・ドミンゴ(テノール)、ルッジェロ・ライモンディ(バス)、レナード・バーンスタイン指揮ロンドン交響楽団&合唱団による演奏で、1970年2月25日、セント・ポール大聖堂におけるライヴはDVDが出ている。この映像の冒頭に、バーンスタイン自身のナレーションが入ります。1940年の4万人の死者を出したロンドン大空襲において、被災しなかったセント・ポール教会で多くの爆撃を受けた人々に哀悼をささげる。あらゆる戦禍と迫害は忌まわしい非人道的行為であり、過去の犠牲者のみならず現代と未来の我々のためにも、この演奏を捧げる。過去の死者のためのみらなず、いま、生きる者の苦悩のためにも続けて2度の世界大戦、朝鮮、ベトナム、ナイジェリアなどの戦争の名をあげ、さらに指導者の暗殺などにも言及しています。ヒューマニスト、バーンスタインならではの思いの発露でしょう。ロンドンの交響楽団員も従軍して、多くが戦死。負傷して帰ってきたりと、男性演奏者の不足でJB卿の苦労が思い出される。終戦から四半世紀、レコーディングには女性奏者もいただろうが、男性だけのオーケストラには復興の力強さを感じる。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団では、ザビーネ・マイヤーを入団させようとしたヘルベルト・フォン・カラヤンとオーケストラの間で、大きな軋轢が生まれたことは別な話です。目を転じて日本では、東京大空襲だけで、11万7,000人、二度の原爆で20万人超、全国に空襲は広がり、50~100万ともなる一般市民の犠牲がある。国策で運営されたオーケストラが日本にはないので、戦後一様に女性楽団員が記憶に残るのは日本特有の事情だろう。バーンスタインは、のちに広島に訪れ、心からの追悼の念を持って、みずからの「カデッシュ交響曲」を指揮しました。1970年代のヨーロッパ・オーケストラ演奏を伝える映像からは、体躯の良い男性楽団員が居並ぶ様子に、国力の充実を感じ取れる。歌手陣の豪華さも特筆もので、テノールには若き日のドミンゴが名を連ねる。アーロヨ、ヴィージー二人の女声の歌声にしびれる「レコルダーレ」、若々しいドミンゴの歌う「インジェミスコ」、滑らかな美しいライモンディの「コンフタティス」。ことに、「ラクリモーサ」はバーンスタイン独特の世界が展開され、痛切なる思いに浸ることとなりました。いずれも、イタリアオペラ的でないバーンスタインの流儀のカンタービレは、平和を望む世界の人々の気持ちを受け止めた歌と感情に即したグローヴァルに訴える平和の願いを込めた力強さ。収録からすでに半世紀近くが経過しているが、全奏者が一丸となった凄絶な熱演は今も色褪せることはない。
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レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein, 1918.8.25〜1990.10.14)は、20世紀楽壇でカラヤンと人気を二分したスター指揮者。アメリカが生んだ20世紀を代表する大指揮者であり、作曲家、ピアニスト、そして教育者、理論家など、音楽の多方面にわたって優れた業績を残した偉大な「音楽家」。熱い感情迸る魂の演奏は、多くの共感を呼び、カリスマ的な支持を得て多くの人に愛されました。バーンスタインはニューヨーク・フィルの音楽監督に就任してからは、多くのアメリカ人作曲家の作品を紹介してきました。なかでも親交の深かったコープランドの作品は生涯を通じて演奏しました。1969年にニューヨーク・フィルの音楽監督を退任し、その活動の軸足をヨーロッパに向けるようになったのが、1970年。もちろん、バーンスタインに一目惚れし、相思相愛となった街ウィーンは、1960年代半ばより定期的に客演する関係でしたが、ベートーヴェン生誕200年の記念の年、1970年あたりからは、さらに蜜月の度合いを深めていきました。同じく、バーンスタインを愛したオーケストラであり、愛した街がロンドン。ロンドン交響楽団とは、桂冠指揮者の関係を得て多くの録音や、音楽祭への出演があり、このオーケストラの豊かなフレキシヴィリティにバーンスタインが大いなる共感と親近感を抱いてました。1970年2月にバーンスタインは、そのロンドンに腰を据えて、本盤「ヴェルディのレクイエム」に取り組みました。解説書の記録によれば、2月19~21日にロイヤル・アルバート・ホール(RAH)でリハーサル、22日にコンサート本番、23、24日にレコーディング。25日には場所をセント・ポール教会に移して映像収録。26日に、RAHに戻って録音の手直し。という具合に、1週間に渡って密なる取り組みがなされたようです。
ヨーロッパ屈指の家電&オーディオメーカーであり、名門王立コンセルトヘボウ管弦楽団の名演をはじめ、多くの優秀録音で知られる、フィリップス・レーベルにはハスキルやグリュミオー、カザルスそして、いまだクラシック音楽ファン以外でもファンの多い、「四季」であまりにも有名なイタリアのイ・ムジチ合奏団らの日本人にとってクラシック音楽のレコードで聴く名演奏家がひしめき合っている。英グラモフォンや英DECCAより創設は1950年と後発だが、オランダの巨大企業フィリップスが後ろ盾にある音楽部門です。ミュージック・カセットやCDを開発普及させた業績は偉大、1950年代はアメリカのコロムビア・レコードのイギリス支社が供給した。そこで1950年から60年にかけてのレコードには、本盤も含め米COLUMBIAの録音も多い。1957年5月27~28日に初のステレオ録音をアムステルダムにて行い、それが発売されると評価を決定づけた。英DECCAの華やかな印象に対して蘭フィリップスは上品なイメージがあった。
マーティナ・アーロヨ(ソプラノ)、ジョセフィーヌ・ヴィージー(メゾ・ソプラノ)、プラシド・ドミンゴ(テノール)、ルッジェロ・ライモンディ(バス)、レナード・バーンスタイン指揮ロンドン交響楽団&合唱団による演奏で、1970年2月23、24日ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホールでのセッション、ステレオ録音。
GB CBS 77 231 レナード・バーンスタイン ヴェルディ・レ…
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