34-16871
商品番号 34-16871

通販レコード→仏レッド銀文字盤 Minigroove
モノラル録音の至宝「ミラベルの庭園にて」 ― 数多い「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の演奏の中でもワルターのものはとびきりの名演で、この曲の規範ともいうべきもの。いつ何度聴いても新鮮で美しい。オーケストラの楽員が楽しい気持ちで演奏しなければ、聴きに来てくれている皆さんが楽しいとは思えない。とは、ベルリン・フィルのコンサート・マスター、樫本大進が信条としていること。ただし、オーケストラがベルリン・フィルだからこそと付帯条件がつく。日本のオーケストラと違い、ベルリン・フィルの楽団員には、どのタイミングで弾き始めればいいなどと言わないでいい人達ばかりだからだ。楽団員それぞれが、物凄いエゴイストばかりで、樫本大進がリハーサルで協奏曲のソリストの代わりに弾くことになったとき、オーケストラは全く違う曲を演奏し始めた。ところが樫本大進は動じないで、オーケストラが弾きだしたメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のソロを弾き始めた。僅か一小節の伴奏でソロはカデンツァから弾き始める必要がある曲なのにだ。楽団員は、その動じない姿に逆に「面白くない」って言った。この録音はアメリカ時代の初期に、得意のモーツァルト作品を集めてLP用に録音したもの。ワルターは孫をかわいがるようにモーツァルトを演奏する。ワルターとオットー・クレンペラーのレパートリーはモーツァルトとマーラーの音楽が大きな柱の一つになっている。周知の通り、ともにユダヤ人であるワルターとクレンペラーはマーラーの直弟子にあたり、マーラーを熱心に取りあげていた。ワルターの演奏は情緒的とされながら、音の出し方は似ている。ワルターは、ウィーン・フィルの楽員によく極端な対象を要求した。例えばモーツァルトの交響曲のピアニッシモのところで、オーケストラがまだ弾きはじめないうちに中断して、『皆さん、もう大きすぎます』と言うことがあった。また『フィガロの結婚』の序曲の練習では、やはりオーケストラが弾き始める前に中断して、『皆さん、もうテンポが遅すぎますよ』というのであった。こうしたことはワルターの個性というより、同世代の指揮者の特徴である。ワルターの演奏スタイルを簡潔な言葉で表すと、戦前の典雅、戦後の雄渾、晩年の枯淡ということになると思う。どれも魅力があるが、ニューヨーク・フィルとのモノラル録音では固まりとなってぶつかってくるような音は出さず、その出す音色は綺麗に磨き抜かれていることを強く感じる。ニューヨーク・フィルと言わなければヨーロッパのオーケストラの演奏だと錯覚しそうな仕上がりで、レーベル面には「コロンビア交響楽団」とあるが、カバー裏には「ブルーノ・ワルター指揮管弦楽団」となっている。それはワルターのステレオ録音のコロンビア交響楽団と言うのは彼が演奏会から引退した後ロサンゼルスで録音に専念した時の団体で、実体はニューヨーク・フィルとされている。モノラル時代にニューヨークで振ったコロンビア交響楽団とは全く別物なのだ。
録音のための臨時編成のオーケストラでは、そうもいかなかっただろう。ミラベル庭園は、ザルツブルクにあるミラベル宮殿の庭園です。モーツァルトの時代には、この庭園で彼の作品が多く演奏されたという事にちなんで、このLPに「ミラベルの庭園にて(in the Gardens of Mirabell)」という題名がつけられました。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」や「フィガロの結婚」「コシ・ファン・トゥッテ」「魔笛」などの序曲の他に、メヌエットやドイツ舞曲などが収められている。ワルターは慈しむがごとくモーツァルトを演奏する。鋭角的なものと無縁な演奏だ。ブルーノ・ワルターはポートレイトから受ける温厚な紳士のような印象で、その音楽を記録したレコード、CD。特にCDはかなりの割引感で受け止められているんじゃないかしら。一度で良いからSP盤で聴いて欲しい演奏家です。「ミラベルの庭園にて」はレコード・アルバムとして素晴らしい選曲、演奏です。その中でも「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」をよくよく聴きたい時に最適なカップリング。モノラル時代一斉を風靡した名盤。モノラル録音らしい線の太い、エネルギー感のある音質で演奏も1950年代のワルターらしく張りのあるもの、「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」でさえ、張りに満ちた音楽になっています。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は、この曲のとびきりの名演と言われています。この曲を好きというクラシックリスナーはみんな一度はワルターの洗礼を受けているのだと思います。モーツァルトは甘ったるいと言って話題にもしていなかった方が、モーツァルトの話題にのってきた時にはよもやと思ってしまいます。それに続いて2曲のメヌエットが並ぶ。優雅でトリオのホルンが美しい、「メヌエット」ヘ長調 K.599は1791年の作品。「メヌエット」ハ長調 K.568は1788年の作品で、威厳があり、深みのあるものとなっています。ふだんあまり顧みられることのない「3つのドイツ舞曲」K.605 には、しみじみとした良さが感じられる。1791年の作品で、本盤では第2番、第1番、第3番の順に演奏されています。第3番は「そり遊び」としてクリスマス商戦の店内音楽でも親しまれています。「フリーメーソンのための葬送音楽」K.477は、1785年の作品でフリーメーソン会員の葬儀のために書かれた深い内容の音楽で、ワルターはこれを高く評価しモーツァルトの本質が全く新しい語法で表現されたものであると述べていた。気持ちを入れるには、まずは形からと言いますけれども、フォーマル、カジュアル、ファッション次第で仕草から変わってきます。 着ているもの、それを着ていく場所にふさわしい動きがあると言ったらいいでしょうか。オーケストラは指揮者にとって、着るものではないかしら。指揮者、ブルーノ・ワルターはオーケストラを変わる度に、音楽が変わっていった指揮者ではないでしょうか。 いや、オーケストラに会わせた音楽を生み出す指揮者だったのでしょう。 極端な表現かも知れないけれども、SP時代とLPレコードの時代のワルターは別人のようです。 ブルーノ・ワルターを語る時に、どの時代のワルターを聞いていたのかで印象が違うようで面白いものです。
ブルーノ・ワルター(Bruno Walter)は1876年ドイツ、ベルリン生まれの大指揮者。1962年没。ベルリンのシュテルン音楽院でピアノを学び、9歳でデビュー。卒業後ピアニストとして活動したが、後に指揮者に転向した。指揮デビューは1893年にケルン歌劇場で。その後1896年ハンブルク歌劇場で指揮をした時、音楽監督を務めていたグースタフ・マーラー(1860〜1911)に認められ決定的な影響を受ける。交友を深め、ウィーン宮廷歌劇場(後のウィーン国立歌劇場)にもマーラーに招かれる。その後はバイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団などの楽長、音楽監督を歴任した。1938年オーストリアがナチス・ドイツに併合されると迫害を避けてフランス、スイスを経てアメリカに逃れた。戦後、1947年から2年間ニューヨーク・フィルの音楽顧問を務めたほかは、常任には就かず欧米で精力的に活躍を続けたが、1958年に心臓発作で倒れてしばらく休養。1960年暮れにロスアンジェルス・フィルの演奏会で当時新進気鋭のヴァン・クライバーンと共演し、演奏会から引退した。80歳を越えた晩年のワルターは米国は西海岸で隠遁生活送っていたが、米コロンビア社の若き俊英プロデューサー・ジョン・マックルーアに説得されドイツ物中心にステレオ録音開始するのは1960年から。日本の北斎に譬えられたように、まさに80歳にして立つと言った感じだ。録音は穏和な表情の中にどことなく哀感が漂うような独特の味わいがあります。ベートーヴェンも、巨匠ワルターの芸風に最もしっくりと馴染む作曲家の1人だったように思う。しかしアルトゥール・トスカニーニの熱情や烈しさ、ウィルヘルム・フルトヴェングラーのような即興性を持たなかったし、テンポを誇張するスタイルでなかったが抒情的な美しさと気品で我々聴き手を包み込み、活気に欠けることはなかった。こうした特徴は数多く存在するリハーサル録音耳にすると判りますが、少しウィットに富んだ甲高い声で奏者と自分の間の緊張感を和らげ、その反面集中力を最高に高めるという共感を持った云わば対等の協力者として通したこと独裁者的巨匠が多い中で稀有な存在であったのでは無いか、また、それがSPレコード時代に聴き手に、しっかりと伝わっていたのではないか。ウィーン・フィルでの〈パストラル・シンフォニー〉以来、評判と人気の源は、そこにあったかと想像できます。ワルターのスタイルは低音域を充実させたドイツ・タイプの典型的なスタイルで、ロマンティックな情感を適度に盛り込みながら柔らかくたっぷりと歌わせたスケール感豊かな名演を必然的に産む。こうしたスタイルを86年の生涯最後まで通したワルターは凄い才能の持ち主だったことは明らか。なにかと戦前の演奏をSP盤で聴いてしまうとニューヨーク・フィル時代、ステレオ時代のワルターは別人に思えてしまうのです。コロンビア交響楽団時代がなければ埋もれた指揮者に成ったかもしれないが、ワルターの変容ぶりには戸惑わされる。
セレナード第13番 ト長調 K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、メヌエット ヘ長調 K.599、メヌエット ハ長調 K.568、3つのドイツ舞曲 K.605、フリーメーソンのための葬送音楽 K.477(479a)、歌劇「魔笛」序曲 K.620、歌劇「フィガロの結婚」序曲 K.492、歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」序曲 K.588、歌劇「劇場支配人」序曲 K.486。1954年12月28日、30日ニューヨーク30丁目コロンビア・スタジオでのモノラル・セッション録音。
FR PHIL L01.237L ブルーノ・ワルター モーツァルト・…
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