商品名FR PHIL 6538 020 ポール・パレー ワーグナー・オペラ 抜粋/ジークフリート牧歌

あらゆる夢の中で最も美しい愛という主題のために、ひとつの記念碑を打ち建てたい ― ワーグナー特有の陶酔感には乏しいが、それ故にワーグナーの音楽がわかる。》歌舞伎の「二人椀久」、近松門左衛門の文楽「俊寛」や林芙美子「浮雲」にも見つけることが出来る、愛と死、エロスとタナトスの究極作品、「トリスタンとイゾルデ」の官能的な危険に満ちた世界。レオナルド・ダ・ヴィンチの示すあらゆる異様な魅力も、『トリスタン』の最初の一音で魔力を失ってしまうであろう。と、フリードリッヒ・ニーチェは芸術の全領域を探しても見つからないと思っている。と、この作品こそ、断じてヴァーグナーの最高の絶品である。との絶賛とともに書いているが、危険な魅力を持ち、同じくらい戦慄的で甘美な無限性を具えた作品を。モノラル期より独特なマイク・セッティングにより、素晴らしい音響を作り出し、その後ステレオ録音の黎明期にも多くのすばらしいディスクを世に送り出した米マーキュリー・レーベル。"You are there" を謳い文句に、音が生まれるその場にいるような臨場感を再現するマーキュリー独自の録音方法は現在聴き直しても、新鮮な驚きを聴き手に届けます。ポール・パレー、ハワード・ハンソン、アンタル・ドラティ、フレデリック・フェネルらの貴重な名演が鮮やかに記憶に残っている。フランスの名指揮者ポール・パレー。その代表的名演の、ほとんどがデトロイト交響楽団の音楽監督時代のものですが、フランスものだけでなく独欧系のシンフォニックな作品においても非凡なセンスを見せるパレーの実力をうかがうに格好の1枚です。ル・トレポールに生まれ、最初はオルガンを学び、17歳でルーアンのオルガニストとしてデビューしたが、1905年パリ音楽院に入学、3年後に和声で1等賞を得て、11年にはローマ大賞を受けた。20年にコンセール・ラムルウを指揮してデビュー、翌年からシュヴィアールの副指揮者として、このオーケストラと行をともにするが、23年から28年まで務めた。この年からモンテカルロ国立歌劇場に正指揮者に昇格して移って、オペラとコンサートの両面で活躍した。33年からはピエルネの後を受け、コンセール・コロンヌの正指揮者に就任、20年にわたって、このオーケストラを指揮してレコードにも登場して日本でも知られるようになる。第2次世界大戦中はパリがナチスに占領されると、古巣のモンテカルロに逃れ、連合軍によるパリ解放までレジスタンスの有力リーダーとして活躍したのであった。戦後再び凱旋将軍のようにパリに迎えられ懐かしいコロンヌの指揮台へ戻ったが、52年アメリカのデトロイト交響楽団の音楽監督に招かれ、危機に瀕していた、この楽団を短期間のうちに全米屈指のメジャー・オーケストラに建て直したのだった。そして10年後の62年に名誉指揮者となって勇退したが、晩年はフランス国内で客演生活を送っていたがモンテカルロで93歳の天寿を全うした。パレーはコロンヌ時代からベートーヴェンの「田園」を目にも留まらぬ速いテンポで録音し、戦前の日本のファンを煙に巻いたが、やはり全盛時代は戦後のデトロイト交響楽団期であろう。現在求めやすいレコードでは、サン=サーンスの交響曲第3番(57年)、ドビュッシー&ラヴェル名曲集(55〜61年)、また、イベールの「寄港地」とラヴェル名曲集(62、59年)を挙げよう。特にイベールは彼自身が初演した曲だけに、いずれも自信に溢れた解釈が聴ける。パレーは所謂フランスの指揮者だが、所謂パステル画のようなぼかしの効いた、雰囲気により掛かるようなことはなかった。彼の音楽は男性的で逞しく、ゴール人として気質を感じさせるものがあリ、輪郭のはっきりとした明確な表現でありながら、一方では実に洒落た感覚の持ち主でもあり、「フランス・オペラ・ハイライト」(60〜62年)や、「フランスの序曲と行進曲集」(59年、60年)で軽快で満洒な演奏も聞かせる。またパレーはベートーヴェン、ワーグナーの解釈者としても定評が高かった。パレーは1930年代、パリのオペラ座でワーグナーの楽劇の上演指揮に邁進した輝かしい過去をもち、そのワーグナー演奏には揺ぎない自信と確たるバックボーンが具わっている。彼がデトロイトと遺したワーグナーはすべて声楽抜き、『神々の黄昏』~ジークフリートのラインへの旅●『パルジファル』前奏曲●『トリスタンとイゾルデ』前奏曲●ジークフリート牧歌の4曲。一人の青年が夜明けからラインに旅立ち、聖なる神秘体験、愛と死、エロスとタナトスの試練をくぐり抜けて、父親の思惑とも戦って勝ち、自分らしい愛の形を手に入れる。「<a href="http://recordsound.jp/analogsound/index.php?mode=detail&gid=12716" target="_blank">FR  PHILIPS  6538 005 ポール・パレー ワーグナー・オペラ序曲集</a>」では『ニュルンベルクのマイスタージンガー』がコンサート組曲だったことと合わせて、このプログラミングは面白い。2枚のアルバムから中途半端に選曲されたCDを聴いて、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は最後に第1幕の前奏曲につなげて欲しかった、「夜明け」~「ラインへの旅」への経過部なし、「トリスタン」はなぜ第1幕への前奏曲 ― きれば「愛の死」も ― じゃなくて第3幕なんだという不満がでているが、米マーキュリーのプロダクトだとオーディオだけの関心で聞かれるのはやむを得ないとしても、音響として音楽を聞いているとポール・パレーのさじ加減は楽しみ損ねる。演奏自体はワーグナー特有の陶酔感には乏しいが、それ故にワーグナーの音楽がわかる。このひたむきに音楽を前進させる強靭な力、それこそがポール・パレーの真骨頂なのだ。アプローチはやはり徹底してパレーらしいもの。クナッパーツブッシュやレーグナーのワーグナーとは方向性が違うワーグナーだが、何も演出らしいわざとらしさは無く、自然体のワーグナーを堪能できる。よく聴くと実に含蓄に富んだ表現でカラヤンの演奏を表現する時に引き合いに出される「スポーツカーで走り抜けた」感じではありません。ワーグナーの音楽にはブラスの豪放な印象が強いかもしれないが、特に弦楽器の音の扱いには改めてバレーの大指揮者たる風格を気付かせてもらった。豪快な音楽展開のなかで、明瞭に聞こえてくるのはパレーの卓抜したオーケストラ・ビルディングの力か、米マーキュリーの録音の効果か、その両方故でしょう。やはり50年代末は一味違う。いささか効率の悪い大排気量の車をフルパワーで引っ張りまわすがごとく汗をかきかき速く大きく正確にと、とにかく一生懸命なスタイルなのである。そうした人間臭さとともに時代を映すもの、つまりオーケストラの高度成長期の証みたいなものが感じられて実に面白い。
FR  PHIL  6538 005 ポール・パレー ワーグナー・オ…
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