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ヴァルター・ギーゼキングは、ベートーヴェンに関して、ピアノ協奏曲もピアノソナタも全集を完成せずに逝った。そのためか、話題に昇ることは少ない。 ― 今年は鶴屋での鑑賞会で、3回に分けて説明しましたが商業録音としては、光学式も含めると1940年のレオポルド・ストコフスキーのファンタジアが最初のステレオ録音である。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番『皇帝』が、戦時下のベルリンでおこなわれたマグネトフォンによるステレオ・レコーディングで、クラシック音楽のまとまった作品全曲のステレオ・テープ録音としては、現存する最古のものとされています。第二次大戦末期の1945年1月23日、当時のベルリンは連合軍から空爆を受けており、この『皇帝』の録音でも一部の弱音部で爆撃とも高射砲ともとれる音を遠くに聞くことができます。そうした危険な環境下で、ギーゼキングで見事な演奏がおこなわれたことには驚くほかありません。第二次大戦中にドイツの帝国放送局が行なったステレオ録音のテープは現在、5点が確認されていますが、ギーゼキングの『皇帝』以外は一部の楽章でしかない。光学式のステレオ録音が良好だったのは納得しやすいですが、モノラル録音で無いためか、1960年代の録音といわれても不思議ではないくらいで、とても戦時中とは思えない高音質に感動。当時のドイツの音響通信技術水準の高さを改めて確認できます。戦後、ベルリンを占領したソ連軍が放送局の機材やアーカイブを全て持ち去ってしまい、ステレオ録音技術が断絶してしまったことが残念でなりません。この後、1954年に至るまでステレオ録音は行われませんでした。このほかのギーゼキングの『皇帝』はブルーノ・ワルター&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ヘルベルト・フォン・カラヤン&フィルハーモニア管弦楽団、グィド・カンテッリ&ニューヨーク・フィルハーモニック。そして本盤、アルチェオ・ガリエラ&フィルハーモニア管がある。ギーゼキングはベートーヴェンの第4番と第5番の協奏曲を1951年にカラヤンと録音しながら、4年後の1955年には同じ曲目をステレオでわざわざ録音し直しています。ガリエラとの録音は真性ステレオで、1955年というとEMIは試験的にステレオ録音を開始したばかりで、充分なノウハウが蓄積出来ていなかった可能性がある。1951年のモノラルでカラヤンとの録音のほうがバランスが良い。しかしながら、何故かイギリス本国では1960年代初め頃にステレオ盤では発売されておらず、ヴィンテージ盤は、ドイツ盤、フランス盤で入手するしかない。ギーゼキングのピアノは弱音部分の繊細さ、明解なタッチで美しく、ガリエラに統率されたフィルハーモニア管も盛り上げる。
ヴァルター・ギーゼキングというと、モーツァルト、ラヴェル、ドビュッシーのピアノ作品全集の録音で、カタログから落ちることはなく、未だにその高い評価は変わらない。レパートリーは広く、スカルラッティやバッハはもちろん、当時の現代音楽にも積極的で、録音があるだけでも、カセッラ、カステルヌォーヴォ=テデスコ、フォルトナー、ヒンデミット、プフィッツナー、ピストン、プーランク、ルーセル、トラップ、ヴィラ=ロボス等まで、しかも国を問わずに演奏してます。もちろんラヴェルもラフマニノフも、当時の「現代音楽」だったわけですが。これに比して、彼のベートーヴェンの録音となると、あまり評価は高くはない。そこには同じドイツ系のピアニストだと、同年齢のヴィルヘルム・ケンプは言うに及ばず、先輩のヴィルヘルム・バックハウスやアルトゥル・シュナーベル等が、いずれも全曲を録音していることにあるだろう。もっともギーゼキングは、20歳の時のデビューリサイタルで、ベートーヴェンのピアノ・ソナタの全曲演奏会を行っており、戦前からピアノ・ソナタのみならず、協奏曲も録音してるほどのベートーヴェン弾き。ギーゼキングは戦前から度々渡米しており、高い評価を受けてました。しかし、大戦中にドイツに留まったため、ナチ協力者の嫌疑をかけられました。もちろん非ナチ化裁判で無罪となってます。そんな訳で、1949年の戦後最初の米国公演は、ユダヤ系団体をはじめとするグループの妨害によりキャンセルとなりました。彼の米国楽壇への復帰は1953年になってからで、その後1955年と没年の1956年にも訪米し、絶賛を浴びてます。この1956年の米国ツアーについてのニューヨークの新聞評が、「ギーゼキングはまたしても楽界随一のピアニストであることを証明した」と絶賛したほど。ギーゼキングは190㎝、体重100㎏ほどの巨漢だったと伝えられ、ピアノの弦が切れんばかりのフォルティッシモの爆発力はそれ相応に凄いですが、それ以上にその体躯からは想像の出来ない繊細なピアニッシモのコントロールの巧みさ、そしてバックハウスとは対照的なペダルの細心のコントロールで、音の混濁が極めて少ないことが特徴の一つです。両者の同じ曲の演奏を比べると、ペダルをよく言えば鷹揚に、悪く言えば無頓着に踏みっぱなしのバックハウスとは、ほんとうに対照的。むしろ極力ペダルに頼らない奏法にあるように思います。来日公演で聴衆を驚嘆させたという多彩な音は片鱗しか窺い知れないのは残念だ。戦前には晩年より激しい演奏が多く、晩年のモーツアルトと同じ人とは思えないほどの、乱暴と言ってよいほどのものもあるが、他のドイツ系の演奏家のようにタメをつくるタイプではないので、直接懐に飛び込んでくるような直裁さである。ギーゼキングは亡くなる直前にベートーヴェンのソナタ全集に着手しながら⅓程度を残して急逝したのが惜しまれるのだが、これらの作曲家だけを録音してた訳ではなく、早すぎる晩年にはこれらの録音と並行して、シューベルト、シューマン、ブラームス、メンデルスゾーン、グリーグ等の作品も大量に録音してます。そしてEMIへの商業録音とは別に、大量の放送用の録音を残しています。特に彼が戦後音楽院の教授を務めていたザールブリュッケンにあるザールラント放送協会が、相当数の録音を残していて、その中にベートーヴェンのピアノ・ソナタがあります。この中には、EMIには録音できず終いだった「ハンマークラヴィーア」も含まれてます。晩年には自宅スタジオでの録音もしている。
ヴァルター・ギーゼキング(Walter Wilhelm Gieseking)は1895年11月5日フランスのリヨン生まれのピアニスト。1956年10月26日、ロンドンにて没。両親はドイツ人だったため、ファミリーネームがドイツ名となっている。4歳でピアノを始め、5歳で読み書きができるほどの神童で6歳でシューマンの「幻想曲」を弾いたという逸話が残っている。両親はピアノの才能を伸ばすために北ドイツに戻り、ハノーヴァー市立音楽院に16歳で入学、1911年から音楽院の名教師カール・ライマーの元で新しいピアノ演奏のシステムの指導を受ける。1913年にはコンサートデビューし、このコンサートは大成功を収めた。その後もリサイタルを開き、特に1915年、20歳でベートーヴェンのピアノソナタ全曲演奏会は大きな話題となった。1916年に同音楽院を卒業したが、本格的な演奏活動は第1次大戦後となった。1920年からはベルリンを皮切りにヨーロッパ、1926年からはアメリカデビューも果たし、特に本人の自伝によると1937年の演奏会で名声を確立したということである。ギーゼキングは世界中で行う演奏会や録音に加え、レッスンも行う鉄人であったらしい。そしてその異常なスケジュールをこなす事が出来たのは素晴らしい記憶力のおかげであったという。録音も暗譜で行い、新曲も軽く目を通しただけで演奏ができたということである。レパートリーはドイツの作曲家やフランスの作曲家でベートーヴェンやモーツァルト、ラヴェルやドビュッシーを得意とした。政治的には全く関心が無く、彼の興味は蝶の標本収集と音楽だった。そのためナチスが台頭してきた際も第2次大戦中も亡命せずにコンサートを続けたため、戦後はナチ協力容疑で取り調べを受け戦後のアメリカ公演も一度は流れることとなった。親即物主義の作曲家、ヒンデミットやプフィツナーの現代音楽を積極的に紹介したため親即物主義の信奉者とみなされがちだが、メカニックな意味で「楽譜に忠実」なのではなく作曲家の精神に忠実な演奏であった。「モーツァルト弾き」と「ラヴェル・ドビュッシーの大家」という2つの顔を持ち、その両方で他の追随を許さなかった。録音では戦前より長く英コロムビアの専属ピアニストとして活躍し、とくにモーツァルト、ドビュッシー、ラヴェルのピアノ作品全集は歴史的名盤として知られています。1951年、自動車事故。1953年には戦後初めてのアメリカ公演を実現したが、1955年の秋に乗っていたバスが事故を起こし、夫人を喪い、自身も2度目の重傷を負います。しかし、復帰した翌年の1956年、その喪も明けやらぬうちに、ロンドンにて録音中に体調を崩し、死去。円熟の最中、60歳で亡くなったため全曲録音を目指していたベートーヴェンのピアノ・ソナタ録音は未完に終わり、バッハ作品も戦後のレコード録音が残りませんでした。ところがギーゼキングはレコード録音と並行して各地の放送局にまとまった分量の放送録音を行っており、バッハの主要作品については1950年1月~6月、ザールブリュッケン放送局に録音していました。これを1970年、ドイツ・グラモフォンがレコード化の権利を獲得しヘリオドール・レーベルで次々とLP化し、一部は日本でも発売され大きな話題を呼びました。透明で美しい音色と完璧な技巧で20世紀を代表する名ピアニスト。
ベートーヴェン : ピアノ協奏曲第4番、第5番
ギーゼキング(ワルター)
ワーナーミュージック・ジャパン
2000-11-22

1955年9月ロンドン、アビイ・ロード・スタジオでのステレオ録音。
FR PATHE  C047-01012 ギーゼキング&ガリ…
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