34-17972

商品番号 34-17972

通販レコード→仏ブルー・アンド・ホワイト黒文字盤

聞け、天を揺るがさんばかりの信仰心の吐露を! ― アラン・ロンバールが、その若さを存分に叩きつけました。ジョイス・バーカー、ミニョン・ダン、エルマンノ・マウロ、ポール・プリシュカ。生涯に26曲のオペラを残したヴェルディですが、このレクイエムは彼の魅力が凝縮された名曲です。レクイエムとしてはそのオペラ的で劇的な音楽の面からの批判的な意見もあるようですが、全曲に散りばめられた美しい旋律は涙なしには聴けないほど。怒りの日の部分は聞いたことがない人はいないほど有名な割りに、意外に全曲を聴いた人は少ないようですが、この曲は怒りの日だけではありません。1970年代半ばに、彗星のようにあらわれたロンバールは、1940年生まれのパリ出身。録音のとき30歳代で、表紙の写真から分かる通り、ダンディーな指揮者でした。71年からは、母国ストラスブール・フィルハーモニック管弦楽団の音楽監督となり、エラートとの契約も成立し、当時、オーケストラ録音にこぎ出したエラートの看板コンビとして、大量の録音を残しました。1970年代には来日もし、読売日本交響楽団を指揮してフランス音楽を披露している。エラート・レーベルのクリアでフレッシュな印象を、その時期に植え付けられた。続々と新録音が日本でも紹介されました。レコード芸術誌で小股の切れあがったナイスな演奏と評しておりましたが、清新なロンバールの音造りと相まみえて、聴き手を退屈させないものとなっています。スピーディで、スマート。細部にこだわらないようでいて、意外や緻密。指揮者の強い意志も感じる、ユニークな存在だ。1970年代にしては表情が濃厚で、ぞくぞくとさせてくれる瞬間を多くもっている。メジャーに躍り出ることは、いまに至るまでなかったけれど、エラート時代に残した演奏の数々は、古豪レーベル復活をかけたエラートの熱意と、ほぼ録音などなかった指揮者とオーケストラの前向きさ。それらが融合した結果のものか。ピエール・アモイヤルをソロにした、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番、第2番は長岡鉄男の外盤A級セレクション第1巻60掲載盤として超優秀。当時も今も、フランスのエスプリと、ストラスブールという多面的な顔を持つ街のオーケストラの特色を引き出した点で大いに評価されていい。ストラスブールは地政学的な文化面で言うと、ドイツであり、そして、政治的な存在としてはフランスなのです。ライン川を隔てて、ドイツのケールという街と一体化してます。さらに、地図で地名を見てみると、フランス内のストラスブール周辺は、ドイツ的な地名ばっかり。シュトラスブルク、ドイツ語では、そうなるんですね。EUの街、そして交通の要衝となってます。
1950〜60年代のパリ音楽院管弦楽団(Orchestre de la Société des Concerts du Conservatoire)、シャンゼリゼ劇場管弦楽団、パリ・オペラ座管弦楽団、フランス放送(ORTF=Office de Radiodiffusion Télévision Française)交響楽団、そしてラムルー管弦楽団、コンセール・コロンヌといった当時のパリで持て囃されていたオーケストラ録音を聴くと、指揮者もオーケストラも、そして録音も個性的ではっちゃけていた。ステレオ録音の初期は、こうした嫌に元気な元気な録音でいっぱいである。アンサンブルが崩れようが、どこかのパートが落ちようが、ポンコツのまま構わず楽しそうに進む。ジュネーヴのヴィクトリアホールの美しい響きとデッカ録音の妙と、数学者でもあった指揮者の分析的な解釈として、精密さを印象づけていたエルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団も、独創的でありながらの精緻な音楽だった。それも、ステレオ録音のレコードで国際的に聴かれるようになっていくとともに独創的な録音も影を潜めはじめる。そうして1960年代後半、パリ音楽院管弦楽団の終焉とともに新録音は完全にストップする。1990年代に佐渡裕がラムルー管を牽引するまで、健在ぶりさえ気にしなくなっていた。その代わりに、1970年代に地方に新設されたオーケストラが一躍脚光を浴びる。1970年代のフランス音楽界は、アンドレ・マルローとマルセル・ランドフスキのかいあって、「地方の時代」といわれたが、その柱には、フランス近代以降の音楽の発展を受け継ぎながら、極端に走らず、無調音楽を展開しようとした。それは、調性的な発想から出ており、伝統的でわかりやすい表現を良しとした独自の音楽語法で、教条的なセリー技法には、つねに異を唱えていた。それ故に前衛音楽に距離をとったことや世俗的・社会的な成功から、ピエール・ブーレーズとその ― 識者も含む支持者から攻撃されており、なんだかんだで、良くも悪くも、紛れもない都の息吹があった。ジャン=クロード・カサドシュ(1927年7月17日〜1972年1月20日)率いる北のリール、ミシェル・プラッソン(1933年10月2日〜)率いる南のトゥールーズ、そしてアラン・ロンバール率いる東のストラスブール。それぞれ独自のカラーを出しながらも、何かしら猥雑なエネルギーを放出していた。そう、当の都では忘れ去られた息吹が1970年代には地方に移ったのである。オーケストラ文化が伝播したかのように、懐かしいエネルギーが地方で息づいていたのである。それも昨今ではマルク・アルブレヒト指揮のストラスブール・フィルがリヒャルト・シュトラウスやベルク、フランス近代物などをリリースした録音を聴いて、その演奏はロンバール時代の勢いはそのまま、クオリティはかなり上がっているのに残念だった。もはや、パリだの地方だのいう時代でなくなってしまったことを実感した。
アラン・ロンバール(Alain Lombard)はリヨン国立管弦楽団の指揮者として1961年にデビューした後、渡米してニューヨークでレナード・バーンスタインの助手を務めたフランスの指揮者。1940年10月4日、パリに生まれ、パリ音楽院でガストン・ブールに師事、その後、フェレンツ・フリッチャイの元で研鑚を積む。1966年、ミトロプーロス国際指揮者コンクールに優勝し、国際的な活躍を開始する。1999年以降はスイス・イタリアーナ管弦楽団の指揮者を務めている。1971年から1983年までストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任。主にオペラ指揮者として名高く、EMIやエラート・レーベルに数々の録音を残している。代表的な録音は、モーツァルトの歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」と「魔笛」、グノーの歌劇「ファウスト」と「ロメオとジュリエット」、ドリーブの歌劇「ラクメ」、プッチーニの歌劇「トゥーランドット」、ビゼーの歌劇「カルメン」に交響曲ハ長調、ベルリオーズの「幻想交響曲」のほか、シューベルトの交響曲が挙げられるが、特にストラスブール・フィルと演奏したフランスの管弦楽曲の評価が高い。アンサンブルにはラフなところがあるが、ソロもウィーン・フィルハーモニー管弦楽団やベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の奏者の力量には及ばないが、存在感があり、一直線に豪快に鳴らしている。特に打楽器奏者が素晴らしく、打ち込みは小気味よいし、ここぞというときの迫力が凄い。演奏を聴き終えた後の爽快感は、ああ、いい音楽を聴いたという満足感は趣があり、このコンビは1970〜80年代に持て囃されていた。
ジョイス・バーカー、ミニョン・ダン、エルマンノ・マウロ、ポール・プリシュカ、アラン・ロンバール(指揮)、ストラスブール・フィルハーモニック管弦楽団、スロヴァキア・フィルハーモニック合唱団。1977年発売、2枚組。
FR ERATO  STU70965/6 アラン・ロンバール ヴェル…
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