34-20344
商品番号 34-20344

通販レコード→仏ラージドッグ・セミサークル黒文字盤
天下一品 ― ロンギヌスの槍が重要なキーワードのオペラの話をしていたら、日本人に西洋の宗教音楽がわかるはずがない、そう男に言われた。日本人が全員仏教徒ではないし、あなたは違う宗教観なのだろうか。アメリカ人が月面歩き回った時の各宗教の反応ってのがちょっと調べてみたいという声も有る。その宗教に対する姿勢が、敬虔な演奏家には大きなフィルターとなるのかな、と感じたのがこのレコードの演奏だった。大富豪の家に生まれたビーチャムは、その持っていた財力をすべて大好きだった音楽に注ぎ込むことのできた幸福な人だった。彼は自身の財産を投じてオーケストラや合唱団、歌劇組織を創設したが、それが現在でも活動を続けているロンドン・フィルやロイヤル・フィル、ナショナル・オペラだ。ビーチャムは音楽を正式に学んだことは一度としてなく、全て独学だったが、それでいて、指揮者として楽員に心底尊敬され、どちらのオーケストラもイギリス屈指のオーケストラに育て上げた。ここは大事なところ。趣味の拡大ではなくて天性の音楽家が、たまたま大金持の家に生まれ、好きなだけ使えたお金を「正しく」使ったということだ。半世紀以上にわたって活動を続け、彼の「財力と指揮活動」によってイギリスに紹介された作品も数多い。いや、偉大な趣味人だったのかも。ビーチャムは職業指揮者ではないので、ビーチャムの音楽観でまとめられた録音ばかりだ。批評家が何を書こうが怖くなかったし、人気と支持を受け続ける必要などなかった。自分が育てた庭の果実を味わうだけで良かったのだから。そうした指揮者にとって、ペール・ギュントのお話ってどう心に刺さるんだろう。などと思ったけど、特別な空間で生きている大物だったから、その伸び伸びとした音楽を満喫できるんだろうな。大富豪指揮者の『わがまま』な贅沢を叶えた録音です。英国音楽界を牛耳っていたとも言われるほどの存在だった怪物、サー・トーマス・ビーチャムが子供の頃から好きだった冒険メルヘンを劇音楽にしたグリーグの「ペール・ギュント」からビーチャムの好きな音楽だけを選んで編曲、録音されたレコードです。全曲盤とも有名な2つの組曲版とも違います。演奏にはソプラノや合唱団まで動員してまで、凄い中途半端な音楽になっています。全曲盤を聴いたことがあれば、どうしてこの曲はないの?どうしてこの曲を選んだの?って、思うことでしょう。だけれども組曲版が好きで、でも全曲盤はストーリーがわからないし、と思っているならきっと楽しめますよ。プチ贅沢でなく、秀吉の黄金の茶釜や金箔をふんだんに使った屏風絵が圧倒するだけの金持ちのおもちゃには思えないように、数ある指揮者や歌手のわがまま、自己満足、力を誇示するために録音されたレコードの中でもツタンカーメンの黄金のマスクに匹敵する文化遺産になるレコードです。録音のためのスタジオから、当時最新だった録音機まで気配りも怠りなかっただけに面白いサウンドに仕上がっています。ステレオ録音が未だ実験段階だった時期の録音なのですが、それがにわかに信じがたいほどの優秀録音です。
北欧のショパンと称された北欧ノルウェーを代表する国民的作曲家エドヴァルト・グリーグ(Edvard Grieg)が住んでいた家は、その名も「トロルハウゲン」。トロルの丘、という意味です。グリーグが作曲に必要としていたものは、大自然の中にぽつんとたたずむ小屋でした。中はシンプルにピアノと机、ベッドだけ。 たった一つの窓から見えるのは、今にもトロルが忍び寄りそうなノルウェーの大自然。ノルウェーでは、自然を象徴するものの一つに神秘的な北欧の自然に息づく不思議な生き物「トロル」という存在があります。グリーグはトロルをこよなく愛し、ノルウェーの伝説にしばしば登場するこの森の精霊になぞらえ、自らを「小さなトロル」と呼んでいました。ヘンリック・イプセンが1867年に作った戯曲。「ペール・ギュント」は夢見がちで自由奔放な男、ペールが一攫千金を夢見て世界へ旅立つ冒険物語です。かつての恋人イングリを結婚式から奪取して逃亡する。しかしイングリに飽きたら彼女を捨て、トロルの娘と婚礼寸前まで行くが逃げ出す。純情な女ソルヴェイと恋に落ちるが、彼女を待たせたまま放浪の旅に出る。山師のようなことをやって金を儲けては無一文になったり、精神病院で皇帝になったり遍歴した後に老いて帰郷する。死を意識しながら故郷を散策しているとボタン職人と出会うが、彼は天国に行くような大の善人でもなく地獄に行くほどの大悪党でもない「中庸」の人間をボタンに溶かし込む役割の職人だった。「末路がボタン」というのだけは御免だとペール・ギュントは善悪を問わず自分が中庸ではなかったことを証明しようと駆けずり回るが、トロルの王も「やせた男」もそれを証明してくれなかった。彼は最後の証人として会ったソルヴェイに子守唄を歌ってもらいながら永眠する。この作品の舞台化に伴い1874年、付随音楽の作曲がグリーグに依頼される。元来小品に向いていた作曲家は、この途方もない「ほら話」が自分向きではなく作曲がむずかしい、と一旦は断ろうとした。しかし民族的な題材を取り上げたいとも思っていた彼は結局承諾。ノルウェーの伝統楽器ハーディングフェーレがインスピレーションを与えた。独唱と合唱を含む全26曲のスコアを書き上げた。1876年の上演は成功を収め、とりわけその音楽が好評をはくした。グリーグは原曲の第13、12、16、8曲の4曲を選び、1891年に声楽のパートや台詞を省き第1組曲を、翌1892年に原曲の第4、15、21、19曲の4曲を選び第2組曲に編曲した。「ソルヴェイグの歌」では歌唱のパートを器楽に置き換えている。民俗音楽のエッセンスを取り入れたこの作品は当時、聴衆に斬新な印象を与えたそうです。現在ではグリーグを代表する作品として、よくコンサートでも取り上げられます。本盤は第2曲「結婚行進曲」、第4曲「イングリッドの嘆き」、第8曲「山の魔王の宮殿にて」、第13曲「朝」、第12曲「オーセの死」、第15曲「アラビアの踊り」、第19曲「ソルヴェイグの歌」、第16曲「アニトラの踊り」、第21曲「ペール・ギュントの帰郷」、第26曲「ソルヴェイグの子守唄」の10曲を選んでいる。ソプラノのソリストから合唱団まで動員して、ビーチャム版と云いたい不思議な選曲。妙に気合いの入った「抜粋盤」ですが、組曲盤では食い足りなくなったら圧倒的に面白い。
満足できる音楽を自由にやりたいように演奏、録音をした指揮者がイギリスの指揮者、サー・トーマス・ビーチャムです。ストコフスキーを初めとして1950年代にレコードをたくさん録音した指揮者は、楽譜にはない演奏を良くしていますけれども、ビーチャムのレコードもそういった演奏がとても多くあって新鮮に楽しむことが出来ます。レコード録音のレパートリーのスタンダードも構築したような業績もあるので、親しんでいる曲からでもビーチャムの録音盤と聴き比べるのは面白く勉強に成る事でしょう。『朝』、『オーセの死』、『アニトラの踊り』、『ソルヴェーグの歌、子守歌』など、小学校の音楽の授業でもお馴染みの『ペール・ギュント』は最初の試みに良いと思ってます。多くの愛好家が居ることも、誰もが楽しんでいるからではないかしら。わたしの通った小学校、中学校では『朝』は掃除時間の音楽として毎日聴いていました。『ソルヴェーグの歌』は松本零士のアニメ『銀河鉄道999』でも良く使用されているのでお馴染みですね。ペール・ギュントはノルウェーの劇作家、イプセンの戯曲。わたしの考え方として有名な『人形の家』には影響も受けているところがあります。あの強大な存在である怪物が至って真面目な音楽を聴かせてくれる。ただし、そこは独墺系の演奏家ほど重厚ではありませんが、渋い中にもビーチャムのセンスが光っています。録音されたのは1957年。当時欧米ではプレスが絶えかけていたのにSP盤でも発売されています。そうした面でも随分とビーチャムが手広く働きかけたのが感じられます。英 EMI のカタログから消えることなく、50年間以上も多くのクラシック愛好家が代々忘れずに愛聴しているのですから、評価の方も高いことは証明されているでしょう。サー・トーマス・ビーチャムは82歳まで生きた長寿だけども、このレコードの発売の翌年1960年に自分の為に創設、編成したロイヤル・オーケストラ後継者にルドルフ・ケンペを指名して引退。1961年に他界しています。現在でも世界4番目と言われる製薬会社の御曹司に産まれたビーチャムは、やりたいことをやって生き抜いた音楽家として満足でしょう。
イルゼ・ホルヴェーク(ソプラノ)、ビーチャム合唱協会(合唱指揮:デニス・ヴォーン)。1956年6月5,18,21,29日、1957年4月1日ロンドン、アビー・ロード・スタジオでのステレオ・セッション録音。
FR EMI CVC742 ビーチャム グリーグ「ペール・ギュント」
FR EMI CVC742 ビーチャム グリーグ「ペール・ギュント」