34-10227
溌剌とした演奏が曲の趣きを奔ばしらせる、ドイツ・ロマン派銘盤 ― ピンカス・ズーカーマンは、アイザック・スターンとパブロ・カザルスに見出され、スターンのすすめでアメリカに渡り、ジュリアード音楽院で名教師イヴァン・ガラミアンに師事して技術を高めます。1967年にレヴェントリット・コンクールでチョン・キョンファと第1位を分け合う。69年には自身を見出してくれたスターンの代役としてレナード・バーンスタイン率いるニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会に出演、大成功を収め一躍有名になりました。彼はヴァイオリンだけでなく、しばしばヴィオラを演奏することでも知られており、彼の持ち味の朗々とした歌い回しで美しい音を響かせます。ダニエル・バレンボイムやジャクリーヌ・デュプレとトリオを組んだベートーヴェンのピアノトリオ全集も有名。その EMI 盤の成功を契機に華麗なテクニックを誇るだけでなく、室内楽にも精通し、ヴァイオリンをヴィオラに持ち替えて旧知のバレンボイムとも DGG からも何枚もリリース。ビートルズブームの中、30才前後の同世代間が共有する音楽感が際立っています。2017年はブラームス没後120年、本盤の各ソナタはブラームス晩年近くの確かな構築力を有するもので、明るい雰囲気とメランコリックな情緒が美しく融合した第1番。気品ある抒情的な旋律に満ち、充実した作風を示す第2番。重厚で内省的な側面が色濃く、老境の寂寥感を滲ませた第3番。これら3曲のヴァイオリン・ソナタと2曲のヴィオラ・ソナタを収めた3枚組セットです。ヨアヒムのために協同作曲した『F.A.E.ソナタ』のスケルツォも併録。無類のセンスとテクニックによって名器を楽々と操るズッカーマンと、バレンボイムの音楽的構造を見事に際立たせた知的なピアノによる演奏です。
併録のヴィオラ・ソナタがとても魅力的なセット。ドヴォルザークの汲めども尽きぬメロディーメーカーぶりに思うところがあったのか、ブラームスは1890年ごろ、自信の創作活動に限界を感じ始めていました。「内面的に湧く霊感なしには作曲すべきでない」という信念を持っていたブラームスは二重協奏曲を最後に、大曲の作曲からは手を引き、これまでに作曲した作品の改訂や小品の作曲に精力を注ぐようになる。しかし1891年3月にブラームスは、かねてから親しかったマイニンゲンの公爵の宮殿を訪問し、そこで宮廷管弦楽団の演奏に触れる機会がありました。そのオーケストラの演奏家のうちの一人、クラリネット奏者のリヒャルト・ミュールフェルトの演奏を聴いたことが彼の創作意欲を再び掻き立てることとなり、早速方針変更、はクラリネットを含む室内楽曲の作曲というブラームスの人生で初の試みを行うこととなります。ピアノ音楽 ― 作品と演奏技術の双方 ― をシューマンに高く評価されて世に出たブラームスは、ヨーゼフ・ヨアヒムと親交を暖めながらピアノとヴァイオリンを中心に置いた名曲を発表してきました。結局ブラームスは、クラリネットを含む初の室内楽作品『クラリネット三重奏曲 作品114』、円熟の作曲技法による哀愁に満ちた美しさを有する『クラリネット五重奏曲 作品115』、そしてピアノとの組み合わせによる作品120の2曲の『クラリネット・ソナタ』を作曲したのでした。機会は可能性あったと思いますから気力があったら、クラリネット協奏曲を作曲してモーツァルトと比肩する名曲になっていたことでしょう。全体にわたって晩年のブラームスらしい穏やかな、そしてどこか憂愁に満ちた雰囲気を有するものの他の後期ピアノ作品などと比べて明るく、わかりやすい作曲となっています。そして、作曲家はこれら4曲すべてをクラリネットからヴィオラに楽器を変更しても演奏可能なようにしたのです。ソナタ2番はヴィオラの魅力が発揮されています。冒頭の「愛らしい」旋律に始まり、ピアノとヴィオラが対位法的に絡み合いながら曲は進行します。ヴァイオリンよりも柔らかい音色のヴィオラだからこその深みのある響きは、一つ一つの旋律に奥行きを持たせており、ブラームスがヴィオラを選択した理由には音域の問題以外の何かがあるだろうことは容易に想像されます。アレグロ・アマービレの第1楽章と、アレグロ・アパッショナートの第2楽章の静かな終わりを迎える部分でヴィオラならではの深い音が良い効果を生んでいることは聴くことだけでもわかるでしょう。そして、アンダンテ・コン・モートで提示されたピアノとヴィオラの対位法的な主題が次々と変奏されていく第3楽章ですが、この変奏の書法がいかにもブラームスらしい作風で、そこに晩年の穏やかな雰囲気が加わりとても味わい深い楽章だと言えるでしょう。ズーカーマンのストイックでありつつもふくよかな歌い回しのヴィオラに、バレンボイムの情熱的なピアノが非常に良くマッチします。ピアノソロの部分などでは本領発揮とばかりにバレンボイムの美しい音が響いており、ヴィオラが加わってからの低音の歩みがよく響いている点はバレンボイムの好解釈のように思います。ズーカーマンはダブルストップなども完全に弾きこなしており、2弦ともがまろやかに鳴る美しさを私たちに見せつけます。両者ともにレベルの高い演奏家ですから、お互いの間合いの取り方、バランスなどは完璧と言っても過言ではないクオリティです。
近年、クラシック音楽の新録はダウンロード配信だけのケースが増え、往年の大演奏家たちの活動の把握が難しいが2014年から新たな「エルガー・プロジェクト」をシュターツカペレ・ベルリンとスタートしている。バレンボイムは言うまでもなく現代を代表する指揮者であり、また長らく一流のピアニストであり続けている。短期間に膨大な演奏や録音をこなすことでも知られる。市場が縮小した今日においても、定期的に新譜を出せる数少ない指揮者である。ダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim, 1942年11月15日ブエノスアイレス生まれ)は演奏家である前に、独自の音楽観を持った音楽家であり、楽想そのものの流れを掴むことのできる稀有な才能の持ち主であろう。テンポの揺れは殆ど無く、凪の中で静かに時間が進み、色彩が移り変わっていく。全体的には厚めの暖かみのある音色で、煌めき度は高くなく沈んだ暖色系の色がしている。ピアニストからスタートして、もともとフルトヴェングラーに私淑していたこともあり、さらにメータ、クラウディオ・アバド、ピンカス・ズッカーマンなどとともに学びあった間柄で、指揮者志向は若い時からあったバレンボイム。7歳でピアニストとしてデビューしたバレンボイムの演奏を聴いた指揮者、イーゴリ・マルケヴィッチは『ピアノの腕は素晴らしいが、弾き方は指揮者の素質を示している』と看破。1952年、一家はイスラエルへ移住するが、その途上ザルツブルクに滞在しウィルヘルム・フルトヴェングラーから紹介状“バレンボイムの登場は事件だ”をもらう。エドウィン・フィッシャーのモーツァルト弾き振りに感銘し、オーケストラを掌握するため指揮を学ぶようアドヴァイスされた。ピアニスティックな表現も大切なことだとは思いますが、彼の凄さはその反対にある、音楽的普遍性を表現できることにあるのではないか。『近年の教育と作曲からはハーモニーの概念が欠落し、テンポについての誤解が蔓延している。スコア上のメトロノーム指示はアイディアであり演奏速度を命じるものではない。』と警鐘し、『スピノザ、アリストテレスなど、音楽以外の書物は思考を深めてくれる』と奨めている。バレンボイムの演奏の特色として顕著なのはテンポだ。アンダンテがアダージョに思えるほど引き伸ばされる。悪く言えば間延びしている。そのドイツ的重厚さが、単調で愚鈍な印象に映るのだ。その表面的でない血の気の多さ、緊迫感のようなものが伝わってくる背筋にぞっとくるような迫力があります。パリ管弦楽団音楽監督時代、ドイツ・グラモフォンに録音したラヴェルとドビュッシーは評価が高い。シュターツカペレ・ベルリンとベートーヴェンの交響曲全集を、シカゴ交響楽団とブラームスの交響曲全集を、シカゴ交響楽団及びベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とブルックナーの交響曲全集を2種、それぞれ完成させている。ピアニストとしてより指揮者として顕著さが出る、この時期のレコードで特に表出している、このロマンティックな演奏にこそバレンボイムを聴く面白さがあるのです。「トリスタンを振らせたらダニエルが一番だよ」とズービン・メータが賞賛しているが、東洋人である日本人もうねる色気を感じるはずだろう。だが、どうも日本人がクラシック音楽を聞く時にはドイツ的な演奏への純血主義的観念と偏見が邪魔をしているように思える。
1974年11月ニューヨーク、ステレオ録音。3枚組。
FR  DGG  2740 125 ズーカマン&バレンボイム  ブラ…
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