34-12064
商品番号 34-12064

通販レコード→仏ブルーライン盤
ベートーヴェン青春の響き ― マウリツィオ・ポリーニの国イタリアではピアノ音楽にオペラのヴェルディは愚か、ロッシーニやプッチーニにさえ匹敵するものがない。そのためポリーニは自国のものでないベートーヴェンやショパンを弾くのが、彼の演奏にはあまりにも強いイタリア的性格が示されていた。すなわち明晰な感覚美による合理的な造形である。そこに現されるクリアな美しさは、まさに地中海の伝統とも言える古典主義を思わせたが、ポリーニにおいては、それが過去を懐かしむのでなく、常に現在と密着している。イタリア人の国民性の特色は現実に足を踏まえたリアリズムにあるが、ポリーニの音楽にはそのことが強くにじみ出ている。このようなピアニストが、ある意味ではヴェリズモの作曲家以上にリアリストだったベートーヴェンの曲を、見事な平衡感を持って表現するのは不思議ではないが、ポリーニの場合はそうした音楽の感受力が知的な秩序への意図とオーヴァーラップしており、そこにベートーヴェンの意志的な力を改めて示すことになったように思える。勿論そうしたことが一朝一夕に行われるはずもないが、ポリーニの場合その成熟への未知をまっすぐに進んでいるように見えながら、実は何回か大きな壁にぶつかってきたとも言えるのである。彼は1960年の第6回ショパン・コンクールに優勝して間もなく、楽壇からふっつりと姿を消し、しかもその空白が十年も続いた。それは彼のこれまでの人生で最も困難な時代であったとも考えられるが、モーツァルトに続いて登場した、このベートーヴェンを聴くと、この間にも彼は何かの岐路に立ったのではないか。レコードの企画などというものには、レコード会社のプロデューサーの意図が大きく働いていることは言うまでもないがカール・ベームほどの巨匠が、自分の肌に合わないピアニストとの協演を承知するはずがなく、またポリーニが如何にベームを尊敬していてもポリーニの側からベームに働きかけるのも不自然である。とするとこの二人の協演の実現には、やはりベームの意志が大きく作用していたと見るのが妥当であろう。それが本当なら、怜悧な彼のピアニズムのどこかに自分の演奏に欠かせない何かを感じたのだろうか。もし逆に何気にベームとの会話に、あなたのおっしゃる曲を録音したいですとポリーニが切り出したら、それならモーツァルトやりましょう。なんてやりとりがあったのかと想像してしまいます。ベームはモーツアルトを自らの〝音楽上の守護神〟と称していたが、80才を越えた老匠は、そのポリーニの精密な機械仕掛けの自動演奏、完璧な10指のコントロールで放つ『音の粒』の静かな嵐に『神』を感じていたに違いない。
カール・ベームとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団という自他共に許す正統派がベートーヴェンの録音に、巨匠ヴィルヘルム・バックハウスについでマウリツィオ・ポリーニを選んだということは、この成功を当然予期したためであろう。そしてベームがポリーニとともに録音の仕事を始めたのも、彼のそうした芸術性を高く評価したために違いない。このオーケストラは伝統的な演奏様式を墨守しながらも堂々とした音楽を展開するが、例えば至る所のフレーズに支持されたスラーやスタッカートの処理、フォルテシモからピアノに収斂するディナーミクの対照など正確を極める。このような管弦楽に包み込まれたポリーニが、持ち前の安定感を発揮するのは言うまでもない。これこそ協奏曲の理想と言って良い演奏であるが、ポリーニとベームという親子以上に年齢の異なる二人が、こうした成果を挙げたのは彼らの共感の交流の強さを示すものと言わねばなるまい。しかし、ここではなによりもまず音楽が溢れるように美しく、ベートーヴェンを通して演奏者たちの心のぬくもりが迫ってくる。ポリーニのピアノは若々しく、溌剌としており、ドイツ的・ウィーン的ではないが、或る意味これぞ〝ベートーヴェン青春の響き〟かと思わせる。バックハウスの様な貫禄は感じないが、この曲の場合はこれはこれで好いという気がする。ベームの指揮も嘗ての緊迫感よりは余裕を感じさせる仕上がりだが、力強さに欠ける訳ではなく、この曲の雄渾な面は損なわれていない。ベートーヴェン(1770〜1827)は作品番号のついたオリジナルのピアノ協奏曲を5曲完成している。この内、今日ではあとの3曲が広く演奏されているが「ピアノ協奏曲第3番」は、1796年から1803年にかけて作曲された唯一の短調(ハ短調)の曲です。ベートーヴェンの作品では、「交響曲第5番(運命)」や「ピアノ・ソナタ第8番(悲愴)」「ピアノソナタ第32番」、序曲「コリオラン」、「ヴァイオリン・ソナタ第7番」などもハ短調です。ハ短調は当時「ドラマとパトス(情念)の両立」という独特の意味を持っていたという説があります。ハ短調はハイドン「交響曲第78番」やモーツァルト「ピアノ協奏曲第24番」でも使われました。モーツァルトの協奏曲でベートー ヴェン的だとも言われる第24番とよく似ているとされ、その第1楽章からすでに、モーツァルトの名曲に劣らない短調の魅力的な旋律と合奏の響きを持っています。第4番ト長調は、3番や5番のように誰が聞いてもメロディーの美しさを感じるというものではありませんが、考えられた構成で玄人受けする曲で、第5番変ホ長調「皇帝」(作品73)とは、まさに対照的な作品である。絢爛豪華ではあっても第5番は第3番と並んでどの楽章もメロディアスな聞きやすい一面を持った曲でもあります。協奏曲とは、なんと素晴らしいものであろう。
彼の弾くベートーヴェンは、地に足をつけた強い安定感が感じられる。ポリーニは1960年の第6回ショパン国際ピアノコンクールで、聴衆の圧倒的な支持を得て 優勝しました。満場一致、審査員全員一致とも言われており、その時、審査員長を務めていた アルトゥール・ルービンシュタインが「技術的には我々審査員の誰よりも上手い」と絶賛したのが 彼の優勝を確定的にしたとも言われています。当時、ルービンシュタインは名実ともに、 ショパン演奏の圧倒的な権威で、その発言の影響力は絶大だったことが想像されます。それは、ポリーニの鮮烈で並外れた完成度を誇るテクニックは他のピアニストを大きく引き離しており、それ自体が無二の大きな魅力にもなっていたことを雄弁に物語っています。このピアニストにまつわる病的な噂はあるが、考えてみればポリーニの初録音は18歳の時であり、そのことを考慮すればポリーニのそうした演奏は、やはり驚異的なものであった。いや、ベートーヴェンを引き合いに出すまでもなく、そもそもはじめからレコードでも安定感が存在していた。それは具体的にいうと克明端正な拍子の刻みやテンポの保持、ピアノ的な技巧の確実さによって支えられている。しかしそれによってポリーニは着実にベームと一致した流れで進みながら、そこに自分を埋没させることがない。実はポリーニがポリーニであることを示すのは、そうした基礎的な流れを整えてからのことで、そこに彼の安定度の高さをも生まれるのであるが、彼はオーケストラを圧倒するように激しい感興を、幅の広いディナーミクのコントラストや表情の大きな息遣いで描いている。しかも南欧の抜けるような青空にも似た透明感を併せ持っているのである。全集が計画されていたようですが、「第4番」、「第3番」、「第5番」と録音を進めている最中、1981年にベームが他界、第1、2番を替わりにオイゲン・ヨッフムが振って変則的なカタチで完成しました。ポリーニのピアノ演奏は、今聴いても全く文句のない完璧な演奏ではないでしょうか。ポリーニ35歳の時でポリーニらしい磨き抜かれた音と、クリアな解像度を実現する高く計算されたバランス、およびウィーン・フィルの温かくリッチな響きが相俟って、未だにこれらの作品の模範的演奏として存在しています。硬質、精密が常に優るポリーニだが詩情豊かにベーム、ウィーン・フィルに合わせるように奏し、とても暖かくロマンティックな演奏に仕上がっている。そして、カール・ベームの音楽とはどうだったか興味を持って、これから聴く者に分かりやすくて魅了する録音でしょう。
1978年ウィーン、ムジークフェラインザールでの録音。優秀録音盤。ヴェルナー・マイヤーのプロデュースとギュンター・ヘルマンスの録音。
FR  DGG  2531 057 ポリーニ ベートーヴェン・ピアノ…
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