FR  DECCA  7128 フェリアー 歌曲集

通販レコード→仏オレンジffss盤[英ワイドバンドED1相当]
生涯最後のレコーディング。時空を超えた奇跡の歌声。 ― キャスリーン・フェリアーは録音でもブルーノ・ワルター指揮によるマーラーの「大地の歌」や「亡き子をしのぶ歌」の名唱は、今なお決定盤と称えられています。フェリアーの声はコントラルト特有の深い豊かな共鳴の中に清冽で透明感ある気品が漂うもので、本盤もその特徴が如何なく出ているフェリアーの遺産の一枚。1952年の10月にモノラル録音され、フェリアーの生涯最後のレコーディングとなった白鳥の歌。「リサイタル・オブ・バッハ・アリア集(LW 5083)」と「リサイタル・オブ・ヘンデル・アリア集(LW 5076)」として、それぞれに10インチで発売されたモノラル盤。フェリアーの死後、12インチで追悼発売された時はステレオ盤だった。本盤は1960年に「バッハとヘンデルのアリア集」のオーケストラ部分を、旧録音と同じボールト指揮ロンドン・フィルの演奏でステレオ再録音してフェリアーの歌声とミキシングしたという優れもの。偉大なプロデューサー、ジョン・カルーショーが一枚絡んでいる特殊な盤です。彼女の歌う「マタイ受難曲」は伝説的名演として語り継がれているものです。この録音はDECCAの企画で1947年にセッションが始まったのですが、当時としてはあまりにも大曲であったためか、彼女の契約の関係で年内に録音が完了することはなく完成はその翌年まで持ち越されました。この入念な準備に裏打ちされた演奏、もちろん完成度の高さには目を見張るものがあります。数多い録音の中で、フェリアーの歌唱ほど歌詞に秘められた悲しみ・憂いが粛々と表現されたものがあるでしょうか。喜び、悲しみもフェリアーの声にかかれば決して取り乱したものにはならず、余裕を持った趣で彩られたのでした。フェリアーは1953年にわずか41歳の若さで亡くなりましたが、その馥郁たるコントラルトは不世出の声として歴史に刻まれています。ワルターも彼女の声の資質を高く評価し残された「大地」の録音のうち3回、彼女をソロに起用しました。フェリアーが当時有名な声楽教師であったバリトン歌手のロイ・ヘンダーソンについて学んだことも、清冽で暖かみを持ち伸びやかな彼女の歌声で、且つフェリアの歌唱技術は男声・女声の区別を超越した素晴らしさを持っていると、高く評価される所以でしょう。
声をエロティックなものとすることは、性的な差異としての役割とはほとんど関係がない。実際、もっともエロティックだと考えられる声、つまり聴く者がこれ以上ないほど魅了されてしまう声は、男性のものであろうと女性のものであろうと、性を超越していると言われるであろう声なのだ。つまり女性であれば低い声(キャスリーン・フェリアやマレーネ・ディートリッヒ)、男性であれば高い声(カストラートやテノール歌手)となる。 ― ミッシェル・ポワザ:「オペラ、あるいは天使の歌声」
バロック音楽は、モンテヴェルディ(1567~1643)のオペラ「オルフェオ」の上演から始まる。オペラ史を考える時、聴衆が受け入れたオペラというものは「カストラート以前/以後」によって大きく区分することができる。モンテヴェルディの『オルフェオ』の初演では、エウリュディケの役はカストラートが演じていた。男性を去勢した彼らの声は甘く、野性的でそれでいてとても官能的だったと言われる。オペラにおける「声」の研究者であるミシェル・ポワザによれば、「女性が教会で歌うことを禁じられていた」ことがカストラート成立の由来であるとされる。教会の祭式で「天使的役割」を担う歌声として、カストラートを用いる礼拝が採用されていた。庶民のオペラはまだなく神々の活躍を王様が楽しんだ宮廷劇場で、このオペラ・セリアが上演されていたことで発言力の強い教会のカストラート歌手らはオペラにおいて常に主役級の存在として位置付けられていた。17世紀から18世紀のオペラでは、男性のソプラノ歌手でも女性役を演じたりするなど、「性的・声的な反転」が重視されていた点も重要である。18世紀後半になるまで、イタリア・オペラはカストラートとほぼ同義であり、イタリア・オペラだけが正統的なオペラとして重視されたという。更に18世紀の場合、男性オペラ歌手の7割りがカストラートであった。彼らの歌声はしばしば trans-sensical(超感覚的)、天使、子供、あるいは鳥の中でも端的に、「空高く舞うひばりのように軽々と自然に何度も舞い上がり」などと絶讃された。あるいは、「超人的な、気味の悪い音」、「人間ならざるものの声」、「不気味なもの」とも形容された。しかし、カストラートはオペラ史上から姿を消していく。その最大の原因の一つが「グルックのオペラ改革」であった。映画『アマデウス』で一悶着となるオペラは言葉が従者で音楽が主人だというモーツァルトの発言で暗に示している。ベートーヴェンの「フィデリオ」の後に登場してくる、ベッリーニの「ノルマ」、ケルビーニの「メディア」などベルカント・オペラで台本的にも女性はオペラの中心的存在となっていく。それまでカストラートが演じていた役所を、女性のソプラノ歌手が取って代わったのである。主にイタリアのオペラに使われるが、モーツァルトのオペラはベルカントで歌われるのが相応しいと言われている。イタリア語で“bel canto”とは「美しい歌」の意であるが、厳密な意味での定義はない。ロッシーニによれば「高度に華麗な音楽を楽に歌いこなせる技術を伴う自然で美しい声。低音から高音まで均質な響きを持つ声」をいう。こうして、結果的にソプラノとテノールの声域の価値が高まり、これらが現在のような中心的立場を獲得するに至る。
声は拡散であり、浸透であり、肉体の全領域、すなわち、皮膚を通過する。声は通過であり、境界、階級、名前の廃絶であるから …... 幻覚を生む特殊な力を持っている。したがって、音楽は視覚とはまったく別の効果を持っている。そもそも人間の耳そのものが trans-sexual (性域外)のものに「天使的な崇高」を見出す傾向が多いという特徴を持っている。いわば、小鳥のさえずりから天使の声への「生成変化」が起きているのだ。オペラの究極的な美学とは、実はこのような trans-sexual な声によって人間に常軌を逸した恍惚を与えることにあった。マリア・カラスとレナータ・テバルディは好敵手とされたが、彼女同士は仲良しだった。どちらが優れたソプラノか、ヒロインになりきっているだとかと対比されるが、それぞれの歌声が聴くものの身体に浸透し、オーガズムを引き起こす歌声がどちらかということだろう。歌声の安定や演技の完璧さとは別な次元で、その声が恍惚とさせる歌手がいる。ソプラノがヒロインの声ならば、アルトは母声。キャスリーン・フェリアーの声はその温かみと馥郁たる豊かさに満ちた、まさに「母なる声」でありました。コントラルトというのはアルトとほとんど同義とされますが、厳密に言えばコントラルトはアルトよりもう少し低い声域を指すようです。もっとも近年はアルトとメゾソプラノもあまり区別がされないようで、総体に低い声域の女声歌手が少なくなっているように思われます。わたしはメゾソプラノの名歌手と云えばクリスタ・ルートビッヒがまず第一に思い浮かびますが、ルートビッヒは「薔薇の騎士」のマルシャリンも歌った声域の広い歌手で、本来は声色はやや明る目であるのに少し低く暗めの声をコントロールできる器量だろう。コントラルトはドイツ人女声歌手が主なところから、更に狭義な特色のある低く暗めの声のことを言うのだろうと思います。少女と若い女性と、年老いてからの声というのでなしに若くても子供に話しかける時の母性のあらわれた声というものでしょうか。そういう意味では、これがコントラルトと言える女声歌手は意外と少ない、現代においては特に少ないようです。アイドルグループがチヤホヤされる御時勢だから暗めの声は好まれないのでしょうかね。正真正銘のコントラルト歌手と云えるのはキャスリーン・フェリアーあるいはマリアン・アンダーソンといったところでしょう。マーラーの交響曲を一通り聴き進めていくうち、ワルターとの「大地の歌」、「亡き児を偲ぶ歌」は、ほとんどの人が必ず通る道である。その短い演奏家人生のうちで多くのレコードを残したが、いくつかの演奏は記録されなかった、あるいは記録が破壊されたものもある。そうした背景から昔は、フェリアーの新発見の音源が発売されるとなったら大騒ぎだった。フェリアーの声は柔らかくあたたかく、しっとりしている。どこにも刺々しさはない。とりすました表情はどこにもない。そういう声・表情で歌われたバッハとヘンデルは、心に沁みた。それまで聴いたどんな音楽よりも、そうだった。フェリアーの歌が心に沁みてこなくなったら、もう終りだとおもっている。ブラームスの「四つの厳粛な歌」はクララの死も迫り、自分の死さえ近づき死への諦観、また愛の力による昇華・解放をこの歌に託したのでしょうか。完成後、数日後にクララが亡くなりブラームス自身も1年後に亡くなったのでした。この曲では随所にロマン的な色彩を残しながらもバロック的な様式をとっているといわれ、また1種の独唱オラトリオともいわれます。歌曲における金字塔、特にアルトのソロに男声合唱が重なってくるところなど非常に厳かな美しさを持っています。歌詞は全て聖書から採られた、とても重い曲ですが。絶望と苦悩に満ちた3曲目までと変わって4曲目では明るい曲調で「愛」について歌い上げるという、最後の最後に昇華、解放がもたらされます。
物悲しくも厳粛な歌声、高いレベルの音楽的才能。深く響く声を持つアルト歌手として、世界的名声を博したキャスリーン・フェリアー( Kathleen Ferrier )は、1912年4月22日にランカシャーに生まれ、1953年10月8日に乳がんのため41歳の若さでロンドンで没しています。ワルターやクレンペラー、ボールト、バルビローリ、カラヤン、ベイヌムら錚々たる指揮者達が賛美を惜しまなかったその歌唱は実に素晴らしく、独特の美しい艶ののった声質で豊かなコントラルトの響きを獲得した声は常に見事な水準に達していました。誰がつけたあざ名か「“普通の”ディーヴァ」とは言い得て妙。電話交換手で日々の生計を立てていたイギリスのランカシャーの貧しい田舎娘が金持ちのバンカーに見初められ、やがて好きだった音楽で身を立てようとコンクールに出る。 ところが得意だったピアノではなく、余技のはずのコントラルトのボーカルでロンドンの聴衆のみならず全世界のクラッシック愛好家から女神と崇められる ― 地母神と敬われるようになるのだから、運命とは皮肉なものだ。ブリテン、ワルター、サージェント、バルビローリなど名だたるマエストロに愛されたのは、聴く者の胸の奥に飛び込んでくる一度聴いたら二度と忘れられない、低く、柔らかく、優しい声に、すべての人のお母さんのように懐かしい声音であったことである。エリーザベト・シューマン、ロッテ・レーマンの後継として、ドイツ・リートの第一人者の位置に立ち、また美貌を兼ね備えたオペラのプリマとして活躍したシュヴァルツコップフはドイツ語の正確なディクションと抑えめがちな表現、そしてやや深みのある美しい声で、力業にはよらなくとも圧倒的な存在感を示しました。フェリアーは決してシュヴァルツコプフのような音楽的教養と解釈力をうかがわせる存在ではないと思うが、もって生まれた声の美しさと音色表現の豊かさで聴き手をその世界に引きつけて離さない。「アルト・ラプソディ」や「四つの厳粛な歌」のたとえようもない深みもさることながら、イギリス民謡や小唄の類で聴かせるなつかしい遠い世界は、他の誰が聴かせてくれるだろうか。まるで、放課後の音楽室から歌声がきこえてきて、窓からのぞくと可憐なお嬢さんが歌の稽古をしている光景が思い浮かんでくる。フェリアーの歌を聴くと、そんな気持ちにさせられます。数少ない録音の中でも彼女の深く柔らかい声で歌われる英国民謡は、子供を見つめる若い母親の眼差しのような優しさのこもったもの、ただ聞いているだけで、心の奥の軋んだ扉が開放されるような感動が広がってきます。かの英DECCAのカリスマ・プロデューサー、ジョン・カルショーもその著で「単純さと正直さこそが本質であるこの歌に、キャスリーンは苦もなく生命を吹き込むことができたのだった」と大絶賛しています。歌のスタイルも、感情に流されない清冽なもので、マーラーでもバロックでも、作品の味わいが自然に滲み出るかのような気品ある歌唱には、様式を超えた特別な魅力が備わっています。
J.S.バッハ:ミサ曲ロ短調より「おん父の右に座したもう主よ」、マタイ受難曲より「ざんげと悔悟は罪の心をふたつに押しつぶし」、ヨハネ受難曲より「事終わりぬ」、ミサ曲ロ短調より「神の子羊」。ヘンデル:オラトリオ『サムソン』より「万軍の主よ、帰りたまえ」、オラトリオ『メサイア』より「おお、なんじ、よき音信を告げし者」、オラトリオ『マカベウスのユダ』より「天なる父」、オラトリオ『メサイア』より「主ははずかしめられたり」。キャスリーン・フェリアー(コントラルト)、マイケル・ドブソン(オーボエ・ダモーレ)、アンブローズ・ガントレット(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、指揮:サー・エードリアン・ボールト、1952年10月7日、8日ロンドン、キングスウェイ・ホール録音。
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