34-11162

商品番号 34-11162

通販レコード→仏シルヴァー青文字盤

天才の対話 ―  2つの楽器が対等に拮抗しながら展開される、ベートーヴェンの革新的なヴァイオリン・ソナタ。それぞれ個性的な10曲のソナタの、そのなかでも劇的緊張感や圧倒的な迫力によって充実した世界を形作る『クロイツェル』にベートーヴェン自身のつけた題は『ほとんど協奏曲のように、相競って演奏されるヴァイオリン助奏つきのピアノソナタ』。特に規模が大きく、王者の風格をそなえており、ヴァイオリンとピアノが対等であることが特徴的である。ヴァイオリンの巨匠イツァーク・パールマンとピアニスト、ヴラディーミル・アシュケナージの若き日のベートーヴェンは、健康的な生気に溢れながらも作品の本質を見事に表出。そのスケールの大きな表現と精妙なアンサンブルは、颯爽としてニュアンスも豊か。稀代のヴィルトゥオーソ2人だからこそ成し得た、深い知性と限りない美意識に裏打ちされたロマンティックな演奏。20世紀後半の演奏規範たる理想の共演となった、パールマン&アシュケナージ夢の顔合わせだった。ヴァイオリン界最後の巨匠といわれるパールマンは1971年からEMIへ録音を開始し、主要ヴァイオリン協奏曲やソナタ、室内楽、小品集を録音したというだけでなく、ジャズやジューイッシュ音楽なども手がけてきました。彼は絹のような、美しくも切なく、人の心に寄り添うような美音で、暖かい言葉で語りかけてきます。その技巧の全てを駆使した音楽は、音程は完璧に制御され、徹底的な美音、豊麗な歌い回しなど、パールマンならではのものでしょう。パールマンの使用楽器は黄金期に製作されたと云う1714年製ストラディヴァリウスのソイル。倍音タップリ乗った音質は微塵も色褪せてはいません。パールマンがアシュケナージと組んでベートーヴェンの「ヴァイオリン・ソナタ第9番」と「第2番」を録音したのは、1973年の10月である。次いで、彼らは1974年の5月と6月に「第5番」と「第4番」を録音している。そして翌1975年の8月と11月に残り6曲を録音し終え、「ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ全集」を完成したのだった。パールマンもアシュケナージも、ともに熟達した技巧の持ち主だが、彼らはそうした卓越した技巧を縦横に駆使しながら、極めて充実した見事な演奏を行っている。特に《クロイツェル》は、あたかも火花が飛び散るかのような気概のこもった熱っぽい秀演だ。このとき28歳のパールマンの力強く徹底的な美音を36歳のアシュケナージはしっかり受け止めた、万全なテクニックではあるけれど「技量」を意識させず勿論奇矯にも走らない進取溢れる絶妙な演奏であり、組み合わせの魅力と相俟って、いつまでも光を失わない不滅の名レコードだ。
イツァーク・パールマン(Itzhak Perlman, 1945年8月31日テル・アヴィヴ生まれ)が13歳のとき渡米して、ジュリアードのイヴァン・ガラミアン教授に徹底的に鍛えられた話は余りにも有名である。しかし、それを多忙なコンサート・ツアーの間にいかにして保持してゆくかという問題について、パールマンはこんなふうに答えている。演奏旅行中にはとても充分な練習 ― プラクティス時間なんかありません。そこで、ぼくはインスタント・プラクティスと呼んでいるものをやっています。多くの人は練習に練習を重ねて、それから得るものが余り無いことをやっているようだが、ぼくはどこに問題があるかを知っているので、そこだけをチェックする。どんなひとにも調子のいい日と悪い日があるもんですよ ―― これは人間だから避けることが出来ません。だが、ぼくがやろうと努めていることは、たとえ調子が悪くとも、ある水準以下に下げないってことですね。上手く弾けてる時はいい気分です。上手くいってない時には、なぜそうなのかということを見極めようとするのです。リサイタルの最中に厄介なパッセージに差し掛かっていることを知ると、ここは練習のとき上手くいったんだから、コンサートで上手くやれないこと無いさ、と思い返すんです。ちくしょう!大丈夫できるさ、と全力投球するんですよ。これで上手くゆくんですね。パールマンの演奏がいつどこで行われても、常に完璧そのものなのは演奏中に彼が心の中で行う〝インスタント・プラクティス〟のせいだといっているのである。まことに凄いといわざるを得ない。フランスには古いヴァイオリン音楽の伝統がある。それはベートーヴェンよりもはるか以前にまで遡ることができるが、フランスは主として19世紀から20世紀にかけて、ヴァイオリン音楽に大きな貢献をしてきた。作品でいうとフランク、フォーレ、ショーソン、あるいはサン=サーンス、ドビュッシー、ラヴェルといった作曲者名を挙げるだけで、そのことが明らかになるだろう。フランス芸術というと必ずラテン的な感覚美が問題にされる。それは決して間違ってはいないが、フランスの芸術はさらに国際的な広がりを志向してきたのである。ところがパリは最もフランス的な都会であると同時に、世界でもまれに見る国際的な都市として知られている。そこでフランスの有名な演奏家はもとより、ここでは世界中のヴァイオリニストを聴くことができる。しかも第2次大戦後30年を経た今日、各国のヴァイオリン楽派はこぞって偏狭な地域性をかなぐり捨て、より合理的で高度な演奏を目指して進んでいる。
昔ならともかく、今やフランスのヴァイオリニストだから粋な感覚を売り物にし、ロシアのヴァイオリニストが名技主義的であるといった先入観は、ものの見方を誤らせる危険性があろう。このような状況のなかでフランスは優れたヴァイオリンの音楽と演奏家を生み出してきたわけだが、そこにもっともフランス的な精神が息づいていることと同時に、最も普遍的な芸術が育てられてきたことを見落とす訳にはいかない。そこでフランスのヴァイオリン音楽にしても、その普遍的・国際的な一面が発揮されることになるのは当然である。往年のフランスのオーケストラならではの明るく美しい色彩の世界を心ゆくまで堪能させてくれた、パールマンがジャン・マルティノン指揮パリ管弦楽団と共演したフランス音楽は、その典型とも言えるが、言うまでもなくパールマンはフランスのヴァイオリニストではない。彼は第2次大戦が終結した直後にイスラエルで生まれ、ジュリアード音楽院に留学してイヴァン・ガラミアンに師事、1964年のレヴェントリット・コンクールで優勝したという経歴である。だがここでまず問題なのは彼の経歴や国籍ではなく、その音楽性である。サン=サーンスやショーソンの作品にしても、まずはフランス的であるかどうかということより、単純に音楽としての格の高さを問題にせねばなるまい。とするとパールマンと作品の触れ合いもそこから出発する。当然である。このヴァイオリニストは自らの体質をさらけ出し、ごく自然に、率直に作品に対している。かつてしばしば音楽の造形面における憑依的な崩れがフランス的な洗練という名目によって容認されてきたが、それが仮にフランスの芸術家の手で行われたとしても結果的にフランス音楽の一つの面だけを誇張したことになるのはやむを得ない。さいわいパールマンは現代の演奏家として、そうしたことを認めてはいない。彼の演奏は、譜面に対して正確である。従って造形はあくまでも端正に処理され、表情がどれほど情熱的な場合も感覚的に濁りがない。今やフランスの演奏家といえども、そうしたことを求め実行しているのであるから、結果的にパールマンのフランス音楽がフランス的であるか無いかというより、音楽的であろうとするのは当然である。あえていえば彼のフランス音楽は、その国際性と現代性において、全くフランス的と形容して良いのである。こうした場合、これらの作品もその厳しさとたくましさに耐えて、いっそう底光りのする真価を発揮するが、マルティノン指揮のパリ管弦楽団が、そうしたパールマンに対して、あらゆる意味で見事な同質性をもって融合していることは、いわばパールマンのフランス音楽における正当性の証明である。
アシュケナージは持ち前の明るく口当たりの良いタッチで、良い意味で万人向きのピアノである。打鍵の粒が揃った演奏でメロディラインははっきり聴こえる。実に細部まで美しく彫琢された、現代的なすこぶる明快な演奏です。磨きぬかれた輝かしい音色、ニュアンスに富んだ表現力、優れた音楽性、筋のよい安定したテクニックと、あらゆる面において現代のピアニストの水準を上を行く演奏を聴かせています。木の香り漂う温かいベーゼンドルファーの重心の低い響きと、その自然なタッチのもとに歌うシューマンの世界は格別、他のピアニストではけっして得られない独特の世界。シューマン作品のロマンティックな持ち味が、アシュケナージの抒情に富む表現によって写し出されている様な演奏です。音楽の都ウィーンの気品あるピアノ。ベーゼンドルファーのインペリアルが使用されており、重厚な音色を堪能できます。ベーゼンドルファーのピアノはフランツ・リストの激しい演奏に耐え抜いたことで多くのピアニストや作曲家の支持を得、数々の歴史あるピアノブランドが衰退していく中、その人気を長らくスタインウェイと二分してきた。かつてベーゼンドルファーのピアノは1980年までショパン国際ピアノコンクールの公式ピアノの一つであった。ベーゼンドルファーのピアノを特に愛用したピアニストとしてはヴィルヘルム・バックハウスが有名。ジャズ界においては、オスカー・ピーターソンが「ベーゼン弾き」としてよく知られている。木の香り漂う温かい響きが特色のメーカー。オーストリア・ウィーンで製造。ロンドン、デッカレーベルはベーゼンドルファーと契約しているようで、ラドゥ・ルプー、ホルヘ・ボレット、アンドラーシュ・シフ、アリシア・デ・ラローチャ、パスカル・ロジェ、ジュリアス・カッチェンなどはシューベルトの『ピアノ・ソナタ全集』やハイドンの『ピアノ・ソナタ』などウィーン古典派の作品を中心にベーゼンドルファーを弾いている。一方、ルドルフ・ブッフビンダーやシュテファン・ヴラダー、ティル・フェルナーなどの新しい若い世代のウィーンのピアニストはスタインウェイを弾いていて、あえて伝統的なベーゼンドルファーの使用を避けているようだ。音色は至福の音色と呼ばれる。ピアノ全体を木箱として鳴らす設計で、ズーンと太く伸びやかに鳴り響く低音域が魅力。スタインウェイを金管楽器に例えるなら、こちらは木管楽器といった印象でしょうか。ナチュラルホルンが倍音を響かせて鳴り響くような音の豊かさ、魅力がある。弱点は大ホールで演奏する際のパワー不足。
圧倒的に広いレパートリーを持ち、細部まで丁寧に演奏していること、そしてその結果として演奏の水準にほとんどムラがないことは特筆すべきことです。素晴らしいテクニックの持ち主だが、それをひけらかすことなく難しい作品もいとも容易く弾きこなしてしまう。それがウラディーミル・アシュケナージ(Vladimir Davidovich Ashkenazy)だ。アシュケナージは大変な努力家で、1つ1つの作品に全精力を注いで、それらの作品からその魅力を最大限に引き出そうとする姿勢がデッカ経営陣の心を打ったようだ。DECCAレーベルの入れ込みようは並々ならず。英デッカ社の財力を背景に完結させた全集企画の数では古今東西のピアニストの中では群を抜いている。1937年7月6日にソ連のゴーリキーで生まれ、幼少からピアノに才能を発揮。ショパン国際ピアノコンクール、エリザベート王妃国際コンクール、そしてチャイコフスキー国際コンクールと、ピアノコンクールの3大難関コンクールで優勝、または上位入賞を果たした。1955年にショパン国際ピアノコンクールで2位となりますが、このときアシュケナージが優勝を逃したことに納得できなかったアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリが審査員を降板する騒動を起こしたことは有名な話。ちなみに優勝したのは開催国ポーランドのアダム・ハラシェヴィチ。その後モスクワ音楽院に入学し、翌1956年、エリーザベト王妃国際コンクールで優勝、活躍の場を一気に世界に広げ、音楽院在学中から国際的な名声を確立し、EMIやメロディアからレコードも発売された。1960年にはモスクワ音楽院を卒業し、1962年にはチャイコフスキー国際コンクールに出場してイギリスのジョン・オグドンと優勝を分け合います。アシュケナージがデッカと専属契約を結んで初めて録音をおこなったのは、チャイコフスキー国際コンクール優勝の翌年、1963年のことでした。1963年にはソ連を出てロンドンへ移住、まず3月に録音したのは亡命作曲家ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番で、指揮はソ連からの亡命指揮者であるアナトール・フィストゥラーリが受け持ち、活動の場の国際化とともに政府の干渉や行動制限が増えたため、ほどなく亡命することとなるアシュケナージがソロを弾くという亡命尽くしの録音でした。翌月には同じくロンドン交響楽団とチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を録音しています。ここでの指揮は当時破竹の勢いだったロシアの血をひく指揮者ロリン・マゼールが担当しています。この年の9月には、ツアーに来ていたキリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィルという祖国のチームとの共演でラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を録音しており、この年のうちにアシュケナージは3つのロシアの有名協奏曲をロシアつながりの指揮者との共演で録音したことになります。翌年からはソロの録音も本格化し、以後半世紀に渡って数多くの録音をデッカでおこなうこととなります。ピアノ音楽のほとんどすべてに及ぶほど、彼の録音したピアノ曲のレパートリーは幅広い。
着々とレコーディングをおこなう一方、世界各国でコンサートをおこない、1965年には初来日も果たすなど、この時期のアシュケナージの勢いにはすごいものがありました。その後、1970年代に入るとピアニストとしての活動に並行して指揮活動も行うようになり、1974年にはソ連国籍を離脱してアイスランド国籍を取得してからは、オーケストラ・レコーディングにも着手するなど、その指揮活動は次第に本格的なものとなって行きます。クリーヴランド管弦楽団との鮮烈なリヒャルト・シュトラウスやプロコフィエフのシンデレラ、コンセルトヘボウ管弦楽団との美しいラフマニノフなど、アシュケナージの指揮の腕前がピアノのときと同じく見事なものであることを示す傑作が数多くリリースされた。もちろん彼の演奏するロシア音楽のすばらしさは特筆すべきものがある。
1973年10月、ロンドン録音。
FR  DEC  591 082 パールマン&アシュケナージ ベート…
FR  DEC  591 082 パールマン&アシュケナージ ベート…
FR  DEC  591 082 パールマン&アシュケナージ ベート…