34-15391
商品番号 34-15391

通販レコード→仏レッド黒文字盤
パリ讃歌 ― フランソワ・ローベ(1933〜2003)は、最初キャバレーなどで演奏しアレンジャーとしても活躍していました。特にシャンソン歌手ジャック・ブルレとのコラボレーションは偉大なる業績として数多くの曲が残されています。ミュージカル『ラ・マンチャの男』以来歌っていなかったジャック・ブレルのカムバック・アルバムのオーケストレーションを担当。一方で彼は映画音楽作曲家としても活躍していましたが、古典的クラシック音楽作曲家としての一面を見ることができるロマン派的音楽と現代音楽の狭間に見え隠れする、謙虚さと美しさに包まれた音楽表現をしています。パリ、モンマルトルの伝説的な劇場「レ・トロワ・ボーデ(Les Trois Baudets, 3匹のロバ)」は、プロデユーサーで数々の新人歌手を発掘したことで知られ、当時ポリドール社のアート・ディレクターであったジャック・カネッテイ(Jacques Canetti)が1947年にクリシー大通り(boulevard de Clicy 64, パリ18区)に開いたもの。毎夕10人以上のアーティストが登場したこのキャバレは1950年、60年代のシャンソン・フランセーズの黄金時代に活躍した歌手たちの登竜門であり活躍の場であった。そこでデビューし、あるいは歌った歌手はジョルジュ・ブラッサンス(Georges Brassens)、ジャック・ブレル(Jacques Brel)、セルジュ・ゲンズブール(Serges Gainsbourg)、ジュリエット・グレコ(Juliette Gréco)、バルバラ(Barbara)、パタシュー(Patachou)、ムルージ(Mouloudji)、ピエール・ペレ(Pierre Perret)、アンヌ・シルヴェストゥル(Anne Sylvestre)、クロード・ヌガロ(Claude Nougaro)、アンリ・サルヴァドール(Hnri Salvador)、カトリーヌ・ソヴァージュ(Catherine Sauvage)、ジャックリーヌ・フランソワ(Jacqueline François)、フランシス・ルマルク(Francis Lemarque)、ジャン=ロジェ・コーシモン(Jean-Roger Causimon)、ボリス・ヴィアン(Boris Vian)、ギー・ベアール(Guy Béart)、イザベル・オーブレ(Isabelle Aubret)、ブリジット・フォンテーヌ(Brigitte Fontaine)、フェリックス・ルクレール(Felix Leclerc)、ボビー・ラポワントゥ(Boby Lapointe)等々。さらに、ブレルのピアニストから伝説的な編曲者になったフランソワ・ローベ(Francois Rauber)、ポール・モーリア・オーケストラで再ヒットした『恋はみずいろ』の作曲家・アレンジャーとして活躍したアンドレ・ポップ(André Popp)も「Les Trois Baudets」のピアニストがキャリアの出発点であった。1967年に閉店し、その後1997年にパリ市が買い取るまでは場所柄セックスショップやエロテイックな出し物専門の劇場になったり、警察官の宿舎になったり、不法占拠者に占拠されたりしていた。
ジャック・オッフェンバック(Jacques Offenbach, 1819〜1880)はパリで活躍し、最も19世紀のパリを軽妙な音楽と風刺で生き生きと描いた作曲家ですが、生まれはユダヤ系ドイツ人です。本名はヤーコプ・レヴィ・エーベルスト(Jakob Levy Eberst)。しかし、若い頃パリに出てきてからは殆ど終生をパリで暮らし、誰よりもパリを愛したフランス人だと言ってよい存在。オペレッタの原型を作ったといわれ、音楽と喜劇との融合を果たした作曲家です。19世紀のパリ。花の都と言われ、芸術や文化の中心でもあり、享楽的な不夜城でもあり、新しい技術の到来に魅了されたベルエポック時代のパリの先駆けをなす作品です。「パリの生活」邦題で馴染んでいますが、原題の「La Vie」というフランス語は英語の「Life」と同じで「生活」「人生」「命」等の複数の意味があり、「人生」に近い。ヨハン・シュトラウスの「ウィーン気質」を思い起こしました。オッフェンバックの死後にロザンタールがオッフェンバックの数多くのオペレッタ・オペラの中から有名な曲を集めてバレエ用に編曲した「パリの喜び」の中には、このオペレッタ「パリの生活」の中の曲が一番たくさん登場します。
パリのパレ=ロワイヤル劇場で1866年10月31日、初演された「パリの生活」は、翌年にパリで行われることになっていた万国博覧会を控え興奮に浮かれた町を舞台にしています。ラウルとボビネの二人は共に高級娼婦メテラに入れ込んでいましたが、遊びに金を使い果たし金の切れ目は縁の切れ目と、メテラは別の男へ。未練たっぷりの2人は観光客で賑わうパリの駅でメテラを待ち伏せしますが、男と現れたメテラは2人を一瞥して「こんな人、全然知らないわ」と無視。仕方なく恋は諦めて、スッカラカンの懐を満たすべくカモを見つけます。夫と共にパリ万博を見物するため、スウェーデンから到着したばかりのゴンドルマルク男爵夫人の美しさにすっかり心を奪われ、彼女を誘惑しようと綿密な計画を練ります。パリの地理に疎く、何にも気づいていない男爵夫妻をガイド役にすり替わり、ホテルと偽ってラウルのアパルトメントに案内します。男爵は地元の友人がパリでメテラと遊んで夢のように楽しかったと聞き、彼女とアヴァンチュールを楽しもうと胸を高鳴らせています。もちろんメテラをよく知るラウルは彼女を紹介し、奥方にバレないよう別々にパーティーを催したり観劇に連れて行ったり悪戦苦闘。パーティーといっても仲間たちを変装させた社交界です。靴屋のフリックや手袋屋のガブリエル、召使たちが侯爵夫人や大佐を熱演しますが、所詮でまかせ。どうしてもボロが出てしまい強引に男爵を酔いつぶす始末。ラウルは奥方の方も誘惑して貢がせようとしますが、こちらも失敗。怒った奥方と親戚2人は、男爵とメテラがいるパーティ会場に仮面をつけて乗り込んできます。なんとかメテラと逢瀬をと彼女を口説く男爵ですが、メテラは「私の心は別の男性のものだから」と拒絶。結局メテラは元彼ラウルの元へ、フリックとガブリエルもカップル成立、奥方も哀れなご主人を許して大団円。パリの夜はフレンチカンカンで華やかに更けてゆきます。パリ見物に来た北欧の貴族が悪辣なパリ男たちに騙され、騙す男たちの方も、男も女も考えることといったら、お金とセックスのことばかり。オッフェンバックが生きた世界は、それまでになかったような大きな社会変化が起こっていました。当時の19世紀のパリ社会のつまらない慣習に対する、率直でユーモラスな批評を見事な才能でエンターテイメントあふれた作品にしたのです。これほどまで徹底的に人間をバカバカしい存在として描いたオペレッタも稀。オペラ=ブッファのような軽いジャンルをオッフェンバックと結び付けて考えることで、音楽は運動会でも親しまれ、名前は有名なわりに日本では19世紀音楽への貢献を十分に評価しない傾向がある。他の作曲家に優るとも劣らないウィットとユーモラスが、日本人にはドライで辛辣すぎるのでしょうか。
1974年発売。
FR DEC 125.011/12 オッフェンバック・パリの生活
FR DEC 125.011/12 オッフェンバック・パリの生活
FR DEC 125.011/12 オッフェンバック・パリの生活