34-11977

商品番号 34-11977

通販レコード→仏ダークブルー銀文字フラット盤

香しくも爽やかでデリケートなショパン ― 夭折の天才が残した、歴史的にも貴重な記録が刻まれた一枚。と、案内するにとどまりがちなのは、大多数はその早すぎる死の残念なことが先立つからだろう。ディヌ・リパッティは、晩年、持病の白血病と闘いながら命を削る思いでレコーディングに取り組んでいたと言います。彼の演奏は録音でしか聴くことができませんが、 ショパンに関しては、14のワルツ集、ピアノ・ソナタ第3番や、舟歌、ノクターン第8番、マズルカOp.50-3、エチュードOp.10-5,Op.25-5の録音が残っています。いずれも彼の最晩年の録音で、軽やかでありながら華麗、しかも燃えるような情熱を内に秘めた唯一無二のパフォーマンス。既に迫り来る死を避けがたい運命と悟っていたからなのか、これらの録音から、そのような病の苦悩を微塵も感じさせないのは、芸術家としての精神的な強さを感じます。多数の名演奏、名録音が存在するショパンの名曲でもあり、まだ聴いてみたい新しい録音もあるというのに、EMIからの正規盤がカタログから欠かされたこともないのに、同じ日の録音だろうなと思ってもイタリア盤など未知のレーベル盤であっても聴いてみたくなる。リパッティの演奏には、安易な修飾や形容をこばむ音楽自体の生命、ヴォリュームと存在感が潜んでいる。耳傾けているとその音楽に織り込まれ、だが同一化し、知らず知らずに一緒に歌いはじめていることがある。新鮮な気持ちでもって、何度でも追体験したいのだ。リパッティが、20世紀のピアノ演奏史に燦然と輝いているのは、単に残された数少ない録音の素晴らしさからだけではと思います。リパッティのピアノ演奏の魅力は、生来のバランス感覚に基づいた清潔な詩情とデリカシーでしょう。 彼のピアニズムを一言で言い表すとすれば、繊細、清潔、透明、端整といった表現が相応しい。ピアノ演奏技術も「当時としては」という保留なしに完璧で、その音楽の中に宿る奥深い真実を探り当てる独特の鋭敏な感性を併せ持った、まさにピアノの天才、詩人でした。その類い稀なセンスによって、爽やかな詩情とファンタジーを、控えめでありながらも過不足なく伝えてくれる。その天国の花園を思わせる香しくも爽やかでデリケートなショパン演奏は、彼が我らに残してくれた大切な宝物です。それも、リパッティは録音に対しては何時も真剣で一枚のレコードが完成するまでは何度もテイクを重ね、それがより完成度を高めて、結果として強い説得力を生んだと云われている。リパッティが残したショパンの中では、「ワルツ集」の演奏が一番素晴らしいものであることは誰しもが同意するでしょう。そして、この「舟歌」はそれにつぐ素晴らしい内容です。ベートーヴェンはモーツァルトを尊敬し、ベートーヴェンの背を見てシューベルトは成長し、歴史に埋もれていたバッハを再発見し、「マタイ受難曲」の復活をはたしたメンデルスゾーンの、そのすぐ横に、ブルックナーの壮大な音楽が佇んでいる。それに反して、ショパンは先駆者も持たず、後継者も持たなかった屹立した存在です。録音が非常に少ない夭折の天才ピアニストが今日これほど多くの場面で語られるのは、そのSP録音された演奏一つ一つが傑出しているからです。グールドのように録音に専心した様子もなく、リパッティの演奏を聴くということは、作曲者と直接向き合うかのように感じられるのだ。今なおショパン弾きとして語り継がれているという事実が、リパッティの才能の偉大さを逆説的に物語っていまいか。
ディヌ・リパッティのピアノは幅が大きく多様な表現の中に深い詩情を湛えている。その美しさは他に類を見ない。リパッティほど多くの讃辞につつまれたピアニストはすくない。彼のテクニックは超凡であったが、技巧のための技巧家ではなかった。むしろ、彼は、音楽が何を表現し何を聴衆に語らなければならないかという思索を重ねたひとである。彼の演奏は考えぬかれ、磨き上げられて達成されたものである。リパッティはレコーディングが嫌いな方ではなかった。英EMIの音楽部長として名演奏家の名レコードの数々を世に送った名プロデューサー、ウォルター・レッグはリパッティの回想記の中で、彼はむしろ、レコーディングを好んだし、そのために生のコンサートの録音についてもいつも好意的であった、と記している。のこされたリパッティのレコードの数がひじょうにすくないのは、彼の病身のせいでもあったのだ。彼のレパートリーはけしてせまいものではなかったが、とくに、バッハ、モーツァルト、シューベルト、シューマン、ショパンを得意としたが、ベートーヴェンなどもリサイタルではかなり弾いている。彼が一旦とりあげた曲に対しての表現の追及の厳しさは、たとえば、ベートーヴェンの「皇帝」協奏曲を弾くために4年がかりで研究と練習を積み、チャイコフスキーの協奏曲を弾くために3年を費やしたという話にその一端が伺われよう。ショパンのソナタ第3番は、録音が1947年という事で純粋にSP録音ですが、繊細で透明なロマンティシズムがあふれ出してきます。

Dinu Lipatti Chopin 1917-1950

Side-A
  • ピアノ・ソナタ第3番
Side-B
  • 舟歌
  • マズルカ第32番 Op.50-3
  • ノクターン第8番
ディヌ・リパッティ(Dinu Lipatti, 1917〜1950)は、ルーマニアのピアニスト、作曲家。ブカレスト生まれ。アルフレッド・コルトーに魅入られて教えを受けるが、33歳でジュネーヴ郊外でこの世を去った。彼のピアノの特徴は、透明な音色でピアノを最大限に歌わせていることである。純粋に徹した、孤高なまでに洗練されたピアニズムは古今でも随一とされる。死因は白血病といわれることが多いが、実際はホジキンリンパ腫である。演奏会の直前まで40度の高熱を出して病床に伏していたリパッティであったが、医師の制止を振り切り、強力な解熱剤の注射により、ようやく立ち上がることができるような状態で、蹌踉めくようにステージに姿を現し、やっとのことでピアノの処まで辿りつくことができたという。しかし、この録音を聴く限り、そんな身体の状況などは微塵も感じさせず、集中力の高いピアノ演奏には驚かされるばかりである。彼のピアニズムを一言で言い表すとすれば、繊細、清潔、透明、端整といった表現が相応しいと思います。例えばブザンソンのライヴを聴いて居て感じることですが、既に迫り来る死を避けがたい運命と悟ってたと思われながら、そのような苦悩を微塵も演奏からは感じさせずに、常に聴衆の方を向いていたのではと思いたくなります。リパッティの音楽性が俗化されたヴィルティオーゾとは種類を異にし、寧ろ17世紀に用いられた〝コニサー〟(玄人、目利き、通)という呼び名こそ相応しいと、名プロデューサー、ウォルター・レッグは述べている。指奏法の完璧な修錬と、抑制されたペダリングからなる演奏スタイルは、格調が高く、貴族的で、厳しく孤高な趣がある。古い録音の為、最新の録音に比較すれば特にピアノ等は音質云々あるかも知れない…ただ、音楽としての芸術性は、陳腐化するどころか、より輝きを増しているように思える。そんな音楽性が、没後70年経た現在でも、名演として聴き継がれているのだろう。これがモノラル録音しか聴くすべが無い現代でも高い支持を得ている要因では無いかと結論づけては早計でしょうか。33歳で逝ってしまったことが、何故か、英国のジャクリーヌ・デュ・プレやイシュトヴァーン・ケルテス ― それぞれに病死ではありませんが、突然の最期として ― に重なりあう。しかし、彼の遺したレコードはいずれもが珠玉のような名演ばかりである。そこには、かつて、プーランクがリパッティを評した〝神のような精神を持った芸術家〟としてのリパッティの人格と芸術性が込められている。リパッティのレコードは、好楽家に対するまたとない遺産なのである。リパッティの33歳の早すぎた死は、何枚も名盤量産するという輝かしい未来を奪い、歳月を重ねて到達する円熟の境地を与えなかったですが、このルーマニアの才能を惜しむ声は高まりこそすれ、一向に衰えずリパッティ初期盤収集に苦労します。
  • Record Karte
  • 1947年(ソナタ)、1948年4月21日(舟歌)録音。
  • FR  COL  FCX493 リパッティ  ショパン・ピアノソナタ…
  • FR  COL  FCX493 リパッティ  ショパン・ピアノソナタ…
モーツァルト : ピアノ・ソナタ第8番、J.S.バッハ : パルティータ
リバッティ(ディヌ)
EMIミュージック・ジャパン
1996-08-21