34-18202

商品番号 34-18202

通販レコード→仏ダーク・ブルー銀文字盤[VERY RARE]

同曲世界初のステレオ全曲録音だった ― オリジナルはH.M.V.盤で2LPs、それからの抜粋で、フランス盤ですが、とても稀少なレコードです。オーケストラは、ウォルター・レッグのフィルハーモニア管弦楽団。曲は、ヘルベルト・フォン・カラヤンお得意のチャイコフスキーのバレエ曲。カラヤンは、このバレエ曲の全曲盤は出していない。本盤の録音は、1956年3~5月。カラヤンの最初のステレオ録音は、1955年5月のシューベルト・未完成交響曲だったが、ステレオ盤では発売されなかった。そして、カラヤンの「眠れる森の美女」と「白鳥の湖」バレエ組曲の録音は、1959年1月1日まで待たされた。この時期、カラヤンは多忙になっていく、1955年にヴィルヘルム・フルトヴェングラーとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と予定されていたアメリカ演奏旅行の代役を果たし成功をおさめ、この旅行中にベルリン・フィルの終身首席指揮者兼芸術総監督に就任。戦後、フルトヴェングラーの死までカラヤンはベルリン・フィルの指揮台に2~3回しか登場しておらず、急転直下の就任であった。フィルハーモニア管としても絶頂期になったのですから、カラヤンの留守に、ジョージ・ウェルドンで録音が残されたことは幸いでした。カラヤンは1908年生まれ、50歳代である。そういえば、ウェルドンはカラヤンと同い年でした。したがって、2018年は生誕110周年ということになりますが、まったく話題にもならず。ウェルドンは決して凡庸な指揮者ではなかったと思いますが、カラヤンのレパートリーといえる楽曲を、レッグのプロデュースで録音し始めて8年後の、1963年8月16日、南アフリカのケープタウン管弦楽団を指揮するため訪れた同地で客死した。それも、ホテルの部屋で死亡しているのを発見されたのだ。公式発表では心臓発作となっています。わずか55歳の生涯であったということになります。そのために、残された録音が少なく、グリーグの「抒情組曲」「二つの悲しき旋律」は、ぜひ聴いて欲しい。過度に甘ったるくなることはなく、それでも豊かな響きで、曲想が変わるときの揺らめきも見事で感銘を受けます。他に、ヘンデルの組曲「水上の音楽」、「王宮の花火の音楽」や、チャイコフスキーの管弦楽曲など、もう少し日の目を見るとよいのにと願っています。カラヤンが去った後、EMIはクラシック音楽の事業予算を削減し始めたため、レッグは1963年にEMIを去ることを決意、1964年3月、手塩に掛けたフィルハーモニア管を突如解散した。本盤でのウェルドンの演奏は、小気味よく、それでいて前のめりにならないテンポ設定と、激しい主張こそないものの強弱の幅はかなり大きい音楽づくりとなっています。
ジョージ・ウェルドン(George Weldon)は1906年6月5日、英国チチェスターの生まれ。ロンドンの王立音楽院でサー・マルコム・サージェントに指揮を学ぶ。北米やトルコ、旧ユーゴスラビアなどでキャリアを積み、1943〜1951年までバーミンガム市交響楽団の首席指揮者として土台を築いた。その後サー・ジョン・バルビローリの下でハレ管弦楽団の第2指揮者を務め、1955/1956年のシーズンはサドラーズ・ウェルズ歌劇場でオペラも指揮している。一見淡々と流れる旋律線の中にも暖かみが滲むような音楽づくりをする人で、シベリウス、グリーグなど北欧の音楽を得意としていた。「抒情組曲」や「2つの悲しき旋律」などを収録したグリーグ・管弦楽組曲集(EMI、1960、1961年録音)が代表盤。1963年8月16日、南アフリカのケープタウン管弦楽団を指揮するため訪れた同地で客死した。
リクライニング・クラシック
オムニバス(クラシック)
EMIミュージック・ジャパン
2008-07-30

1956年3~5月ロンドン、キングズウェイ・ホール録音。
FR CND  CND544 ジョージ・ウェルドン チャイコフスキー…
FR CND  CND544 ジョージ・ウェルドン チャイコフスキー…