登頂が難しい巨大な山 ― 作曲家・楽譜出版人として活動したアントン・ディアベリ(1781〜1858)はヨーゼフ・ハイドンの弟子で、音楽教師として生計を立てていましたが、一念発起して1824年に、楽譜出版社ディアベリ商会を設立。そこで思いついたのが、ヨハン・ネポムク・フンメル、カール・ツェルニー、フランツ・ペーター・シューベルト、フランツ・リストなど、当時ウィーンで活躍していた約50人の音楽家に〝ディアベリが自作した32小節のワルツ主題〟をもとに作曲してもらい、彼らの名前を冠した〝変奏曲集〟を出版するという企画でした。そしてそれらを集大成し出版したのが《ディアベリのワルツの主題による50の変奏曲》です。ベートーヴェンは当初この主題を酷評し、依頼に応じませんでした。しかし、「交響曲第9番」の作曲中に気休めで筆を走らせ、1時間近くの大作を仕上げてしまったのが《ベートーヴェン:ディアベリ変奏曲 Op.120》だったのです。たぶんディアベリとしては余興として、披露できれば ― ディアベリ商会のコマーシャルだったと思うんですが。難聴だけではなく全身あちらこちらに疾患を抱えていたベートーヴェンですが、風邪を引いて肺炎をこじらせて他界するとはよもや思ってもなかったでしょうが、「交響曲第9番」の演奏時間は75分位。《ディアベリ変奏曲》も70分は掛かります。演奏会できいて貰える機会に、書き残しておきたかった表現をおもいっきりやっておきたかったのでしょう。演奏するのはピアニスト1人、超人的集中力が発揮される。そうはいっても、かなりのベートーヴェン好きでなければ、この曲は「敬して遠ざける」そんな存在かもしれません。ウォルフガング・サヴァリッシュが演奏会に出かける朝に《ディアベリ変奏曲》を自室でピアノに向かってひとりで演奏する様子が印象深くて、以来この曲は気になるベートーヴェンのすべてが出ている傑作。ベートーヴェンの《ディアベリ変奏曲》を最高の難曲と指摘し、
技巧的にも、知的な理解の面でも肉体的な面でも難度が高い
登頂がむずかしい巨大な山とルドルフ・ブッフビンダーは語っています。その〝2つのディアベリ変奏曲〟をボックスにした名演アルバムの表紙には〝Erste Gesamtaufnahme•First Complete Recording•Premier Enregistrement Integral〟の言葉が踊っています。→コンディション、詳細を確認する
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ウィーンを中心に世界中で活発な活動を展開しているピアニストのルドルフ・ブッフビンダーは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏をライフワークとしている。録音のみならずステージでも全曲を取り上げている。日本にもたびたび来日を重ね、2013年秋の来日公演では、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲の弾き振りを披露し、その円熟のピアニズムは各紙誌で絶賛を受けました。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集は、ソニー・クラシカルへの2010~11年ライヴ録音盤が高い評価を得ていますが、まだ30歳台で録音したテルデックへの全集は、セッションということもあって、細部の仕上げの精度が驚異的なレベルに達しており、なおかつ時代様式を鑑みた説得力のあるスタイルが常に維持されるなど、当時のブッフビンダーにしかできなかった完璧な演奏が多くのピアノ・ファンの心を掴み、世界的にも高い評価を獲得していたものです。ソナタには18以上の印刷譜が存在していますが、自筆譜は意外と残っていません。リストは最高のピアニスト&作曲家であり、ベートーヴェンを崇拝してその楽譜を校訂しましたが、彼なりの楽譜への大がかりな書き込みによって、毎回違った弾き方になってしまうほど、アイデアが楽譜に刻まれています。ブッフビンダーがプレス・インタビューで語っていますが、本人は一つ一つの音符、休符、フレーズ、強弱、リズムなどをこまかく研究し、少しでも作曲家の魂に寄り添う演奏をしたいと云っているようですが、この選集を聴くと有言実行であることがよく分かります。
ベートーヴェンの32曲の中には彼の生活の全てが内包されています。そこには、女性への報われない恋心も、パトロンへの感謝の気持ちも見て取ることができます。ブッフビンダーのこのときの取り組みは、ソナタ全集だけでなく、変奏曲やバガテルなども含む〝ピアノ作品全集〟であり、有名なソナタ全集での演奏の傾向は、変奏曲やレアな小品の場合にはより大きな説得力を持つこととなり、作品の姿を正確に示したそのクオリティの高さには以前から定評がありました。楽器は、スタインウェイ。
Rudolf Buchbinder – Beethoven • Czerny • Liszt • Hummel • Kreutzer • Mozart Fils • Moscheles • Erzherzog Rudolph – Sämtliche Diabelli-Variationen
- ベートーヴェン:ディアベリのワルツの主題による33の変奏曲 ハ長調 Op.120
- 様々な作曲家によるディアベリのワルツの主題による50の変奏曲
- 主題:アントン・ディアベリ - Anton Diabelli [1781-1858]
- 第1変奏:イグナーツ・アスマイアー - Ignaz Assmayer [1790-1862]
- 第2変奏:カール・マリア・フォン・ボックレット - Carl Maria von Bocklet [1801-1881]
- 第3変奏:レオポルト・オイスタッシュ・ツァペク - Leopold Eustache Czapek
- 第4変奏:カール・ツェルニー - Carl Czerny [1791-1857]
- 第5変奏:ヨーゼフ・ツェルニー - Joseph Czerny [1785-1831]
- 第6変奏:グラーフ・モーリツ・フォン・ディトリヒシュタイン - Graf Moriz von Dietrichstein [1775-1864]
- 第7変奏:ヨゼフ・ドレスクラー - Joseph Drechsler [1782-1852]
- 第8変奏:エマニュエル・アロイス・フェルスター - Emanuel Aloys Forster [1748-1823]
- 第9変奏:フランツ・ヤコプ・フライシュッテトラー - Franz Jakob Freystadtler [1761-1841]
- 第10変奏:ヨハン・ゲンスバッハー - Johann Gansbacher [1778-1844]
- 第11変奏:ヨーゼフ・ゲリネック - Josef Gelinek [1758-1825]
- 第12変奏:アントン・ハルム - Anton Halm [1789-1872]
- 第13変奏:ヨハン・ホフマン - Johann Hoffmann [1770-1814]
- 第14変奏:ヨハン・ホルツァルカ - Johann Horzalka [1798-1860]
- 第15変奏:ヨゼフ・フグルマン - Joseph Huglmann [1768-1839]
- 第16変奏:ヨハン・ネポムク・フンメル - Johann Nepomuk Hummel [1778-1837]
- 第17変奏:アンセルム・ヒュッテンブレンナー - Anselm Huttenbrenner [1794-1868]
- 第18変奏:フレデリック・カルクブレンナー - Frederic Kalkbrenner [1785-1849]
- 第19変奏:フリードリッヒ・アオグスト・カンネ - Friedrich August Kanne [1778-1833]
- 第20変奏:ヨゼフ・ケルツコフスキー - Joseph Kerzkowsky [1791-]
- 第21変奏:コンラディン・クロイツァー - Conradin Kreutzer [1780-1849]
- 第22変奏:ハインリヒ・エドゥアルト・ヨゼフ・フォン・ランノイ - Heinrich Eduard Josef von Lannoy [1787-1853]
- 第23変奏:マルクス・ライデスドルフ - Marcus Leidesdorf [1787-1840]
- 第24変奏:フランツ・リスト - Franz Liszt [1811-1886]
- 第25変奏:ヨーゼフ・マイセダー - Joseph Mayseder [1789-1863]
- 第26変奏:イグナーツ・モシェレス - Ignaz Moscheles [1794-1870]
- 第27変奏:イグナーツ・フランツ・バロン・フォン・モーゼル - Ignaz Franz von Mosel [1772-1844]
- 第28変奏:フランツ・クサヴァー・モーツァルト - Franz Xaver Mozart
- 第29変奏:ヨーゼフ・パニー - Joseph Panny [1794-1838]
- 第30変奏:ヒーロニムス・パイヤー - Hieronymus Payer [1787-1845]
- 第31変奏:ヨハン・ペーター・ピクシス - Johann Peter Pixis [1788-1874]
- 第32変奏:ヴェンツェル・プラッキー - Wenzel Plachy [1785-1858]
- 第33変奏:ゴットフリート・リーガー - Gottfried Rieger [1764-1855]
- 第34変奏:フィリップ・ヤコプ・リオッテ - Philipp Jakob Riotte [1776-1856]
- 第35変奏:フランツ・ド・パウラ・ローザー - Franz de Paula Roser [1779-1830]
- 第36変奏:ヨハン・バプティスト・シェンク - Johann Baptist Schenk [1753-1836]
- 第37変奏:フランツ・ショーバーレヒナー - Franz Schoberlechner [1797-1843]
- 第38変奏:フランツ・シューベルト - Franz Schubert [1797-1828]
- 第39変奏:シモン・ゼヒター - Simon Sechter
- 第40変奏:ルドルフ大公 - Rudolph [Archduke of Austria] [1788-1831]
- 第41変奏:アッベ・マクシミリアン・シュタードラー - Abbe Maximilian Stadler [1748-1833]
- 第42変奏:ヨーゼフ・フォン・ツァーライ - Joseph von Szalay [1800-1860]
- 第43変奏:ヴァーツラフ・ヤン・クルシュティテル・トマーシェク - Vaclav Jan Kritel Tomasek [1774-1850]
- 第44変奏:ミヒャエル・ウムラオフ - Michael Umlauf [1781-1842]
- 第45変奏:フリードリヒ・ディオニス・ウェーバー - Friedrich Dionys Weber [-1842]
- 第46変奏:フランツ・ウェーバー - Franz Weber [1805-1876]
- 第47変奏:チャールズ・アンゲルス・フォン・ウィンクラー - Charles Angelus von Winkhler [1796-1845]
- 第48変奏:フランツ・ヴァイス - Franz Weiss [1778-1830]
- 第49変奏:ヤン・アウグスト・ヴィタ-セク - Jan August Vitasek [1770-1839]
- 第50変奏:ヤン・ヴァーツラフ・フーゴ・ヴォジーシェク - Jan Hugo Voříšek [1791-1825]
- コーダ:カール・ツェルニー - Carl Czerny [1791-1857]
- Record Karte
- 世界初完全録音(Erste Gesamtaufnahme • First Complete Recording • Premier Enregistrement Integral)。1971年録音、3枚組、1974年リリース。
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