DE DGG SLPM138 951-3	カール・リヒター ミュンヘン・バッハ管 ヤノヴィッツ ヘフゲン ヘフリガー ヘンデル・メサイヤ

通販レコード→独チューリップ MADE IN GERMANY 盤
宗教的ロマン ― 現代楽器演奏の大御所カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団のバッハは青春の思い出と重なるところも大きく、評価者と世代が異なる読み手は割り引くことを必要だ。LPレコードの時代を知る者にとっては多くの思い出とともに、忘れ難い存在。CDやレンタル、配信で録音を聞くだけではレコードを手にとって聴いていた世代の評価は共有できないものだ。それでもリヒターの峻烈な演奏から得られるバッハ音楽の感動は力強いという以上に厳しいものであり、ピリオド楽器による演奏が今や主流の世の中であるが、このリヒター盤の価値は未だ高いと認識させられるのである。 確固とした解釈のもとに鳴る音楽は、時として荘厳に、また、時として冷徹に響くが、決して嫌味でない。モダン楽器小編成オーケストラによる求心力の強いキビキビとした力強いバッハ演奏が身上とされるカール・リヒターならではのパワフルな名演揃いで、ソリストが非常に豪華なのも特筆されるところ。カール・リヒター(ドイツ、1926〜1981)はバッハの化身とまで謳われたが、それは1970年代はじめにアルヒーフから出された分厚い全集が認められてからである。彼のバッハ演奏が本当の意味で広く一般に知れ渡る契機となったのは事実、ともすればバッハ一色ととらえがちな彼の演奏が実は早くからヘンデルの作品を含み、またグラモフォンではハイドン、ベートーヴェンに至るまで残されている点からみるならば、広くクラシック一般の範疇でもリヒターが第一級の演奏家、指揮者であることはまぎれもない。しかしながら、リヒターは若い頃に、ロンドン・レーベルでヘンデルのオルガン・コンチェルトを録音している。グラモフォンでは早くから「メサイア」のドイツ語歌唱版という珍しい本盤を出している。リヒターの《メサイア》としてはアルヒーフに1972、73年録音した「英語歌唱版」が決定版だが、この時期にカラヤンがバッハの「マタイ受難曲」、「ミサ曲ロ短調」を一年間かけてリハーサルを行い、丹念なレコーディングに熱心だったことが刺激になったのではないか。豪放さとは対極にある、地味で質素なヘンデル、この比較を探る。
リヒターは驚くべき音楽性の持ち主である。彼はバッハから直系の正統的な伝統を正しく受け継いでいるが、彼の音楽には常にゆたかな創造精神が感じられ、伝統的なスタイルをなんの創意もなくアカデミックに墨守しているのではない。したがって彼のバッハは、最も正統的であると同時に、現代的な息吹を感じさせるゆたかな生命力にあふれている。彼の演奏は北ドイツ風の重厚で剛直なところがなく、南ドイツ風の柔軟なニュアンスとあたたかい光に満ちている。
カール・リヒターはザクセン州のプラウエンで牧師の息子として生まれ、11歳からドレスデンの聖十字架協会付属の音楽学校で学んだ。そして、1946年からライプツィッ ヒでシュトラウベやラミンに師事し、1949年には聖トマス教会のオルガニストに就任した。しかし、より自由な活動の場を求めて、1951年ミュンヘンに移り、聖 マルコ教会のオルガニストや音楽大学の講師を務めながら、1955年に自らが理想とするバッハ演奏実現のためにミュンヘン・バッハ合唱団を組織し、1955年には ミュンヘン・バッハ管弦楽団も設立して精力的な活動を行い、注目を集めた。特に、1958年の聖金曜日に放送された「マタイ受難曲」の圧倒的な名演は、バッハ 解釈者として、またチェンバロ、オルガン奏者としても一貫して高い評価を受けたが、3度目の来日を目前にして、54歳という若さで急逝した。リヒターが現代最高のバッハ解釈者として今も尊敬を集めているのは、伝統をしっかりと受け継ぎながらも、そこに安住することなく、音楽への熱い思いを厳しく琢磨して、真に人間的なドラマティックな演奏を実現したからだろう。日本でもリヒターの名前を一躍高めた「マタイ受難曲」の旧盤(1958年)は、そうしたリヒターのバッハ演奏の神髄を伝える名演であり、熱い気迫の漲った表現で強い劇性をもって築き上げられた演奏は、従来の宗教曲演奏の枠を超えるほど生々しいが、そこに刻まれた真実のドラマは今も聴き手の心を強く捉えて離さない。しかし、リヒターがバッハの音楽に峻厳な表現だけを求めたのではないことは、他の宗教曲や「クリスマス・オラトリオ」(1965年)、さらに管弦楽組曲(1960、61年)などの演奏からも明らかだろう。的確な表現を生き生きと躍動させ、それを美しく張り詰めた流れの中に見事に統一した演奏は、バッハの音楽の生命力や喜びをも余すところなく伝えている。そして、そうした演奏に比べて、50歳代に近づいたリヒターは、よりロマンティックで柔軟な表現を作るようになっていった。54歳というあまりに早い死が、円熟期のリヒターが目指した新たなバッハ像完成の機会を奪ってしまったのは誠に残念である。しかし、それだけにまたリヒターが1950年代末から1960年代にかけて残した数々の名演は、かけがえのない遺産であり、その演奏は古楽器演奏隆盛の現代においても、20世紀のバッハ演奏のひとつの到達点を示すように強い光を放っているというべきだろう。
20世紀バッハの第一人者カール・リヒターはもちろん、バッハ意外にも定評のある演奏を残した彼の指揮者として、そしてオルガニスト、チェンバロ奏者としての名録音を遺している。1958年、ドイツ・グラモフォンの古楽専門レーベルであるアルヒーフでバッハの「マタイ受難曲」を録音。これは今日まで最もよく知られる彼の代表的作品となった。さらに同レーベルへのカンタータ録音を開始。ドイツ・グラモフォンがアルヒーフレーベルによる音楽史専門の録音大全を構想した当初、バッハのカンタータはフリッツ・レーマンらによって担当されていたがレーマンが1956年に演奏中に急死したため、数人の指揮者による分担を経て結果的にリヒターがその後任となった。以降、リヒター自らライフワークとしていたカンタータ録音は、20年以上をかけて約70曲を残している。同曲異演も含めると、CDにして100枚以上になる音源を残した。また、リヒターはカンタータにせよ、器楽曲にせよ全集をのこさなかった。これを彼の早すぎる死が完成を妨げたのだとは思えない、リヒターが自分の感性に従い、相応しい楽曲を選び抜いてレコーディングをしていたのだということを、きちんとした分析のもとに教えられる。その意味では、決してレパートリーの広い演奏家ではなかった。そのレパートリーは、実のところバッハ以外にも広がりを見せるが、その広がりの中にある狭さもまた、彼の本質が、教会のカントール(音楽監督)だということから、説明がつけられる。レパートリーの大半を占めたバッハやゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル以外にも、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、フランツ・ヨーゼフ・ハイドン、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、クリストフ・ヴィリバルト・グルック、アントン・ブルックナー、ヨハネス・ブラームス、ジュゼッペ・ヴェルディなどの録音が、それぞれわずかであるが残されている。レコーディング先のレーベルとしてはアルヒーフが中心で、他にもテレフンケン(現テルデック)やデッカ=ロンドンなどにもある程度の録音を残しており、特に活動の最初期はテレフンケンでの録音が多い。テレフンケンにしか残されていないレパートリーの中には、バッハの「パルティータ ( B.W.V. 825 〜 830 )」、モーツァルトの「レクイエム」などがある。バッハ演奏といえばカール・リヒター。こうした時代は確実にあったし、もっと続くはずだった。しかし惜しむらくは1981年のあまりにもあっけない逝去。54歳の若すぎる死だった。
リヒターがアルヒーフでヘンデルのレコーディングを開始する時、《合奏協奏曲》には古くからヴェンツィンガー指揮バーゼル・スコラ・カントールム合奏団による名演がアルヒーフ・レーベルに極めつけとして存在しており、これを超えることは当時まず不可能とさえ思われ話題を呼んだ。当時の長老ともいえる大物、ヴェンツィンガーに対して若いリヒターがどのような解釈を聴かせるのか、激しいダイナミズムとシャープなリズム感覚による現代オーケストラの音響は、雅な古楽器による響きからしたらバッハ流儀のヘンデルといえた。ヘンデルの作品のなかで最も名高い傑作《メサイア》は、キリストの予言と出生や受難と復活に至るまでを描いた、抒情的な感動を与える作品です。聖書を題材にしたオラトリオは本来は教会で演奏されるべきものだが、ヘンデルは劇場を想定して書いて、実際に最初の演奏はヘンデル自身が指揮してダブリンの劇場で慈善演奏会として演奏されたもの。その後ロンドンで上演された時は教会と相当もめたらしい。カトリックとプロテスタントの対立の苛烈だった当時に於いて、ヘンデルは新教と旧教の融和を意図したのかテキストを新約・旧約聖書の両方から取っている。全体はレチタティーヴォとアリア、そして合唱曲によって構成されていますが、まずは、テンポがやや遅めなのが堂々たる荘厳な雰囲気を出していて他の《メサイア》の演奏より重圧に感じる演奏が、聴き手を《メサイア》のドラマに引き込む。特に有名なハレルヤの合唱はオーケストラ、コーラス共に、この団体でしか出せない得も言われぬ独特の響きを醸し出して高揚感を満悦させる。この演奏からは人間の持つドラマ性と真情が感じられる。時代を経ても孤高のオーラを放つ、引き締まった厳しい造形を持つ素晴らしい演奏だ。1972年11月、リヒターはロンドンへ渡り、手兵ミュンヘン・バッハ管弦楽団でなくロンドン・フィルを指揮して、今度は英語版《メサイア》の録音に臨んだ。それは、グラモフォン盤とは一転して、それまで聴衆が、このオラトリオに抱いてきた脂っこさ、豪放さへの期待に挑戦する。この作品にある劇場娯楽の要素とは見事なまでに相反する熱烈で直向な宗教心に満ちた、原譜どおりに掘り起こされた地味で質素なヘンデルを、持ち前の集中力を活かし、分厚く見通しのよい、すっきりと引き締まった演奏スタイルで問題提起している。「もし今日バッハが生きていれば、彼は現代の改良された、いい楽器を使いたがるにちがいないと思うのですよ。」とリヒターは言っていた。曰く、「表現内容に即応できない事態を招くくらいなら、バッハ時代の楽器にこだわる必要はない」のだ。リヒターがアルヒーフから、次々とバッハのカンタータの新譜を出していた1960~70年代はステレオ録音が進化し、古典名曲のカノン(規範)たる録音を各レーベルが、どんどん生みだしている時代だった。わけてもドイツ・グラモフォン~アルヒーフの功績は大きい。
(ドイツ語版)グンドゥラ・ヤノヴィッツ(ソプラノ)、マルガ・ヘフゲン(アルト)、エルンスト・ヘフリガー(テノール)、フランツ・クラス(バス)、モーリス・アンドレ(トランペット)、ヘドヴィヒ・ビルグラム(チェンバロ)、エルマー・シュローター(オルガン)、ミュンヘン・バッハ合唱団、ミュンヘン・バッハ管弦楽団、カール・リヒター(指揮)。1964年6月ミュンヘン、ヘルクレスザールでのステレオ(セッション)録音。
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