34-10061

商品番号 34-10061

通販レコード→独チューリップ ALLE HERSTELLER盤

何年も会えなかった恋人に逢えたような喜びを感じています。 ― と言えば格好いいのですが、昨年夏にここで紹介するために聴き返すまでは記憶からはほとんど消えていました。クラシック音楽には王侯貴族の姿に憧れるところもあって、ヘンデルのハープ協奏曲に惹かれ、モーツァルトのフルートとハープのための協奏曲は愛着のあるものです。クラシック音楽を聴き始めた頃には、サバレタの独奏盤の数々も揃えたものでしたが。スケールの大きなシンフォニックな音楽、ドラマティックなオペラ、渋い室内楽、華麗な器楽曲作品、敬虔な宗教音楽などを主に聴いてきて、ハープ音楽をあまり聴いていなかったことが一番大きな理由かもしれません。スペイン生まれのハープ奏者ニカノール・サバレタ(1907〜1993)は、女性奏者の多いハープ演奏家の中でも男性奏者として異色の存在であったし、2度にわたる来日経験もあって日本でも人気のあったハープの第一人者でした。女性奏者の演奏は細い指先がハープの弦を撫でるようで、眺めているだけでもうっとりするものですが、ドレスのふわっと大きく花開いた裾のその中で、体操選手のように足捌きが行われているのはわからない。水面の上にスイーッと優雅な姿を見せる白鳥が、水面下ではとんでもなく水掻きをしているものです。男性奏者だとたくましい肩幅と、鍛えられた腕の動き。さっそうと捌かれる足元のペダルが一目瞭然ですが、サバレタの演奏姿をテレビで見た時は新たな感激をしました。とても気品のある高貴な情緒で、音色は清澄で、実に透き通った音で楽しめます。まさにスコアが透けて見えるかと思えるような透明な響きが、サバレタの大きな特徴でしょう。サバレタはバロック音楽から現代音楽までの幅広いレパートリーを演奏しており、そうした彼の探究心からヒナステラ、ミヨー、ホヴァネス、ヴィラ=ロボスなど同時代の作曲家から献呈された作品も数多い。更にサバレタの偉大さは編曲にもあります。独奏フルートなど他の楽器のために書かれた音楽をハープ用に編曲するなど、ハープの演奏の可能性を広めたことでも大きな功績として評価を高めています。本盤はヴァイオリンや鍵盤楽器の曲ながら、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの作品。《パルティータ第3番 BWV1006a》(原曲は無伴奏ヴァイオリン用)。これもサバレタの編曲ですが、もともとバッハがハープのために書いたような音楽に仕上げており、バッハの原曲の素晴らしさを改めて感じさせる響きとなっているとともに、ハープの魅力を見事に伝えています。サバレタが得意とした透明感溢れる音色をたっぷり堪能することができます。彼は自分で考案した8つのペダルを持つ楽器を使用、ラヴェルにも絶賛されたと言われる澄んだ音色が特色です。これも20世紀の個性。まさにハープの可能性を世界に広めるために縦横無尽の活躍をした巨匠です。
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ハープは笛と並んで歴史の古い楽器です。ギリシャ神話にも度々登場し、特に動物から木々や岩までも魅了したオルペウスの竪琴は星座にもなりました。ハープの前身の一つにキタラがあります。ギリシャでは今でいうギターを表す名詞になっていますが、いわゆる「竪琴」という日本語は便利なもので、「リラ」とか「弓型ハープ」とか「フォルミンクス」、そして「キタラ」を区別することなく、このての楽器を「たてごと」として弦楽器の分類範疇におさめてしまう。キタラの共鳴胴から伸びている2本の柱は太めで時として共鳴胴と一体になっている。プレクトラム ― ギターでいうピックで弦をはじいていたようだ。ピアノと同じように張った弦を鳴らす楽器だが、ピアノのようなハンマー装置でたたくのではなく、人間の手で直接にはじくのだから、もっと優しい音が出る。奏者が抱えるようにして弾くので目立たないけれども、大きな共鳴胴も持っている。だから音が豊かにふくらむ。現代のダブル・アクション・ペダルの形になったのは19世紀前半の頃。その後19世紀末にはエラール社が2列の弦を交叉させて並べたクロマティック・ハープを開発し、ドビュッシーがこの楽器のために「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」を書いたりもしました。マーラー以降、ドビュッシー、ラヴェルらによって好んで活用されたハープですが、決してソロ・レパートリーが多いとは言えません。しかし、その類希な、清らかで可憐な音色を愛した作曲家たちは、数少ないながらも煌くようなハープ作品の歴史を築き上げてきました。ハープ奏者には女性が多い。指揮者の岩城宏之氏によると、日本ではとくに女性の比率が高いそうである。そうなると、社会的ジェンダー意識からしても、ハープは〝優美な音の楽器〟という評価がより強く持たれてしまいそうな感じがする。でも、いまどきこんなことを書くとハープ奏者の大半の機嫌を損ねそうだ。スペインではハープはかつて特別な地位にありました。15〜16世紀にはアラゴン王国の国王フェルナンド2世に仕え、その妻であるカスティーリャ王国の女王イサベル1世にハープを教えたというルドビコというハービストがおり、彼の歴史的遺産を保存研究する協会が現在も活動しています。セビーリャとグラナダで16世紀前半に出された法令では弦楽器製作者はチェンバロやリュートとともにハープの製作が義務付けられていましたし、17世紀初期までは教会をはじめ広く一般に用いられており、当時多くの貴族も演奏していたそうです。20世紀になってスペインではルイサ・メナルゲスやニカノール・サバレタ、マリサ・ロブレスという歴史的名手も活躍。ロドリーゴはサバレタのために「アランフェス協奏曲」をハープ用に編曲、ロブレスには彼女の結婚祝いにセビーリャ幻想曲『ヒラルダの調べ』を贈っています。そのような美しい音を持ちながら、というより、美しいソノリティがために、ハープはクラシックの〝本流〟である19世紀ドイツ・オーストリア音楽では常に脇役の地位に置かれてきた。「オーケストラの美しい音担当」の役割に固定されてきたのです。その役割からなんとか脱出しようというのが、少なくとも現在、ハーピストとして活躍する人たちの共通の悲願なのではないかと思う。協奏曲では、ヘンデルのハープ協奏曲、1778年に書かれたモーツァルトの「フルートとハープのための協奏曲」以来、ドイツ・オーストリアで活躍した作曲家による作品は、やはり18世紀のクルムフォルツの作品と、19世紀のライネッケの作品ぐらいしかない。曲が少ないのであれば、演奏機会の少ない曲であってもどんどん紹介し、新しい企画にも次々に手をつけていこうと積極的に、オーディオの醍醐味を聴かせたいと、レコード会社も取り組んでいた。18世紀から近代にわたるハープ音楽の全貌、真の魅力が、20世紀最高のハーピスト、サバレタによって明かされます。
ハープの世界的巨匠ニカノール・サバレタが来日したのは1960年と1962年の2回、いずれも大阪国際フェスティバルに招かれての来日だった。サバレタはハープという楽器の可能性を追求し、近代ハープ界の中にあって独奏楽器として真に独立した地位を築いたと言えます。近代ハープの立役者といえば、まずフランスで主に活躍をしたラスキーヌの名が上げられますが、サバレタは故国のスペイン作品や古典の作品、近代作曲家の作品まで広く演奏した面から伺えるように、幅広いレパートリーを持ち、世界中で演奏を繰り広げました。サバレタは様々な作曲家から曲を捧げられており、ハープという楽器のレパートリー増大にも多大な貢献をしています。その演奏を聴いて、ラヴェルにも絶賛されたと言われるその透き通った音色と、雑音をさせない素早いペダル操作に何よりも吃驚される。サバレタが自身で考案したと云う8本ペダル付きの楽器は、ドイツのシュワーベン地方、シュターンベルグ湖畔に工房を構えるハープ製造マイスター、ヨゼフ・オーバーマイヤー氏の作品で、メカニックが精密で音程が極めて正確だ。各ペダルは車のギアー・チェンジの様に足で踏んでこれを3段階に切り換える様になっている。オクターブ7つの音の其々に専用のペダルがあり、演奏者の右足の側に手前からミ、ファ、ソ、ラと4本、左足側にシ、ド、レと3本、左右に別かれて付いている。ペダル中段がピアノの所謂白鍵=ナチュラルの音で、下段にすると半音高くなってシャープの音に、上段にすると半音低いフラットの音になる。ペダルを全部中段にした状態で全ての音がナチユラルになり、ピアノでいう白鍵だけのハ長調の音階になる、その状態でファのペダルを踏み込んでファ♯にするとト長調の音階になる仕掛けだ。しかし、ピアノには個々の音にダンパーが付いていて、鍵盤から指を離すとダンパーが弦を押さえて音が鳴り止む仕組みになっているが、ハープはギターと同様に指で弦を弾いて音を出すのだが、弾いた後は音は鳴り放しになる。そこで、必要な個所では掌で弦を押さえて鳴りを止めることになるが、弾きながら掌で音を止めるのは物理的に限界があり、音が濁ってしまうことが避けられない。そこで考案された、8本目の特別なペダルで、この操作が低音用のダンパー機構をなし、ピアノのダンパーの役目をする。サバレタはこの特別のペダルを駆使するだけでなく、こまめに指先でも音を止めている。だから音が濁らず、アーティキユレーションが鮮明だ。
ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685〜1750)誕生の前年まで存命のニコロ・アマティ(1596~1684)、活躍の時期がほぼ半世紀バッハと重なるアントニオ・ストラディヴァリ(1644~1737)、ほぼ同期のヨーゼフ・ガルネリ(1686~1746)等の手に成るクレモナ所産のヴァイオリンは、その改良と共に協奏曲やソナタ、のみならず歌劇の隆盛を促し、17世紀イタリア音楽は世界の羨望の的となる。アルカンジェロ・コレルリ(1653~1713)のソナタ並びに合奏協奏曲、続くアントニオ・ヴィヴァルディ(1678〜1741)、ジョセッペ・タルティーニ(1692~1770)等の活躍による協奏曲の興隆、それらに促された歌劇の隆盛等により、イタリア音楽は頂点を極めた。とりわけ当時は商業資本主義としての社会情勢の進展と共に、各地に散在した領主達が文化面においても、しのぎを削っていた。そこではイタリア並びにフランス等、ラテン気質の音楽が流行の最先端として演奏され、人々に鮮烈な印象をもたらした。バッハの時代、新進気鋭の作曲家で演奏家でもあったヴィヴァルディをはじめとするイタリア音楽が盛んに演奏されていた。このイタリアの煌々と輝く〝太陽の陽気さ〟は北ドイツとって憧れで、その音楽文化的後進性の一端をほのめかす事由として見逃せない。明るさの源である太陽をエネルギーとして捉えるならば、陽気さはその輝きを放出する気質であり、輝きは多彩なニュアンスを開花させる。ほぼ7歳年長のヴィヴァルディの作品がバッハの作風に少なからず影響を及ぼしたことは、「時世の成り行き」からも察せられる。宮廷礼拝堂のオルガニストとして勤しめたこと自体、格別な境遇であり、そこで培われたであろう新たな作風も否定出来ないが、ヴァイマール時代(1708~1717)にヴィヴァルディの協奏曲を素材としバッハが試みた編曲の数々はとりわけ顕著な足跡であり、それが部分的であれ次のケーテン時代(1717~1723)に偉大な境地へと飛躍するための端緒となったのではなかろうか。バッハの無伴奏ヴァイオリンのための3つのソナタと3つのパルティータ(BWV1001~1006)全6曲の終曲の《パルティータ第3番》(BWV1006)は、その明るさと陽気さにおいてチクルスの中でも際立つ。バッハが以前のヴァイマール時代に試みた編曲を源泉として、さらに第1番及び第2番のソナタとパルティータにポリフォニーの粋を極めた彼は、
その中にあって、まさにサバレタの原点とも言えるこのアルバムに収録した2つの国、スペインは生まれた地であり、フランスは多くを学び、礎を築いた地であることから、このアルバムにはサバレタ自身のもっともコアな部分、もしくは音楽的な思いが込められている。《ソナタ ニ長調》が選ばれている、マテオ・アントニオ・ペレス・デ・アルベニスは、イサーク・アルベニスとは別の人物です。

Nicanor Zabaleta - J. S. Bach • Händel • Corelli • Spohr • Fauré • M. Albéniz • I. Albéniz ‎– Nicanor Zabaleta, Harfe

  1. Johann Sebastian Bach Suite Für Harfe Nach Der Partita III, BWV 1006a J.S.バッハ/ハープのための組曲 BWV.1006a (無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番による)
  2. Georg Friedrich Händel Thema Und Variationen G-moll ヘンデル/主題と変奏 ト短調
Side-B
  1. Arcangelo Corelli Sonate D-moll (Nach Der Sonate Für Violine Und Continuo Op. 5 Nr. 7) コレルリ/ソナタ ニ短調 (ヴァイオリン・ソナタ OP.5-7 による)
  2. Louis Spohr Variationen Für Harfe Op. 36 シュポーア/ハープのための変奏曲 OP.36
  3. Gabriel-Urbain Fauré «Une Châtelaine En Sa Tour» Op. 110 フォーレ/塔のなかの王妃 OP.110
  4. Don Mateo Antonio Perez De Albéniz Sonate D-dur ドン・マテオ・アントニオ・ペレス・デ・アルベニス/ソナタ ニ長調
  5. Isaac Albéniz Malagueña (Aus Der Suite «España» Für Klavier) イサーク・アルベニス/マラゲーニャ (組曲「スペイン」OP.165 から)
ニカノール・サバレタ・サラ(Nicanor Zabaleta Zala)は、1907年1月7日、スペインのサン・セバスティアン生まれのハープ奏者。民族的にはバスク人である。1914年に、素人音楽家だった父親に古物商に連れて行かれ、ハープに出会う。やがてマドリード音楽院教員のビンセンタ・トルモ・デ・カルボと、ルイーザ・マナルケスに師事する。1925年にパリに留学して、1925年からパリでマルセル・トゥルニエとジャクリーヌ・ボロに師事する。翌年にパリで公式に演奏会デビューを果たした。1930年代から欧米各地で活躍し、1934年には北米デビューを果たした。日本には1960、62年に大阪国際フェスティヴァルに来演した。彼は自分で考案した8つのペダルを持つオーベルマイヤー製のハープを使用しており、透明で輝かしい音色と完璧な技巧でラヴェルにも絶賛された。サバレタは様々な作曲家から曲を捧げられており、ハープという楽器のレパートリー増大にも多大な貢献をしています。近代ハープの立役者といえば、まずフランスで主に活躍をしたリリー・ラスキーヌの名が上げられますが、サバレタは故国のスペイン作品や古典の作品、近代作曲家の作品まで広く演奏した面から伺えるように、幅広いレパートリーを持ち、世界中で演奏を繰り広げました。サバレタの録音は、およそ300万枚の売り上げになると見積もられている。最後の演奏会は、1992年6月16日にマドリードで開かれたが、このとき既に健康は衰えていた。1993年4月1日、プエルトリコにて没。
  • Record Karte
  • Engineer [Recording Engineer] – Hans-Peter Schweigmann, Recording Supervisor [Artistic Supervision] – Dr. Manfred Richter. Photography By – G. Soulet. 1963.10.28, 29ハノーファー、ベートーヴェンザール録音。
  • DE  DGG  SLPM138 890 ニカノール・サバレタ RE…
  • DE  DGG  SLPM138 890 ニカノール・サバレタ RE…
  • DE  DGG  SLPM138 890 ニカノール・サバレタ RE…
フランスとスペインのハープ音楽
サバレタ(ニカノール)
ポリドール
1999-02-01

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