34-20403
商品番号 34-20403

通販レコード→独チューリップ盤 MADE IN GERMANY
壮大なスケール感と彫りの深さ、ロシア的な力強い詩情とほの暗いパッション。 ― スケールが大きいと同時に細かいパッセージまで明確に演奏されているし、濃厚なロマンティシズムとみずみずしいリリシズムの双方が完全に表現されている。リヒテルのピアノ演奏は、その内面からくる音楽解釈の深さと卓越した技巧により常に私たちを魅了し続けており、現在でも多くの音楽ファンは楽曲の本質的な演奏をリヒテルに求めています。リヒテルが初めて西側のステージに上がる前、まだ名前のみ知られる存在だった1956年、ドイツ・グラモフォンはプラハに赴き、リヒテルによるシューマンのソロ作品(シューマンの「森の情景」ほか)を録音しました。この録音が大成功だったため、さらにリヒテルのレコードを作りたいと考えましたが、当時リヒテルは西側への演奏旅行をまだ許されておらず、1958から59年、録音チームをワルシャワに送り、協奏曲も含むステレオLP3枚分の録音を行ないました。その中に含まれていたのがスタニスラフ・ヴィスロッキ指揮ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団とのラフマニノフのピアノ協奏曲第2番で、発売以来、この曲の理想的な演奏として一度もカタログから消えたことのない名盤と称されています。ゆったりとした大河のような雄大な流れの中に、刻々の表情の移ろいを見せる曲の推移に、リヒテルのピアノとヴィスロッキの指揮は何と巧みに沿っていることか。作品の再現というよりは、演奏者たちによって、はじめて曲に生命が吹き込まれたように、熱く深く圧倒的な演奏である。ラフマニノフはワルシャワ録音のわずか2ヵ月前のザンデルリンク指揮レニングラード・フィルとのメロディア録音がありましたが、演奏内容自体は互角としてもドイツ・グラモフォン盤は何といっても鮮明なステレオ録音であることに圧倒的な分があります。ドイツ・グラモフォンのアナログ録音を代表する名エンジニア、ハインツ・ヴィルトハーゲンが録音を手掛けてるのも大きなポイントでドイツ・グラモフォンお得意のコンサート・プレゼンス的視座の中で、ピアノや管楽器のソロなどが過不足なくバランスされているのです。
スビャトスラフ・リヒテルはバックハウスやアラウの系統に属するピアニストだと思う。この3人に共通するのはピアニズムの冴えというか、タッチや音色のクールで胸のすくような美しさを聴かせるよりは、音楽そのものの厚味を最も大切にしていることであろう。従って彼等はモーツァルトやショパンやラヴェル、ドビュッシーなどはあまり得意にしていない。スケールの大きい、交響的な作品にこそ真価を発揮するのである。リヒテルの演奏で特筆すべきは壮大さを生かすべき弱音の繊細さが際立っている点で、精神の深味や詩情、ひっそりとした寂しさの表出が独壇場だ。さて、ここまでのリヒテルの略歴を書いておこう。スヴァトスラフ・リヒテルは1915年3月20日、ウクライナのジトミールに生まれた。父はポーランド生まれのドイツ人でウィーン音楽院に学んだが法に触れる決闘をしたため、ウクライナに逃れてオルガンとピアノを教えた。母は父の教え子である。しかしリヒテルは殆ど独学で音楽を勉強し、オデッサ歌劇場の伴奏ピアニスト、練習指揮者に採用された。1934年、19歳の時オール・ショパン・プログラムで初の公開演奏を行ったが、これが大成功で本格的なピアニストになることを決意、1937年モスクワ音楽院に入学、ゲンリフ・ネイガウス教授に師事した。ネイガウスはリヒテルの才能に驚きプロコフィエフを紹介、その結果1940年リヒテルはプロコフィエフの「ピアノ・ソナタ第6番」を初演することになったが、これが彼のモスクワ・デビューとなり大センセーションを巻き起こした。そして1945年には全ソヴィエト音楽コンクールで優勝、47年に音楽院を卒業したが、この時リヒテルはすでに32歳になっていた。以上のような経歴からも本盤録音時のリヒテルの特質を充分に伺うことができよう。リヒテルがソ連国外で演奏したのは1950年のことで、それ以後東側の共産圏には時折登場するようになりましたが、西側に一部の録音や評判が伝えられるのみでその実態がなかなか把握されず「幻のピアニスト」とされていました。1950年には国家賞第1等を受賞、1960年初めてアメリカを訪問して以来、世界各国にその姿を見せることになったのである。更に、これらの録音が西側で広く発売されるにつれて、リヒテルは「現代最高の巨匠ピアニスト」と位置づけられるようになって、その名声は頂点に達したのでした。その頃はリフテルと表記されていたリヒテルのピアノには外面的な華やかさも、これ見よがしのハッタリもないが雄大なダイナミックと体中の感情を込め切ったような盛り上がり、ほのかに漂う詩情は言葉に尽くせない。ここには情感に溢れていない部分は一箇所もない、と断言し得るのである。
この名ピアニストの独奏で聴くラフマニノフのなんという美しさ、身も世もない定めなき情緒とむせび泣きの切なさは極めて不健康ではあるが、これこそラフマニノフの魅力なのだ。秋雨に煙る抒情。これからの秋の夜長を一人しみじみと聴くに何と相応しいレコードであろうか……
ラフマニノフ自身の演奏を別にすれば、これほど作品の本質に迫った演奏はないだろう。第1楽章のスケールの大きさ、部厚い和音にいっぱいの心をこめてルバートを多用しつつ弾き進め、あらゆる部分が音楽に溢れている。これほど雰囲気豊かな演奏も少ないだろう。第2楽章は全曲中の白眉である。曲自体、甘美な失恋のやるせなさが心にうずくようであるが、そのような情感を他の誰よりも実際の音に託しているのがリヒテルなのだ、聴いていて何とも言えず淋しくなってしまう。暗い情緒がむせび、救いようもなく訴えかけてくるからである。フィナーレについては第1楽章と同じことが言えるが、ここでは生きたリズムと、氷のように冴えたタッチが殊更印象的だ。ヴィスロツキの指揮もリヒテルのピアノにぴたりと合わせ、遅いテンポによる雄大さと、暗い粘りの表情が見事だ。特に第2楽章がピアノと一体になった名演中の名演である。壮大なスケール感と彫りの深さ、ロシア的な力強い詩情とほの暗いパッション。リヒテルのこの演奏は、これらの要素が高次元で混然一体となった驚くべき例であろう。彼のラフマニノフへの並々ならぬ思い入れが、全楽章を通じてどっしりと伝わってくる名演であり、とくに第2楽章に現れた奥深いメランコリーなど、聴き手の胸を打ってやまぬところとなっている。すべてが深く大きく量感に満ちたラフマニノフ。名演・名盤がせめぎ合う現在もなお、屈指の輝きを放っている。
「20世紀のピアノの巨人」と称されるロシアの名ピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテル(1915.3.20~1987.8.1)。1950年に初めて東欧で公演も行うようになり、一部の録音や評価は西側諸国でも認識されていた。しかし、冷戦で対立していた西側諸国への演奏旅行はなかなか当局から許可が下りなかった。リヒテルは1941年に父親をソ連当局によって銃殺されており、母親は第二次世界大戦の末期にドイツに移住していた。このため、当局は西側への旅行を認めた場合に彼が亡命することを警戒していたともいわれる。そのため、西側諸国ではその評判が伝わるのみで実像を知ることができず、「幻のピアニスト」とも称されるようになった。ソ連の演奏家としては最も早い時期から国際的に活躍していた一人であるギレリスが、演奏後に最大の賛辞を贈ろうとしたユージン・オーマンディを「リヒテルを聴くまで待ってください」と制したことも、この幻のピアニストへの期待をかき立てた。リヒテルのレパートリーはバッハから20世紀の同時代の音楽まで多岐にわたる、それぞれに個性的かつ巨大な演奏解釈を披露した文字通り「ピアノの巨人」的存在でした。そうした膨大なレパートリーを誇る一方で、独自の見識に基づいて作品を厳選していたことも特徴的で演奏する曲は限られている。例えばベートーヴェンのピアノソナタで言えば第14番や第21番のような人気曲を意図して演奏しなかったし、5曲の協奏曲の中では第1番と第3番のみをレパートリーにしていた。ショパンの練習曲やドビュッシーの前奏曲、ラフマニノフの前奏曲などでも一部の曲を演奏していない。これはグールドが完璧な曲を自分が演奏するものではないと録音しなかったことに近い動機ではないだろうか。そして録音嫌いとして知られていたにもかかわらず、ライブ録音によるものも含めると結果的には発売された録音の点数は他のどのピアニストよりも多いのではないかと思われるほど、多数の録音が残されている点でも破格の存在といえるでしょう。リヒテルが残した録音の中でも、おそらくソフィア・ライヴの「展覧会の絵」(PHILIPS)やバッハの「平均律クラヴィア曲集」全曲(RCA)と並んで最も有名な演奏が、ドイツ・グラモフォンのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番です。リヒテルのピアノ演奏は、西側にデビューして間もない時期の録音なので、技術的にも全盛期ながら、むらっけのあるピアニストの姿が良く反映していて迸る熱気が伝わってくる。ワルシャワでのドイツ・グラモフォンとの録音セッションでエンジニアを務めたハインツ・ヴィルトハーゲンは、この時使用したピアノについての証言を残している。スタッフが現地で調達したピアノはタッチにひどくむらのある粗悪な代物で、スタッフは当然リヒテルに拒否されるものと考えた。しかし彼は黙ってピアノの前に座るとキーの感触を一つ一つ確かめながら、むらなく聴こえるようになるまで練習し難のあるピアノを自在に操ったという。リヒテルの最大の武器は明確なタッチで、鍵盤の底まで押し込んでいるかのような、強い打鍵がフォルテを明確に響かせるが決して重苦しくならない。また弱音の美しい響きは繊細な感情を生かしている。強い意思にもとづく解釈と豊かな表現力が結びついた演奏である。まさに白熱の演奏で、リヒテルのピアノがオーラを発しているようだ。そのオーラを披露されているからファンには堪ったもんではない。
1959年4月26日〜28日(協奏曲)〜5月2日ワルシャワ、フィルハーモニー・ホールでのステレオ・セッション録音。ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調 Op.18、『13の前奏曲』Op.32 から第1番ハ長調、第2番変ロ長調、『10の前奏曲』Op.23 から第2番変ロ長調、第4番ニ長調、第5番ト短調、第7番ハ短調。【演奏】スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)、スタニスラフ・ヴィスロツキ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団(協奏曲)。ハンス・ウェーバー(プロデューサー)、ハインツ・ヴィルトハーゲン(録音エンジニア)。
DE DGG SLPM138 076 リヒテル&ヴィスウォツキ ラフ…
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