34-22352

商品番号 34-22352

通販レコード→独 チューリップ初期盤 ALLE HERSTELLER[オリジナル]

フリッチャイの録音の中でも昔から名盤中の名盤。 ― そして、現在では考えられない一期一会盤。どの楽章も素晴らしいが、特に第1楽章の序奏、主題提示部、コーダ、また終楽章などは絶品。当時のベルリン放送交響楽団の実力の優秀さを存分に発揮した圧倒的な演奏です。交響曲風としての重厚な風格を持ち、音はずっしりと重く、分厚い低音に支えられて堅牢に作り上げられている様を感じさせます。これはフェレンツ・リッチャイが一連のハンガリー出身指揮者の一人として威光を放っていた証左と断言できる。純ドイツ的な重厚感のある演奏です。しかし、それは「無難路線」とは全然別物で力強くて温かみと優しさがあり非常に味わい深い演奏で、ゲーザ・アンダのモーツァルト弾きらしさをしっかり感じる聡明なピアノと、ヴォルフガング・シュナイダーハンの渋くも気品のあるヴァイオリン、更に「チェロの貴族」とも称えられたピエール・フルニエの美しい音色とコントロールの行き届いた高品位な伸びやかで高貴なチェロ演奏が三位一体となっています。ドイツ・グラモフォンの当時の稼ぎ頭勢ぞろいといった感のある名盤。あたかも〝管弦楽伴奏付きピアノ三重奏曲〟のような親密さが光ります。
ベーラ・バルトークのピアノ協奏曲全集の解釈で一家言を成したアンダ・ゲーザ(Anda Geza)は、ハンガリー出身の名ピアニスト。来日時のパンフレットやチラシに載った「ゲザ・アンダ」で日本では知られている。ハンガリーはマジャールというアジア系騎馬民族を祖先にもっています。ヨーロッパには珍しい黒髪黒瞳短躯黄肌という体型からも伺えます。モンゴル系の流れを汲み名前にもその文化的影響が色濃く残りました。混血進み金髪碧眼白肌化してもその名残が今に伝わっています。欧米諸国のなかではハンガリーだけが、姓・名の順で名前を表記することを文化として大切にしたいと、アンダ・ゲザと表記されることも増えたが、わたしはゲザ・アンダで慣れ親しんできた。そして、日本人の姓・名の順も名前が先でいいと考えています。さて、アンダはヴィルトゥオーゾ・ピアニストではあったが、同郷のジョルジュ・シフラのように剛腕で作品を征服するような弾き方は好まず、確実で安定感のある演奏スタイルを良しとした。その強靭なテクニックは、バルトークだけでなく、ドイツ・ロマンティークのピアノ曲でも発揮され、ピアノを強く激しく打ちつけることで自分の証を刻むよりも、手の平で掬って愛おしむように愛撫することで、音楽への愛情が込み上げてくる。1950年代から1970年代にかけてのドイツ・グラモフォンの看板アーティストとして声望を集め、晩年はモーツァルトのピアノ協奏曲全集の弾き振りをこなし、単なる名技主義に陥らない芸風を確立した。
ゲザ・アンダは1921年11月19日にハンガリーのブダペストで生まれ、1976年6月14日にスイスのチューリッヒで世を去ったピアニストです。アンダはフランツ・リスト音楽院でエルンスト・フォン・ドホナーニとゾルターン・コダーイに師事し、1940年にリスト賞を受賞しました。1943年1月10日にはヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共演しフランクの交響的変奏曲を演奏。フルトヴェングラーはアンダを「ピアノの吟遊詩人(Troubadour)」と讃えました。1943年5月にはエドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮コンセルトヘボウ管弦楽団とフランクの交響的変奏曲をSPレコードに録音しています。同年、アンダは第二次大戦の戦火を避けてスイスに亡命し、1955年にスイス国籍を得ました。演奏活動では1952年から1974年まで、毎年ザルツブルク音楽祭に出演して、リサイタルに、協奏曲に活躍。アメリカにも1955年以来、17回もツアーを行っています。レコーディングでは1950~51年にはドイツ・テレフンケンに、1953~58年は英コロムビアと契約し、10数枚のモノラルLPレコードを作っています。録音レパートリーはバッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、ブラームスという独墺系作品が中心で、そこにショパンとお国物のリストとバルトークが加わるというオーソドックスなものでした。1959年にドイツ・グラモフォンの専属になると、折しも実用化されたばかりのステレオLPレコードのために多くの基本的レパートリーを録音します。フェレンツ・フリッチャイ指揮によるバルトークのピアノ協奏曲全集を皮切りに、ベートーヴェンの三重協奏曲、ブラームスのピアノ協奏曲第2番、モーツァルトのピアノ協奏曲全集などが次々にリリースされました。このうちバルトークの第2&3番とベートーヴェンの三重協奏曲、モーツァルトの第21番&第17番はフランス・ディスク大賞を受賞しています。また、アンダが録音したモーツァルトのピアノ協奏曲第21番が、1967年のスウェーデン映画「みじかくも美しく燃え(Elvira Madigan)」で使用されたことで、一躍アンダの録音とモーツァルトのこの作品が世界的にヒットする、という出来事もありました。1975年に食道がんと診断され、手術は成功して一時回復しましたが、翌年6月14日に亡くなりました。54歳の若さでした。彼が1964年に再婚した二度目の妻オルタンス・アンダ=ビュールレ(1926~2014)は、「ビュールレ・コレクション」で名高い美術収集家のエミール・ゲオルク・ビュールレ(1890~1956)の娘で、その遺産の相続人にあたります。彼女はアンダの死後、1978年に若手ピアニストの育成を目的としたゲザ・アンダ財団を創設。プレジデントに就きました。同財団は1979年より「ゲザ・アンダ国際ピアノ・コンクール」を主催し、3年に1度開催。世界的ピアニストへの登竜門として有名なコンクールとなっています。
  • Record Karte
  • エンジニア:ギュンター・ヘルマンス、ワーナー・ウォルフ。プロデューサー:オットー・ゲルデス。1960年6月ベルリン、イエス・キリスト協会での録音。1961年9月初発。盤はドイツ・プレス、ジャケットはフランス製混合。
  • DE DGG SLPEM136 236 フルニエ・アンダ・シュナイダ…
  • DE DGG SLPEM136 236 フルニエ・アンダ・シュナイダ…
ベートーヴェン:ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲
ベルリン放送交響楽団
ユニバーサル ミュージック クラシック
2005-04-27