34-19808
〝ドイツ語圏でクーレンカンプの後継者といえたのはウィーン出身のシュナイダーハンだけだろう〟 ―  (ハンス・ハインリッヒ エッゲブレヒト)。20世紀前半に活躍した、ドイツ系ヴァイオリニストの代表格はアドルフ・ブッシュとゲオルグ・クーレンカンプです。ふたりは、レオポルト・アウアー、ウジェーヌ・イザイといったロシア系、あるいはベルギー系とはまた違った音楽の系譜である、ルイ・シュポーア、ヨーゼフ・ヨアヒムにつながる伝統の継承者でした。このドイツ系のヴァイオリニストで19世紀終わりから20世紀前半にかけて活躍したカール・フレッシュにクーレンカンプは1944年から師事、ヴォルフガング・シュナイダーハンが1948年から師事。そしてその弟子のバウムガルトナーと一貫してドイツ・ヴァイオリン奏法の伝統を守っています。余談ながら、LPレコード時代の名ヴァイオリニストのなかではヘンリク・シェリングがフレッシュの弟子で、アンネ=ゾフィー・ムターはその孫弟子にあたります。この時代のドイツの音楽家は全てナチとの関係を問われるという宿命を帯びています。もう一人のドイツ系の大ヴァイオリニストのブッシュはアメリカに亡命したのですが、クーレンカンプはドイツに残り活動を続けました。アドルフ・ヒトラーが「私の愛好するアーリア人の名手」と呼んでクーレンカンプを大切にしたという経緯は有りますが、ナチの忠実な下僕にはならなかった、大変高い人格の持ち主であったと考えられます。1935年のベルリンでメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲 ― 作曲家名を伏せてもテレフンケンに録音しているのですから、良いいひゅうごろです。クーレンカンプを巡ってもうひとつ有名な話は、1937年にその少し前に発見されたシューマンのヴァイオリン協奏曲の蘇演を、だれが初演するかで、政治が絡んで争奪戦が繰り広げられ、結局はナチがクーレンカンプにこの曲を初演させ、録音もさせます。オーケストラはもちろんベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ですが、指揮をしていたのがハンス・シュミット=イッセルシュテットでした。甘美な音色で感覚的に演奏するのではなく、磨き抜かれた音色、考え抜かれたアーティキュレーションとフレージングで、作品に対する実に真摯な態度を保つ演奏を繰り広げるクーレンカンプは、ドイツ・ヴァイオリン界の伝統を背負っていると言えますし、思索的で造形を大切にした演奏はムターも受け継いでいます。さて、淡麗辛口といった感じのすっきりとした潔さが持ち味のソロとシュミット=イッセルシュテットによる伴奏の上手さが融合したモーツァルト演奏に対して今回は、生粋のウィーンの名手が、美しい伝統と時代考証を絶妙にバランスさせて生み出した弾き振りのモーツァルト。当時、ベートーヴェンを心の底から理解し、演奏することができる、ドイツ語を母国語とし国際舞台で通用する唯一のヴァイオリニストとして活躍したシュナイダーハンの存在は、注目に値する。もちろん同時代に素晴らしい演奏をしていたヴァイオリニストとしてヤッシャ・ハイフェッツ、ナタン・ミルシテイン、ダヴィッド・オイストラフなどがいるのですが、彼らにはない深いドイツ人のポエジーと歌心が、シュナイダーハンにはあると、いやがおうでも認めざるを得ない。シュナイダーハンはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターも務めたウィーン出身の名手。モーツァルトには特別な思い入れがあったようで、5曲の《ヴァイオリン協奏曲》すべてに自作のカデンツァを用意するほど気合いが入っている。まだ、ベルリンには戦争の爪跡は焼跡や何らかの形で生々しく残っていた。ベートーヴェンが都会的か田舎風かなどと論じるのは意味が無い。彼にはその両方があり、また同時にそれを突き抜けた存在であった。しかし、モーツァルトとなると、シュナイダーハンは実に自然で無理がなく、フレージングといい、音の作り方といい、形式の把握といい、一点の難もない。一度聴いた限りでは、軽妙と典雅という点で、もう一つ欲しいものが残る。アルチュール・グリュミオーのヴァイオリンでサー・コリン・デイヴィスがロンドン交響楽団を指揮した超名盤と聞き比べるとシュナイダーハンのヴァイオリンがどうしても曇って聴こえるのは残念だ。素晴らしいヴァイオリニストなのだが、グリュミオーの輝くような伸びやかな響きと、伸びやかなカンタービレ、そして若きデイヴィスの颯爽とした指揮に抜群のアンサンブルで応えるこの頃のロンドン響の演奏は、もはや越えるものを聴くことはできないだろう。ベルリン・フィルの編成はかなり刈り込んでいて大人数でなぎ倒すようなゴージャスなサウンドではないのは良い。1967年の録音ですが、この頃のベルリン・フィルの巧さは筆舌に尽くしがたい。同じくオイストラフとも指揮者なしで1971年に録音していますが、ソリスト毎の表現をしっかり踏まえて完璧なアンサンブルで伴奏しています。それはソリストと対等に音楽造りを楽しんでいる印象が残ります。《ヴァイオリン協奏曲第3番》の第2楽章を清潔なカンタービレで歌い上げているが、細い感じに聴こえる。人数の問題ではない。シュナイダーハンの音には〝華〟がない。シュナイダーハンは、いわゆる《名人芸》には全く興味がありません。それは、ヨハン・ゼバスチャン・バッハからヘンツェに至る彼の幅広いレパートリーの中に、パガニーニやヴィエニアフスキーの名前が見当たらないことからも証明できます。演奏解釈面には、ウィーン人特有の複雑な人間性が反映されているようです。そして、彼のレパートリーの中の曲であっても、時折、他のヴァイオリン奏者とは全く異なった解釈が聴かれるのです。節度のあるバランス感覚とでもいうがいいのか、洒落た演奏。私たちは、「ウィーン風」という言葉からなんとなく「古き良き」という言葉を連想してしまうのですが、そんな連想がいかにいい加減なものかを思い知らされます。「ウィーン」というところは頑ななまでに保守的であると同時に、驚く程に前衛的でもあるのです。この曲の全集録音の中で最も精神的力強さ贅肉のない重厚さに溢れる演奏。青春にひたるのではなく、新しい物を切り開いていこうとする若い力を感じられる、躍動感のあるシュナイダーハンとベルリン・フィルらしい響きで、存在感のある素晴らしい演奏になっている。
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  • 1965年3月22日、1967年2月6‐13日ベルリン、イエス・キリスト教会、カール・ファウスト、 ライナー・ブロック、ハインツ・ヴィルトハーゲンによる録音。
  • DE DGG 410 928-1 ヴォルフガング・シュナイダーハン …
  • DE DGG 410 928-1 ヴォルフガング・シュナイダーハン …
  • DE DGG 410 928-1 ヴォルフガング・シュナイダーハン …
モーツァルト:VN協奏曲全集
シュナイダーハン(ヴォルフガング)
ポリドール
1998-11-30

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