34-21423

商品番号 34-21423

通販レコード→独ブルーライン盤

高貴でありながら雄大な作風を示し、独創性も存分に発揮された傑作として親しまれている協奏曲。 ― ヘルベルト・フォン・カラヤン&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とのデビュー盤、「モーツァルトの協奏曲」で世界に羽ばたいたアンネ=ゾフィ・ムターが、その翌年、16歳のときに録音したベートーヴェン協奏曲は屈指の名曲だ。優美なこの曲の、美しさに焦点を合わせた正統派の演奏。それでもこの美音を聴くだけでも価値がある。もちろん美意識に優れたカラヤンだからムターの美音を最大限活かすように振っている。最初にヴァイオリン・ソロが出るところからして音色が違う。弱音部分の美しさは言うに及ばず、強奏部分も美しい。かなりしっかり音量も出ているのだが、そんな時も全く濁ったり割れたりしない音色が凄すぎる。カデンツァは定番のクライスラーのものでムターの音色にぴったりである。その音色を別にすれば、ムターの個性が発揮されるようなところはなく、カラヤンの意思どおりの曲作りだろう。後年自らが述懐しているように、この頃はまだ幼く、カラヤンの指揮に全てを委ねていたようだ。従って技巧的に独自性を出しているところはない。要するにカラヤンの意図したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲になっている訳である。そうはいいながら、のみ込まれることなく潮目を読みながら、カラヤンの重厚な指揮の下、のびのびと表情豊かにスケールの大きな演奏を展開しています。ムターがカラヤンと最後に共演したのは、1988年8月15日のザルツブルク音楽祭だった。本盤のジャケットは、カラヤンがムターに何かを教えている様子の写真だが、10年後のチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲では、ステージで赤いドレスを着たムターがカラヤンに右手を差し出し、後ろ姿のカラヤンが両手でそれを握っている写真だ。この時点でもうムターは「カラヤンの秘蔵っ子」ではなく、カラヤンとは対等の共演者と成っていた。レコードを録音順にジャケットを並べて眺めると面白い。二人の距離感は、ムターの才能を育て、将来を予想していた撮影されてきたかとドキュメンタリーのようで驚かされる。カラヤンの死により、音楽界から「帝王」はいなくなった、そしていつの間にか、ムターは「女王」と呼ばれている。むしろムターのほうが主で、カラヤンが従だったのかもしれない。ムターもカラヤンの意図を良く理解している。カラヤンの教えに忠実に弾いているのか、2人共に同じ目標を目指していたからか、現在のムターのスタイルも延長線上にあるのでカラヤンの美点を吸収したのかもしれない。ほぼ四半世紀を経たクルト・マズア指揮ニューヨーク・フィルハーモニックとの演奏では一段と風格を増した堂々たる演奏を繰り広げています。1979年にベルリン・フィルハーモニーで録音された本盤は、ドイツ・グラモフォンが会員向けに頒布したCLUB-EDITION版、通常版は[2531 250]ですが、プレス等に違いはないようで音質に差は感じません。音場はワンポイント録音のような広がりがあり、ドイツ・グラモフォンらしい切れもある。初期のデジタル録音の良さが出た優秀録音盤と言っていい。
音楽は世界共通の言語です。国も、性別も職業も、宗教も歌ったり、楽しんだりすることに関わらない。様々な国の音楽を聴いて、その国に想いを馳せ、その曲自体を楽しむことは、まことに正しいし、音楽の持つ偉大な力のひとつだと思います。音楽を聴いて幸せな気持ちになったり、癒されたりする。何より、生きる喜びを人とシェアできるのが音楽の素晴らしさです。しかし、言葉には様々な種類の言語があり、知らない言語との会話は理解できない。同じ九州内に生活していても、まともな会話にならないことも有るでしょう。それなのに、一方で音楽が「世界共通語」であるという誤った認識が従来よりある。音楽を楽しむだけなら、それで充分なのですが音楽をプレイする立場がそれでは困る。『ルーツは誰ですか』と、2016年9月、長崎・佐世保で活動しているフルート奏者に問うた。ところが彼女の取り巻きが憤りを込めて「彼女の音楽は何かに似ているというものではない」と得意気に答えた。広瀬すず、中条あやみ、天海祐希らで感動実話を映画化した『チア ダン』で、「これがジャズ、これがヒップホップ」と表現してみせるワンシーンがあるが、〝マズルカ〟のリズムを覚えて、〝ポロネーズ〟はどういう踊りかを知ることがショパンの正しい演奏の理解になると勧められるのは今では良く有ること。チャイコフスキーのロシアの風土は〝トレパーク〟が大事だ。ベートーヴェンの旋律はウィーンの民謡を借りている。モーツァルトの〝きらきら星変奏曲〟はフランスの遊び歌だし、初めてモーツァルトを聴いたトルコ人は、こんな子供だましが音楽なのか、といって笑ったそうだ。同じ西洋の音楽であっても、ベートーヴェンばかり聴いていて初めてバッハを聴いたときは全く違う音楽のような印象を受ける。同じ作曲家であっても初めて聴く曲には、なんだかよく分からないという印象を持つ。何度も聴いている内に、その曲の良さや悪さが理解できるようになる。
音楽を演奏するのに大切な〝メロディー〟〝ハーモニー〟〝リズム〟を本当に会得しようと思うには民族や文化、宗教の理解が必要です。それぞれの国の音楽を演奏して、その国の音楽を知った気になってしまうのは、まことにおこがましく、恥ずかしく、恐ろしいことです。ヨーロッパ音楽の伝統の何たるかをしっかり把握していないものは、聴いていて虚しいばかりです。それはジャズでも同様です。ジャズには技法と作法があると黒田卓也さんが説いている。ジャズの歴史はクラシック音楽ほどではありませんが、歴史を知っているか知っていないかがミュージシャンには大切だ。インタープレイの相手が、どこの時代が好きなのかという言葉(言語)がわからないと会話ができない。ジャズ・ミュージシャン同士で重要視されている『NOW'S THE TIME』に関心がないと、アドリブもまともに出来ないでしょう。それを置き去りにしてしまっている「楽器を弾ける」演奏家が郎党を組んでいるのは、どうしたもんじゃろの。One Step on a Mine, It's All Over ― 彼らは自分たちが育った街を自慢できるだろうか、胸はって自分の会社を誇れるだろうか。またそれとは別に「音楽的に弾く」と言う意味をとり違えている人を見ました。これは下手をすると一生引きずってしまうでしょうね。ちょっとかわいそう。日本人は器用な民族なので、真似をして良いのです。そして先達に敬意を忘れずに、ルーツを誇りましょう。ジャズのライヴでアドリブが、ただのメンバー紹介で、全くアドリブの様式に成っていない演奏は気持ち悪いが、最後で何十秒も長々と音を引っ張っているのも閉口してしまう。それは自分だけのエクスタシーに酔っているだけで、聴き手を疎かにしている演奏だ。音楽を聴いてもらうというのは、どちらが主体なのか、自分たちの満足を満たすのはリハーサルのうちに済ませて欲しいと思う。お金をもらって聴いてもらっていることを忘れてはいけない。特に、プロとして聴衆の方々に、瞬間芸術であるこの「音楽」を提供する場合には、もっと謙虚に、もっと慎重であるべきだと思います。必ずしも、その国、言葉のエキスパートであるべき、と考えるのは適切だとは思いません。ただ、日本人である以上、一流のプレーヤー足り得るためには、器用に逃げないで自分の血の中にない部分については学び取る必要があるのです。どんなに個性的な演奏も、結局は独善的なもので専門家的に聴けば説得力はありません。
デビュー当時のジャケットのヘルベルト・フォン・カラヤンとのツーショットを見ると、まさにふくよかな女子高生っていう感じで巨匠と笑顔を交わしている若いアンネ=ゾフィ・ムター(Anne-Sophie Mutter, 1963年6月29日、西ドイツ・バーデン生まれ)。高名なヴァイオリンの名前が踊ることなくムターのヴァイオリンは無名だ。レコードに針を降ろして、ワクワク動機が高ぶるリズムを刻む前奏と同期してソロの登場を待つ。そして聴いたムターのヴァイオリンの自身に満ちた魅力的な歌いまわし。華やかな話題のデビュー盤を聴いて、及第点止まりだった天才少女、いつの間にかフェードアウトしていた天才少年のレコードは、あまた聞いてきた。天才少女として、カラヤンのバックアップのもと華やかにデビューした彼女だけれど、その後の活躍を見ると、決して期待を裏切っていないことが判る。それは、カラヤンと録音したすべての協奏曲に言えるものだが、カラヤン、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との共演であることが、このディスクの存在価値を高めている魅力である。1979年の演奏で古いが、この演奏への自身が感じられる。若き日のムターの演奏を楽しむことができます。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は屈指の名曲だけにすぐれたディスクが多数存在するので、その中に割って入るのは難しいとは思うが悪い演奏ではない。ぜひとも聞きたい演奏のひとつだと思います。本盤におさめられたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、カラヤンの秘蔵っ子であったムターとともにスタジオ録音を行った演奏だ。ムターはカール・フレッシュ門下のエルナ・ホーニヒベルガー、アイダ・シュトゥッキに師事。11歳でドイツ青少年音楽コンクールに優勝。1976年のルツェルン音楽祭のデビュー演奏会を聴いたカラヤンに認められ、翌年ベルリン・フィルと共演して一躍世界の注目を浴びた。カラヤンはムターの演奏をオーディションで聴き「奇跡のようなヴァイオリニストを発見した」と絶賛し、その場でカラヤンが主宰するザルツブルクの聖霊降臨祭音楽祭への出演が決まった。当時のカラヤンは優秀なヴァイオリニストを探していた。帝王の情報網に「13歳のすごい少女がいる」との噂が引っかかったのだ。1977年5月、初共演したモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番は大成功した。これが大きな反響を呼び、翌78年には初録音をカラヤン指揮ベルリン・フィルの伴奏で行った。この時、ムターは僅かに14歳だったが、デビュー・アルバムとなった「モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番、5番」で、すでに彼女は揺るぎのない安定した技術と大家のような風格を持っていた。以後、帝王はこの少女しかソリストに起用しなくなるのだ。そして、ムターは20歳になるまでカラヤンとベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームス、ブルッフ、チャイコフスキーといった超有名協奏曲を録音していった。当時、いまだハイティーンであったムターに対して、カラヤンは同曲を弾きこなせるようになったら録音しようと宿題を出したとのことである。しかしながら、懸命の練習の結果、同曲を弾きこなせるようになったムターであったが、その演奏をカラヤンに認めてもらえずに、もう一度宿題を課せられたとのことである。それだけに、本演奏には、ムターが若いながらも一生懸命に練習を積み重ね、カラヤンとしても漸くその演奏を認めるまでに至った成果が刻み込まれていると言えるだろう。
ヘルベルト・フォン・カラヤンは、協奏曲録音においては、とかくクリスチャン・フェラスやアレクシス・ワイセンベルクなどとの演奏のように、ソリストがカラヤン&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏の一部に溶け込んでしまう傾向も散見されるところだ。しかしながら、アンネ=ゾフィー・ムターとの演奏では、もちろん基本的にはカラヤンのペースに則った演奏ではあるが、ムターの才能と将来性を最大限に引き立てようとの配慮さえ見られると言える。カラヤンの録音で一番充実しているのは1970年代後半から1980年代前半の録音。「ベルリン・フィルを使って残しておきたい」と念願込めて再録音の多いチャイコフスキー、ドヴォルザーク、ベートーヴェンと1970年代の演奏は緊張感が違うと思う。円熟してカラヤン節の極みとでも言える。レコード録音の壺を先天的に把握していたカラヤンのオーケストラの鳴らしっぷりは、ダイナミック・レンジが非常に大きい。ノイズに埋もれないレコード録音の理想を手に入れて、弱音部では繊細きわまりない音楽を作り出し、強奏部分では怒濤の迫力で押してくる。その較差、落差と云ってもいいのかな、他の指揮者ではなかなか見られないカラヤン流の演出。ベルリン・フィルの迫力も頂点に達している。個々の楽器が当然のように巧いし、全体がよく揃っている。カラヤンの伝記を著したリチャード・オズボーン氏がモーツァルトの協奏曲の演奏の項で、高速のスポーツカーに乗った可愛い娘を追いかけて、曲がりくねった慣れない田舎道を飛ばす。と記しているが、本盤の「ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲」の演奏も正にそのような趣きを感じさせる名演であると言える。カラヤン&ベルリン・フィルは本演奏の当時は正にこの黄金コンビが最後の輝きを見せた時期でもあったが、それだけに重厚にして華麗ないわゆる〝カラヤンサウンド〟を駆使した圧倒的な音のドラマは本演奏においても健在であり、ムターのヴァイオリンをしっかりと下支えしているのが素晴らしい。本盤の演奏におけるムターのヴァイオリンは、カラヤンが求めた音楽を意識し過ぎたか、いつものムターのように骨太の音楽づくりではなく、むしろ線の細さを感じさせるきらいもないわけではないが、それでも、トゥッティにおける力強さや強靭な気迫、そしてとりわけ緩徐楽章における伸びやかでスケールの大きい歌い回しなど随所にムターの美質を感じることが可能だ。択一を求められれば悩ましいところだが、ムターの個性が全開の演奏ということであれば、 クルト・マズア指揮ニューヨーク・フィルハーモニックとの演奏の方を採るべきであるが、オーケストラ演奏の重厚さや巧さなどと言った点を総合的に勘案すれば本演奏の方を、今のところは断然上位に掲げたい。
ヘルベルト・フォン・カラヤン(Herbert von Karajan オーストリア 1908〜1989)はその魅力的な容貌と優雅な身のこなしでたちまちにして聴衆の人気をとらえ、たんにこの点から言ってもその人気におよぶ人はいない。しかも彼の解釈は何人にも、そのよさが容易に理解できるものであった。芸術的に高度のものでありながら、一種の大衆性をそなえていたのである。元来レパートリーの広い人で、ドイツ系の指揮者といえば大指揮者といえども、ドイツ音楽にかぎられるが、カラヤンは何をやってもよく、その点驚嘆に値する。ドイツ、オーストリアの指揮者にとって、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスは当然レパートリーとして必要ですが、戦後はワーグナー、ブルックナーまでをカバーしていかなくてはならなくなったということです。カラヤンが是が非でも録音をしておきたいワーグナー。当初イースターの音楽祭はワーグナーを録音するために設置したのですが、ウィーン国立歌劇場との仲たがいから、オペラの録音に懸念が走ることになり、彼はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団をオケピットに入れることを考えました。カラヤンのオペラにおけるEMI録音でも当初はドイツもの(ワーグナー、ベートーヴェン)の予定でしたが、1973年からイタリアもののヴェルディが入りました。EMI がドイツものだけでなく広く録音することを提案したようです。この1970年代はカラヤン絶頂期です。そのため、コストのかかるオペラ作品を次々世に送り出すことになりました。オーケストラ作品はほとんど1960年代までの焼き直しです。「ベルリン・フィルを使って残しておきたい」というのが実際の状況だったようです。この時期、新しいレパートリーはありませんが、指揮者の要求にオーケストラが完全に対応していたのであろう。オーケストラも指揮者も優秀でなければ、こうはいかないと思う。歌唱、演奏の素晴らしさだけでなく、録音は極めて鮮明で分離も良く、次々と楽器が重なってくる場面では壮観な感じがする。非常に厚みがあり、「美」がどこまでも生きます。全く迫力十分の音だ。そして、1976年にはウィーン・フィルから歩み寄り、カラヤンとウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は縒りを戻します。カラヤンは1977年から続々『歴史的名演』を出し続けました。この時期はレコード業界の黄金期、未だ褪せぬクラシック・カタログの最高峰ともいうべきオペラ・シリーズを形作っています。
  • Record Karte
  • 1979年9月、12月ベルリン、フィルハーモニーでの、ステレオ・セッション録音。ドイツ・グラモフォンが会員向けに頒布したCLUB-EDITION版、通常版は[2531 250]ですが、プレス等に違いはないようで音質に差は感じません。
  • DE DGG 32 938 3 ムター&カラヤン ベートーヴェン・ヴ…
  • DE DGG 32 938 3 ムター&カラヤン ベートーヴェン・ヴ…
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
ムター(アンネ=ゾフィー)
ユニバーサル ミュージック
2016-08-24