34-21986

商品番号 34-21986

通販レコード→独ブルーライン盤[オリジナル]

自然体のカラヤンの美学が感じられる ―  ブラームスの交響曲は4曲とも非常に濃厚・濃密で、〝味わいの深さ〟という点では、他のどの作曲家の交響曲よりも筆頭であるまいか。ヘルベルト・フォン・カラヤンはブラームス交響曲の全集録音をドイツ・グラモフォンで1960年代、70年代、80年代の3回行っています。いずれもオーケストラは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。ベルリン・フィルにおけるブラームスの演奏の伝統は、1887年にブラームスの友人だったハンス・フォン・ビューローがベルリン・フィルの芸術監督に就任したときにさかのぼります。カラヤンがしばしば好んで語ったように、ブラームスの音楽の解釈について、ブラームスとビューローの考えは常に一致したわけではありませんでした。ビューローが正確なテンポに価値を置いたのに対し、ブラームスはより緩急のある感情表現を好んだからです。後に芸術監督となるヴィルヘルム・フルトヴェングラーはブラームスの考えに共感し、優れた解釈で名をなしました。最近の新しいブラームス像をつくろうとする演奏では、やや失われた感がある。その豊かでほの暗いオーケストラの響きと、テンポへの自由な扱いといった演奏スタイルは、カラヤンも受け継ぐことになります。《交響曲第1番 ハ短調 作品68》は、カラヤンがもっとも多く指揮したブラームスの交響曲。キャリアの初期における重要なデビューコンサート ― 1934年アーヘン、1938年アムステルダム、1946年ウィーン ― で、この作品を指揮しています。1955年2月には、ベルリン・フィルの初のアメリカ・ツアーにおける最初のワシントン公演でこの交響曲を指揮しました。《交響曲第3番 ヘ長調 作品90》は、カラヤンは大抵の場合チクルスの一環としてのみ振りましたが、それとは対照的に《交響曲第2番 ニ長調 作品73》と《交響曲第4番 ホ短調 作品98》を彼は深く愛好し、数々の忘れがたい演奏を披露しています。1938年4月8日、カラヤンがベルリン・フィルのデビュー公演に選んだのも《第4番》でした。大方カラヤンの《第1番》はレガート過剰で切れ味にかけ重々しすぎる気もするが、この演奏はノリがよく金管や打楽器のリズムがアクセントとして良く効いていて〝無駄のない合理的な動きの統一的集合体〟が一番良く現れている。カラヤンは、その魅力的な容貌と優雅な身のこなしでたちまちにして聴衆の人気をとらえ、単にこの点から言ってもその人気におよぶ人はいない。しかも彼の解釈は何人にも、そのよさが容易に理解できるものであった。芸術的に高度のものでありながら、一種の大衆性を備えていたのである。元来レパートリーの広い人で、ドイツ系の指揮者といえば大指揮者といえども、ドイツ音楽にかぎられるが、カラヤンは何をやってもよく、その点驚嘆に値する。1970年代のブラームス交響曲全集のリーフレットには〝オーケストラの演奏会でブラームスが含まれているかどうかでチケットの売り上げが違った…〟等のことが書かれているが、確かに頷けるところもある。そして、カラヤンのブラームスはどの演奏も大変素晴らしいと思う。その理由の一つに〝ブラームス特有の重厚な音色を漲らせている〟という点だろう。チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」と、ブラームスの《交響曲第1番》は、カラヤンにとって録音の多いレコードですが、磨きがかかって最終録音が一番よい悲愴と対照的で、ブラームスの《第1番》は、その時々でアプローチが違っている。その点でレパートリーとしては特異。これを得意としたフルトヴェングラーから引き継いだ音を昇華させた、1960年代の演奏は素晴らしいものです。でもカラヤンの音楽としては1970年台が面白いでしょう。本盤はカラヤンとベルリン・フィルの黄金時代の十八番だけあって、華麗さと大迫力の両立した、長くこの曲の定番の地位に君臨するだけのことはある全集セットです。倍管に増やした演奏は、この上なくパワフルでグラマラス。力技がやや勝るところはあるが、しなやかさや歌に欠けることもなく、総じて聴き手を圧倒する出来栄えになっている。ブラームスの交響曲に関する発見や見識のある演奏とは無縁のアプローチで、カラヤン&ベルリン・フィルが確立した〝スタイル〟を存分に発揮した、オーケストラ音楽とはこうあるべきというカラヤンの信念がビシビシ伝わってくるゴージャスきわまりない演奏です。とにかく、4つのシンフォニーのどこを取っても自信みなぎる響きと表情に満ちあふれた演奏で、《第1番》の壮麗な威容は比類ないものですし、《第4番》でも確信にみちた輝かしいサウンドが一貫しています。この4作品をあくまでもドイツ・ロマン派シンフォニーの傑作として捉えたアプローチと、ベルリン・フィルの重厚華麗なサウンドが相まったその聴き応えには、脱帽するほかありません。そしてその評価の高い強烈な演奏を1970年代半ばに収録されたもので、アナログ時代末期のドイツ・グラモフォン・サウンドで全体の響きと個々の楽器の定位感のバランスがよくイギリスEMI録音より少ないマルチ・マイクの成果か、フィルハーモニーの長いホールトーンも適度に入り心地よい。そのあきれるばかりのブリリアント・サウンドには、やはり抗いがたい魅力があります。記憶に残るカラヤンのイメージが最も具現化された演奏だった。然し乍ら特に、この1970年代の全集は毀誉褒貶相半ばするものとなっている。
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ピュアナチュラルなオーディオ装置で堪能したい、美しい音量の均等化を成した録音。 ―  日本は春から新年度ですが、冬からシーズンが始まる西欧において、ブラームスの4つの交響曲は〝冬〟から〝秋〟までの一巡として聴くことが出来る。第1楽章を第4番、第2楽章を第2番、第3楽章を第3番、第4楽章を第1番にすると、素晴らしい一つの交響曲が出来るのではないだろうか。晴朗な叙情性と豊かな楽想に溢れる第2番は避暑地ベルチャッハで作曲され、その牧歌的な曲調から〝ブラームスの田園交響曲〟とも言われている。ブラームス44歳の時のこと。素朴だからといって単調なわけではなく、情緒豊かな一面があり、聴く者を音楽に引き込んでいきます。オリジナリティのある旋律をつくることに苦しんだといわれるブラームスにとって、あれこれいじくり回すことのなかった第2番は、純粋に彼の心の音楽といってよいものだと思います。1855年から1876年まで約20年間、書いては破り続けた第1番に対して、第2番は翌1877年のたった1年で一気呵成に書き上げてしまった、筆の迷いのない作品だからです。推進力を最後までしっかり保って進んでいく。ブラームスに似つかわしくない華やかで豪華な音色も垣間見れる。華やかで豪華というその点で1978年録音の本盤の演奏が、一番成功した演奏になっている。。聴き終えての感動を〝爆演〟と一言で表したいが、それは重厚さも威圧感もなく、優美さが支配している。而も横への流れが途絶えない、カラヤンらしさ満載の ― カラヤン美学に忠実な ― 演奏である。ドイツ風の質実剛健さ、武骨さに背を向け、敢えて華麗な音響と流麗な曲作りで押し通した録音で、いわゆるドイツ風の演奏とは対極にあるけれども、牧歌的で美しい曲の性格もあって、曲想的にはこの方法も良く合っていると思える。ブラームスは何も質実剛健さだけが特徴なのではないことを教えてくれる演奏である。「想い慕っていたクララ・シューマンへの想いを表現したとされる長いホルン・ソロ」を華やかで流麗なベルリン・フィル・サウンドで聴かせてくれるそして限りない憧憬を秘めた第3楽章が映画『さよならをもう一度』で使われ広く知られるようになった、雄渾な楽想が印象的な《交響曲第3番》。
ベートーヴェンの第九からの時をカウントするティンパニの後、ハ音の重低音が物凄い音圧で腹に響きます。本気になったベルリン・フィルの音は、とにかく音波の振幅がとてつもなく大きいのが特徴です。このブラームスは、どこがどうということはなく、磨き抜かれた美音とフォルテシモの強烈な威力で形どられた生々流転のドラマ。ごつごつせず只管、流麗に音楽の内包する摂理にのって流れる、一流の演奏だけが持つ輝きとオーラを放って見事に全体の均整がとれた《交響曲第1番》を聴かせます。ギュンター・ヘルマンスは〝カラヤンの耳を持つ男〟と言われ、カラヤンの絶大なる信頼のもとに、彼の録音のプロセスを行ってきました。カラヤン専属録音技師。カラヤン晩年の映像作品「レガシーシリーズ」を録画した、テレモンディアル社の録音も手がけた、レコーディング・エンジニア。ドイツ・グラモフォンのトーンマイスター。カラヤンとベルリン・フィルの来日に伴って来たときなど、マイク、スピーカー、ミキサーは日本で用意させ、パワーアンプだけ持って来たとのことです。重低音にこだわっていたカラヤンのサウンドに不可欠で、これはアンプは重要だと考えているためでしょう。
ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908~1989)は、レコード録音に対して終生変わらぬ情熱を持って取り組んだパイオニア的存在であり、残された録音もSP時代からデジタル録音まで、膨大な量にのぼります。その中でも、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との結び付きがいよいよ強固なものとなり、続々と水準の高い録音が続々と行われた1970年代は、カラヤンの録音歴の中でも一つの頂点を築いた時代といえます。ヨーロッパの音楽界を文字通り制覇していた「帝王」カラヤンとベルリン・フィルと、ドイツでの拠点を失ってしまった英H.M.V.の代わりとなったドイツ・エレクトローラとの共同制作は、1970年8月のオペラ『フィデリオ』の録音を成功させる。カラヤンのオーケストラ、ベルリン・フィルの精緻な演奏は、ヘルガ・デルネシュ、ジョン・ヴィッカースの歌唱を引き立てながら繊細な美しさと豪快さを併せ持った迫力のある進め方をしています。有名なベートーヴェンのオペラが、ただオペラというよりオラトリオのように響く。カラヤンは1972~76年にかけてハイドンのオラトリオ『四季』、ブラームスの『ドイツ・レクイエム』、さらにベートーヴェンの『ミサ・ソレムニス』という大曲を立て続けに録音しています。ドイツ、オーストリアの指揮者にとって、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスは当然レパートリーとして必要ですが、戦後はワーグナー、ブルックナーまでをカバーしていかなくてはならなくなったということです。カラヤンが是が非でも録音をしておきたいワーグナー。当初イースターの音楽祭はワーグナーを録音するために設置したのですが、ウィーン国立歌劇場との仲たがいから、オペラの録音に懸念が走ることになり、彼はベルリン・フィルをオーケストラ・ピットに入れることを考えました。カラヤンのオペラにおける英EMI録音でも当初はドイツもの(ワーグナー、ベートーヴェン)の予定でしたが、1973年からイタリアもののヴェルディが入りました。英EMIがドイツものだけでなく、レパートリー広く録音することを提案したようです。この1970年代はカラヤン絶頂期です。そのため、コストのかかるオペラ作品を次々世に送り出すことになりました。オーケストラ作品はほとんど1960年代までの焼き直しです。「ベルリン・フィルを使って残しておきたい」というのが実際の状況だったようです。この時期、新しいレパートリーはありませんが、指揮者の要求にオーケストラが完全に対応していたのであろう。オーケストラも指揮者も優秀でなければ、こうはいかないと思う。歌唱、演奏の素晴らしさだけでなく、録音は極めて鮮明で分離も良く、次々と楽器が重なってくる場面では壮観な感じがする。非常に厚みがあり、「美」がどこまでも生きます。全く迫力十分の音だ。ベルリン・フィルの魅力の新発見。そして、1976年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団から歩み寄り、カラヤンとウィーン・フィルは縒りを戻します。カラヤンは1977年から続々『歴史的名演』を出し続けました。この時期はレコード業界の黄金期、未だ褪せぬクラシック・カタログの最高峰ともいうべきオペラ・シリーズを形作っています。カラヤンのレコードでは、芸術という大目的の下で「人間味」と「完璧さ」という相反する引き合いが、素晴らしい相乗効果を上げる光景を目の当たりにすることができる。重厚な弦・管による和声の美しさ、フォルティシモの音圧といった機械的なアンサンブルの長所と、カラヤン個人の感情や計算から解き放たれた音楽でもって、音場空間を霊的な力が支配しており、聴き手を非現実の大河へと導く。
  • Record Karte
  • 第1番:1977年10月、第2番:1977年10月19日、78年1月24日、2月16日、19日、第3番:1977年10月18日、12月7日、1978年1月21日、第4番:1977年10月〜1978年2月ベルリン、フィルハーモニーでのギュンター・ヘルマンスによるステレオ・セッション録音。
  • DE DGG 2740 193 カラヤン ブラームス・交響曲全集
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  • DE DGG 2740 193 カラヤン ブラームス・交響曲全集
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ブラームス:ハンガリー舞曲集&ドヴォルザーク:スラヴ舞曲集、他
カラヤン(ヘルベルト・フォン),ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ユニバーサル ミュージック クラシック
2012-05-09

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