34-20067

商品番号 34-20067

通販レコード→独ブルーライン盤

音楽に限らず、現代人は芸術において〝ソフトな混沌〟を求める向きがある ―  いったいどうしてそこに優れた本物の音楽を、優れた本物の音楽として成り立たせているそのような〝何か〟が生まれてくるのだろうか。ベートーヴェンのピアノ・ソナタは、リズムを構成している音階でも旋律が歌っている感じがする。シューベルトも負けずに旋律が印象的な曲は多いが、でも、全体的に、ベートーヴェンほど歌っていない。恐ろしいほど心の中からほとばしり出る「精神的な力」がそのまま音楽になったような曲ばかりなのであるが、いったいシューベルトは、かなり長大な、ものによってはいくぶん意味の汲み取りにくい、そしてあまり努力が報われそうにない一群のピアノ・ソナタをどのような目的を胸に秘めて、書いたのだろう?どうしてそんな面倒なものを作曲することに、短い人生の貴重な時間を費やさなくてはならなかったのか?シューベルトは、社会の中に自分のいる場所がどこにも無いことを発見した、最初の近代音楽家であった。クラシックの世界での評価は形式がイマイチである、交響曲の主題でさえ、歌曲のメロディのようだといった風評があるが、そんな次元の人ではない。「未完成」交響曲は、驚くほど微小(ミニマル)なモザイクの上に築き上げられている。シューベルトの最も天才的な部分は、ハーモニー感覚の凄さにある。彼はただ単純に〝そういうものが書きたかったから〟書いたのだ。頭に浮かんでくる楽想を、彼はただそのまま楽譜に写していっただけのことなのだ。注文を受けて書いたのでも、コンサートがあるから書いたわけでもない。オーディオ季刊誌「ステレオサウンド」連載として書かれた村上春樹の音楽コラム「意味がなければスイングはない(文藝春秋、2005年)」では、当時の親しい友だちの仮想の話として評言しています。フランツ(・シューベルト)のやつ、歌曲とか、ピアノの小品なんかは実にいいんだけどね、ピアノ・ソナタ、ちょっときついよな。やっぱ、あいつの才能って、短いものに向いているよね。ところが本人は、何かっていうと長いものを作りたがるんだよ。才能もあるし、いいやつなんだけどさ、ああいうところ、ちょっとはた迷惑だよな音楽に限らず、現代人は芸術において〝ソフトな混沌〟を求める向きがあるということになるのでしょうか。村上春樹は音楽について考えること、語ることが好きであることはよく伝わってきましたが、ひとつのコラムについて20~40ページと、評論としてみればかなり長い文章、15人の演奏による15枚があり、それを1枚ずつ紹介するというレコード評コーナーになっていて、推薦盤としてユージン・イストミン、そしてクリフォード・カーゾン、レイフ・オヴェ・アンスネスと並んで、ワルター・クリーン(1928〜1991)が紹介されていました。今年はベートーヴェン生誕250年とあって、レコード鑑賞会で3年越しのベートーヴェン連続鑑賞を続けています。2月鑑賞会が会場都合で延期した後、新型コロナウイルス感染拡大を防止するために会場使用が停止され、鑑賞会の続行を休止しています。ブルックナーを聞きたいとリクエストもでていますが、長大なマーラーでも、興味を持って聴かせる説明は難しくありません。でも、シューベルトの心地よさに、同じ盤面を2度聴いてしまったこともあった。その点、モーツァルトの扱いは楽なのですが、こと《ピアノ四重奏曲》は骨の折れることでしょう。一方、意欲を掻き立てるものです。モーツァルトがその生涯に2曲だけ書いたピアノ四重奏曲はどちらも彼の絶頂期の作品で、極めて高い完成度と絶品の美しさを湛えた作品として知られています。2曲はいずれも1785年から1986年というモーツァルトの力が満開になった時期の作品で、ピアノ協奏曲といえばニ短調 K.466(第20番)、ハ長調 K.467(第21番)、変ホ長調 K.482(第22番)、イ長調 K.488(第23番)、ハ短調 K.491(第24番)と続き、室内楽でもピアノと管楽器のための五重奏曲 K.452、クラリネットとヴィオラとピアノのための三重奏曲 K.498などの名作が並んでおり、またオペラ「フィガロの結婚」K.492の音楽が洪水のようにモーツァルトの頭をかけめぐっていた時期である。ハイドンに始まり、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、ショパン、シューマン、ブラームス。時代は下って周辺諸国に広まって行って、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、ドビュッシー、ラフマニノフ、ラヴェル、ショスタコーヴィチまで。完成した曲の数からいえば ― わたしが日ごろ好んで愛聴している、ピアノ三重奏曲のほうが多い ― レコード鑑賞会で、このテーマだけでプログラムにするなら解説はどれも請け負えられるので何年分も事欠かないくらいなのだが、三重奏においては、なにかもう一つ楽器間の緊密な結びつきが弱く、隙間風のとおるところがあるのに対して、弦3本を使うことによってその隙間が埋められる四重奏においては、充実度が格段に上がることになるので、こうした傑作が生まれるのであろう。2006年モーツァルト生誕250年記念企画として出版された、著名な音楽学者でモーツァルト研究の第一人者、ニール・ザスロー編纂によるモーツァルトの全作品解説で、モーツァルトが室内楽を仲間うちで演奏するときヴィオラを弾くことを好んでいたことから通常のピアノ三重奏曲にヴィオラを加えることで生まれたのかもしれないと推測し、「モーツァルトは事実上、ピアノ四重奏曲の発明者である」と言っている。当時ピアノ三重奏曲がウィーンで当たり、流行っていた。前年(1784年)の「ピアノと管楽器のための五重奏曲」K.452の成功で出版社ホフマイスターからアイディアが持ち込まれた。しかしこの年(1785年)の12月に出版されたところ、モーツァルトの作品は難しいとされ、ホフマイスターは「もっと俗っぽく書いてくれないと、君の作品はこれからもう印刷できないし、支払いも出来ない」(ゲオルク・ニコラウス・フォン・ニッセン, 1762〜1826 伝)と書き送ったといわれる。たとえホフマイスターから文句を言われたとしても、そんなことで大事な収入源をみずから断つほどモーツァルトは単純な男ではなく、おそらくモーツァルト自身が「難しくて歓迎されない曲」と自覚していたに違いない。「新しい、変わった四重奏曲」を書いたが、それは「素人が演奏したら、とても聴けたものではない」という難曲であり、聴衆は「4人で演奏する理解不能の騒音に退屈して欠伸する」というのが作曲家自身の評価だったのである。そしてモーツァルトはホフマイスターとの出版契約を解除し、1786年6月に作曲したもう1曲のピアノ四重奏曲 変ホ長調 K.493は1787年7月にライバル社であるアルタリア社から出版する。実際、市場はこの曲を難曲として受け取っていて、3曲の予定だったが、結局2曲で打ち切られてしまった。従って、モーツァルトのピアノ四重奏曲は、その書法を含めて、この時期のウィーンでは『前衛的な』作品であったわけだが、さらに悪いことには、ピアノのパートが難しくて、名人芸を必要とする上に、正しく理解しようと思えば、じっと注意して聴かねばならない。それにしても、オペラ「フィガロの結婚」の作曲にとりかかろうとする矢先に、このような曲を書いたのはどのような心境からなのだろうか。それにしても今日の眼から見れば、これら2曲の四重奏は、なんという充実した書法でみごとに書かれていることだろう。この愉しさは何なのでしょう。無垢の空間に遊び、自在に精神の悦楽に浸る心地がします。ト短調はモーツァルトの運命の調性とも言われ、アルベルト・アインシュタインは第1楽章の荒々しい主題を「ベートーヴェンの第5シンフォニーの4つの音符と同様に、運命のモティーフと呼んでも正当であろう」と評し、終楽章の主題については、「これはモーツァルトの天国である。まったく無意識に現前している旋律の花であり、誰も手を触れずにそのままにしておかなくてはならない、神の贈物である。」と感想を残している。アマデウス弦楽四重奏団員とクリーンの演奏は、この難曲を見事に解きほぐし、モーツァルトの魅力を存分に引き出すことに成功している。クリーンはオーストリアの名ピアニスト、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリに師事し、ボルツァーノのブゾーニ・コンクールとパリのロン=ティボー国際コンクールを制した。クリーンのピアノの特徴は、純度高く澄んだ響きと、古典的で端正なフォルムにあるとされ、多くのモーツァルティアンの支持を得てきました。この2曲のピアノ四重奏曲は、一般的な意味合いでの名曲ではない。極めて高い完成度と絶品の美しさを湛えたモーツァルト作品は数々あるし、前述したモーツァルト以降の、ピアノ三重奏曲、ピアノ四重奏曲、ピアノ五重奏曲はどれもこれも聴くべき素晴らしい作品ばかり。思うのだけれど、クラシック音楽を聴く喜びのひとつは、自分なりのいくつかの名曲を持ち、自分なりの何人かの名演奏家を持つことにあるのではないだろうか。クールで端正なクリーンのピアノに、どこまでも暖かでロマンチックなアマデウス弦楽四重奏団の音色。これが交互にあらわれ、しっくりとマッチした秀演。アインシュタインのいう「モーツァルトの天国」の妙味を、ぜひご賞味あれ。
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  • Record Karte
    • Piano – Walter Klien
    • Ensemble [String Quartet Members] – Amadeus-Quartett アマデウス弦楽四重奏団員
    • Violin – Norbert Brainin ノーバート・ブレイニン(Vn)
    • Viola – Peter Schidlof ピーター・シドロフ(Va)
    • Cello – Martin Lovett マーティン・ロヴェット(Vc)
    • Producer – Dr. Steven Paul
    • Recording Supervisor, Engineer – Wolfgang Mitlehner
    • Art Direction – Lutz Bode
    1981年9月19-21日 ミュンヘン、プレナーザール録音
  • DE DGG 2531 368 クリーン&アマデウスSQ モ…
  • DE DGG 2531 368 クリーン&アマデウスSQ モ…
モーツァルト:ピアノ四重奏曲第1番,第2番
クリーン(ワルター)
ユニバーサル ミュージック クラシック
2007-12-05

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