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ヴァイオリンはあっさりと壊れちゃったんですよ ― ミンツは苦笑しながら回想する。「ぼくは楽器を両手でにぎりしめていたんですねえ。空気がひどく乾燥してたことと関係があったのかもしれません。両面で52分ほどの曲を録音するのに、 わずか160分しかかからなかったのに」 ― ミンツはこの時、1752年製作の「ロレンツォ・グァダニーニ」を携えてセッションにのぞんだが、このメンデルスゾーンのレコーディングで第1楽章の演奏途中で楽器が破損する、予期せぬアクシデントが起こっている。突如、楽器に異変が起きたのは、楽章も終わりに近づいたある楽句とされる。ミンツの前に置いてあるマイクロフォンが徐々にずり落ちていく。ミンツは、その下降について行き事故は起こった。ミンツが握りしめていた名器は分解した。ミンツのヴァイオリンはすぐ専門の楽器修理店へ運ばれた。ミンツはコンサートマスターの楽器を借用して緩除楽章を録音した。シカゴ交響楽団は名器のコレクションを備えており、その中には2挺のストラディヴァリウスが含まれていた。1715年製の『フォン・デア・ライデン男爵』と、同じく『アレグレッティ』がコンサート・マスターのヴィクター・アイタイとサミュエル・マガドゥに貸与されていた。聞き慣れたグァダニーニの艶やかな音色から、品格が加わった落ち着いた音色に変化する。「いわば、バーガンディ(ブルゴーニュ)とボージョレの相違ですよ」と、ミンツは事も無げに語っている。1980年のドイツ・グラモフォン・デビュー・レコーディングはミンツが23歳のときで、クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団という豪華共演でした。いち早く才能を見出したアイザック・スターンは彼の演奏に感銘を受け、またズービン・メータは豊かな才能に惚れこみ10代の頃より頻繁に共演し、若くして世界的ヴァイオリニストとして活動の幅を広げ、既にキャリアを十分に積んでいたミンツは音楽史上あまた活躍するユダヤ系奏者の中で ― 人間業を超越したハイフェッツは別格として ― も極上の美音だけど、濃厚でゴージャスな音色を持ち味とし、豊かな表現力で歌うように奏でている。若きミンツが瑞々しい感性と甘美な音色で聴き手を酔わせてくれる珠玉の一枚だ。さらにアバドの緻密なオーケストレーションにより極上の演奏を聴くことができる。したたるような美しいメロディーと生き生きとしたリズムが快く、イタリア人ならではのアバドのアバドの豊かな歌心が光る名演です。また、当盤はドイツ・グラモフォンが誇る技術チームによる録音で細かなニュアンスまで捉えた名録音の一つとして知られます。ぴたりと伴奏をつけるシカゴ交響楽団の総奏も聴きごたえがある。“暴れ馬”をしっかりと御すアバドの精確な棒もさることながら、「がっつり」と打ち込む分厚い和音打撃の衝撃感がすさまじい。聴き手の肉体に「ズシリ」と伝わってくる一体感はドイツ・グラモフォンならではの名録音で、第1主題のパンチの効いたオーケストラ・サウンドは痛快といえる。
シュロモ・ミンツ(Shlomo Mintz)は1957年10月10日、モスクワ生まれのヴァイオリニスト。間もなくイスラエルに移住、テルアヴィヴ音楽院でヴァイオリンを学ぶ。アイザック・スターンに認められて渡米し、ジュリアード音楽院でドロシー・ディレイに師事する。1973年、ウィリアム・スタインバーグ指揮のピッツバーグ響とブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番を演奏してカーネギー・ホールにデビューした時は、まだ16歳だった。その後、ヨーロッパにも進出し、1981年にはベルリン・フィルの定期演奏会に登場するなど、本格的な演奏活動やレコーディングが始まった。ミンツは1980年代に大手ドイツ・グラモフォン・レーベルからメンデルスゾーンのコンチェルトでデビューします。続々とパガニーニのカプリース、バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータ、ドヴォルザーク、シベリウス、プロコフィエフ、ブラームス、ベートーベンのコンチェルト、クライスラーの名曲集などなど輝かしい録音を残します。協演もアバドにジェームズ・レヴァイン、ジョゼッペ・シノーポリと豪華です。指揮者のアバドとはメンデルスゾーン、ブルッフ、プロコフィエフ、ブラームスなどの協奏曲のレコーディングで共演しており、その美しい音と瑞々しい演奏で絶賛された。ところが、1990年代に入り急に名前を聞かなくなります。グラモフォンからは、おそらく契約が切れたのでしょう、全くリリースがなくなります。その間にレーピンやヴェンゲーロフといったブロン門下の最若手が台頭し、同門でも五嶋みどりやギル・シャハムが取りざたされ、2001年に件のアイザック・スターンの死によって後ろ盾を失うと全く話題にのぼらなくなります。ミンツは弩級のテクニシャンにして楽譜を深く読み込むことのできる音楽家で、正確な音程と安定したリズム、伸びやかで透き通った音色、とりわけ重音の美しい響きは格別です。ただ、演奏スタイルも人間性も真面目で誠実すぎるのです。『協奏曲の女王』と称えられたメンデルスゾーンの名曲を、肉感のある柔らかなヴィヴラートと豊かな和声感覚によって、丸みを帯びたオーケストラ・サウンドに溶けこむように極めたロマンティシズムが歌い込まれていくのが本盤の大きな魅力。しっとりと艶をのせて、濡れたように歌い上げるメロディアスな歌い口は涙もので、目の詰んだ練れた音で難技巧パッセージを冴え冴えと織り上げる。聴き手の琴線に触れるような、心で奏でる清楚なカンティレーナが実に感動的である。歯切れのよいスタッカート・リズムも端正なスタイルで、機会人形の如き天下無双のハイフェッツや、強く押し出すようなパールマンやヒラリー・ハーンに対し、一音一音が丁寧に紡がれてゆく。現在、彼は素晴らしいテクニックの冴えと比類ない音色の美しさで、同世代のヴァイオリニストのなかでも群を抜いた存在である。 そのテクニックに注目される機会も多いが、ミンツ自身が強調するのは、演奏家からの一方的な表現ではなく、演奏が語りかけることによって聴く側が耳を傾け、何かを感じ取るという双方向のコミュニケーションである。指の筋肉や関節からヴァイオリンは日本人とユダヤ人向きとよく言われるが、ユダヤ人は手工業にたずさわってきた歴史が長いために器用で、その上、弦に必要な独特の音程を持ち、平均律をもとにしたヨーロッパの五線譜では表現できない複雑な旋律の祈祷歌がユダヤ教にあるという。ヴァイオリンは東欧のユダヤ人社会において、祝祭の際に演奏されてきた重要な楽器だった。使用楽器は1696年製カルロ・ジュゼッペ・テストーレ(2004)、1716年製ジュゼッペ(filius Andrea)・グァルネリ「Serdet」、ロレンツォ・ガダニーニ。
1980年2月18&23日シカゴ・オーケストラ・ホールでのセッション・ステレオ録音。A&Rプロデューサー&レコーディング・プロデューサー:ライナー・ブロック、バランス・エンジニア:クラウス・ヒーマン
DE DGG 2531 304 シュロモ・ミンツ メンデルスゾーン・…
DE DGG 2531 304 シュロモ・ミンツ メンデルスゾーン・…