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通販レコード→未開封盤

【新品未開封】DE DGG 104 969-70 シャルル・ミュンシュ ベルリオーズ・レクイエム

《“一つの作品を残すだけで、私の全作品が破棄させられるとするならば、私は《死者のためのミサ曲》を残してもらうように慈悲を請うだろう”(ベルリオーズ) ― 客演ならではの緊張感に満ちた演奏が繰り広げられ老練指揮者が到達した不滅の音楽世界が表出する。》 ベルリオーズを得意とした彼が、最晩年に唯一ドイツ・グラモフォンに、しかもミュンヘンのオーケストラ(バイエルン放送交響楽団)を振った珍しい録音です。美しくしっかりと歌う合唱、それにソロを歌うのが名テノールのシュライアーというのも嬉しい聴きどころ。最晩年のミュンシュが到達した不滅の音楽世界を記録した名盤中の名盤です。ミュンシュは音楽が持っているストーリー性を、物語の様な視点で語りかけてくる。それが度を越すケースが多いのだけど、熱を持って表現する。激しいところではティンパニ16台、ブラス別働隊4隊などが大活躍するのでオーディオマニアにとっては興味深い曲である。ことに金管楽器は、ベルリオーズの音楽の華麗さをよく引き出し、聴き手を陶然とさせる。この曲は1837年7月28日にフランス政府が革命の犠牲者のための追悼ミサを行うために、内務大臣ド・ガスパラン伯爵からの依頼を受けて4000フランで請け負い作曲したものである。当時のフランス政府は1830年の七月革命の結果成立したオルレアン家ルイ・フィリップを国王とする政府であった。七月王政は「市民から革命の成果を横取りした」と評される政府であり、その市民たちの不満をそらすために、どうやら毎年この行事を行っていたようである。ところがパート譜もできあがり合唱練習を始めた頃になって、「今年の追悼式は音楽無しで挙行される」という一方的な通知を受け取った。作曲料4000フランの他、別途支払いとなっていた演奏準備にかかった人件費などの費用も支払われないまま数ヶ月過ぎた。ベルリオーズは謀られたと奥歯を噛み締めていたが、ところが、10月にアルジェリアでダンレモン将軍戦死のニュースを聞きつけた。こうしたチャンスを逃さないベルリオーズは、その追悼式典でこのレクイエムを演奏できるように陸軍大臣に働きかけ、ようやくその年の12月5日に廃兵院(アンヴァリド)内の聖ルイ教会での初演にこぎつけたのであった。「七月革命の犠牲者への追悼ミサ」のためだったからか、手直ししたかわからないが通常レクイエムとは構成が異なり、その歌詞も典礼文を変更している箇所が多い。奉献唱の部分は器楽的にまったく無駄のない絶対音楽として通用するものであり、同時代のシューマンらドイツの音楽家たちが激賞したという。宗教曲としてではなく、ベルリオーズの他の宗教的テーマを扱った声楽を伴う劇的交響曲と言っていい。ミュンシュはRCAへもボストン交響楽団で録音していますが、このドイツ・グラモフォン盤はマルチ・マイクの効果が聴かれる。ミュンシュのキャリアはヴァイオリニストからスタートしていますが、若かりし頃、ゲバントハウスのコンマスに就任、その時の指揮者がフルトヴェングラーだった。毎日その巨匠の目の前に座って多くのことを習得したことから、しらずと例の拍子をぼかす内容重視の指揮法はフルトヴェングラーの指揮姿から身につけたものと推察出来ます。ミュンシュは当時ドイツ領だったストラスブルク出身であることから、れっきとしたドイツ人であるがゆえにブラームスなどのドイツものまで得意としていたのは当然、彼の演奏で聞いても見たかったがバッハも熱愛していた。そのアイデンティティあってこそのベルリオーズなどのフランスものでの情熱的な指揮ぶり、爆発的な熱気あふれる音楽表現で感動的。思うがままに棒の振れた充足感に溢れている。解釈は当然ながら徹底していて、ベルリオーズの標題性とドラマ性を思い切りよく描き出した。ドラマティックな解釈も素晴らしいし、演奏にかける情熱、覚悟にもただならぬ気配が充満しているが、その背景にはこの名作だけが持つ真実性を、全身全霊をかけて明らかにしようとしたミュンシュの使命感があり、それが強烈な説得力となって演奏全体に輝きとスリルを与えている。手兵ボストン交響楽団と比べて、このバイエルン放送交響楽団との録音では客演ならではの緊張感に満ちた演奏が繰り広げられている。
【新品未開封】DE DGG 104 969-70 シャルル・ミュンシ…
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