DE 	DGG 	104 940-41	ベーム 	ハイドン・四季
通販レコード→独チューリップ盤

DE DGG 104 940-41 ベーム ハイドン・四季

商品名DE DGG 104 940-41 ベーム ハイドン・天地創造

ステレオLPでの断トツの名演奏 ― 流線型のカラヤンや全身全霊のフルトヴェングラーとは違う、なにか古き良きドイツ=オーストリアの雰囲気を感じられるベームの指揮。ベームにとっては、比較的珍しいハイドン。奇を衒ったようなところの一切ない、誠実で端正なハイドン。ベームがウィーン古典派の作品で聴かせる鄙びた味わい。端正で古典的なたたずまいと凝縮された推力とエネルギーを併せ持ち、70年代のベームの傑作でありモダン楽器のハイドンとして極めて高水準のものだ。
カラヤンの手兵だったウィーン交響楽団との演奏だ。ウィーン・フィルでも無く、ベルリン・フィルでもなく、グンドゥラ・ヤノヴィッツとマルティ・タルヴェラに、ペーター・シュライアーがブレンドされるのが特別。ウイーン交響楽団のエネルギーを徹底的に内燃させた響きが素晴らしい。グンドゥラ・ヤノヴィツ(ハンナ)、ペーター・シュライヤー(ルーカス)、マルティ・タルヴェラ(シモン)、いずれも充分な実力と風格と初々しさも兼ね備えた素晴らしい歌唱を聴く事が出来る独唱陣も充実の限りといえる。1965年のウィーン芸術週間の初日に取り上げ2年後のレコーディングに至った。あらゆる物事には始まりと終わりがある。例外はない。だから私たちの住むこの世界にも始まりと終わりがあるはずだ。世界はどのように始まったのだろうか。「光あれ」。そう神はのたもうた。この世界の始まりを書いた作曲家はヨーゼフ・ハイドンだ。ハイドン晩年の傑作オラトリオ「天地創造」では、天使ラファエルが「神は天と地を創られた」と歌って、混沌の表象から秩序が生まれる場面で曲が始まる。晩年のハイドンが作曲家としての全才能と魂を注ぎ込んだ宗教音楽。旧約聖書の創世記をテーマとし、第1、2部では神による6日間の創造を、第3部ではアダムとイブの楽園での幸福な暮らしを描いている。そして、本盤のオラトリオ《四季》。序奏は冬から春への移り変わりを表している。冬の嵐の描写は尋常無く。激しく、引き締まった響きが一層厳しさを物語る。そして春を向かえシモン(バスのマルティ・タルヴェラ)とルーカス(テノールのペーター・シュライアー)が喜びの声を上げると村人の合唱(ウィーン楽友協会合唱団)が始まる。それは淡々とした表現ながら喜びを謳歌している。ボーイ・ソプラノのようなヴィブラートの少ないヤノヴィッツの純正な声が素晴らしい。タルヴェラの声も風格が在り立派で、若者達の神への合唱も素晴らしい。続く夏の夜明けは重たいまどろいの描写で始まるが、朝を告げる鶏は突拍子ない。ユモリスト・ハイドンの面白さだ。羊飼いの角笛はホルンが模倣し、のどかな光景が浮かんでくる。日が昇ると合唱が入るが壮大に、そしてどんどん暑くなる様をオーケストラの細かい擬音描写を背景にシュライアーが歌う。夏の気だるさは在る時はのどかに、そして蒸し暑くなると音型が世話しなく動く。いよいよ雷雨がやってくる。ティンパニーの一撃で訪れる雷は、ビックリする程に合唱が重なる凄い演奏効果をあげる。さて秋とかわる。ホルンは豊かさを表し、木管の暖かさも自然に対する感謝で一杯、収穫の喜びを表している。ホルンが効果的な狩人の合唱も勇猛果敢、「喜べ、酒だ!」と酒宴たけなわ、バッカスの狂乱である。季節は移り冬の描写は、深い霧に覆われた故郷の風景を想う序奏で始まる。ハイドンは子沢山の百姓の家に生まれ、畑の真ん中で声高だか歌っているところをウィーン少年合唱団に誘われる。それでウィーンに生活することになったが、声変わりで合唱団で歌い続けることを続けられなくなった。これが、ハイドンに音楽の都でプロの音楽家として働く活動へ導く。音楽教室の肖像画に並ぶクラシック音楽の大作曲家の中で、最も裕福な生活を手にしたが、この曲を聴いていると寂しい気分も伝わってくる。作曲家が晩年に近い作品なので、そうなったとも言われる。ハイドンはイギリスの市民権を得て移住することも考えていたが、最終的にはウィーンに帰ることにした。ハイドンはウィーンに自らの大邸宅を建て、合唱やオーケストラのための宗教的な作品の作曲にとりかかった。このときにオラトリオ『天地創造』と『四季』、それに、エステルハージ家 ― の新しい当主になったニクラウス2世が古い形式の宗教曲を好んでいたことから ― に捧げるためのミサ曲を6つ作曲している。1809年、ハイドンはナポレオンのウィーン侵攻の中で死去した。
フルトヴェングラーは時の経過につれて奥深さを痛切に感じるのは聴き手として、わたしが歳を重ねたことにあるのか。今となってはカール・ベームの音楽がわからなくなっている。カラヤンを際立てるために同時代にあったのだろうか。膨大なレパートリーの印象がカラヤンにはあるが、1945年以後の音楽には関心がないと明言している。カール・ベームのレパートリーはどうだっただろう。『現在ドイツ、オーストリアに在住する指揮者としては、フルトヴェングラー亡きあと最高のものであろう。』とカラヤンとの人気争奪戦前夜の評判だ。『その表現は的確で、強固なリズム感の上に音楽が構成されている。メロディを歌わせることもうまいが甘美に流れない。彼は人を驚かすような表現をとることは絶対にないが、曲の構成をしっかり打ち出し、それに優雅な美しさを加え、重厚で堂々たる印象をあたえる。まったくドイツ音楽の中道を行く表現で、最も信頼するにたる。レパートリーはあまり広くはないが、彼自身最も敬愛しているモーツァルトや生前親交のあったリヒャルト・シュトラウスの作品はきわめて優れている。しかしブラームス、ベートーヴェンなども最高の名演である。』これが1960年代、70年代の日本でのカラヤンか、ベームかの根っこになった批評ではないか。
カール・ベームはモーツァルトやリヒャルト・シュトラウスの録音をずいぶん聴きましたが、巨匠指揮者のレコーディングで残念なのが、宗教音楽やオラトリオが少ない。1960年代にバッハのマタイ受難曲を振ってる巨匠で在りながら、映像で残っているものも在るというのに、実際のレコーディングに反映されてないのは残念である。カラヤンとベルリン・フィルのモダン・オーケストラの機能を120%活用したような演奏も見事なものですが、ウィーン交響楽団の質朴な音も、全編活力に満ちたベーム絶頂期に合っているように思える名演奏。精気あふれた剛毅な演奏は高く評価され、各国のレコード賞を受賞。1970年代を過ぎてテンポがゆったりとなり全体の造形がそれまでの楷書体から草書体に変化した印象を受けるようになったが、そのイメージで聴きだすとあまりの優美さに面食らうかもしれない。本盤は厳しいまでに 端正で古典的なたたずまいと凝縮された推力とエネルギーを併せ持っている。
1967年4月23日〜6月3日ウィーン、楽友協会大ホールでカラヤンで御馴染みのギュンター・ヘルマンスが録音。プロデューサーにハンス・ヒッシュ博士、ディレクターは、ヴォルフガング・ローゼ。
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