34-11974

商品番号 34-11974

通販レコード→独COLUMBIA ホワイト・アンド・ゴールド盤

フィルハーモニア・プロムナード管弦楽団とは、このオーケストラの実態はフィルハーモニア管弦楽団。 ― ヘルベルト・フォン・カラヤンが1952年に録音したヨハン・ゼバスティアン・バッハの「ミサ曲ロ短調」は、ウィーン楽友協会管弦楽団と表紙にあることから、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と同一視され、ソリストにデニス・ブレイン、ガレス・モリス、シドニー・ザットクリフ、ペーター・ニューベリー、マノウグ・パリキアンらフィルハーモニア管弦楽団黄金時代の主席奏者の参加があることからウィーン交響楽団の演奏だろうとの憶測もされたほどだった。わりと最近までフィルハーモニア管弦楽団の名前は伏せられていて、ブレインをはじめとするイギリスの首席奏者たちがウィーンのオーケストラをバックに演奏したかのようなミステリーを投げかけ続けていましたが、実のところは、合唱部分をウィーンで録音後、管楽器によるオブリガート・ソロ部分はロンドンで録音。二つの楽団による録音のパッチワークだったという真相です。1950年にフィラデルフィア管弦楽団がRCAにロビンフッド・デル管弦楽団という別名を使用してレコード発売していたほか、ロンドン・フィルハーモニー交響楽団(Philharmonic Symphony Orchestra of London) は、米Westminsterがロンドンに出張して、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を使って録音を行った際の匿名で、ロンドン交響楽団であったり、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団と日本で早合点した表記に出会った時など戸惑っています。レコード会社も罪なものです。たいしたことと思えないからでしょうが、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーのベートーヴェン録音では、年月日まで重要な問題になってきます。フィルハーモニア管には、この手の紛らわしさはありませんが、1952年10月のパーセルの歌劇「ディドとエネアス」ではマーメイド管弦楽団、1956年1月のヘンリー・クリップスとのスッペ、ワルトトイフェルの序曲集ではフィルハーモニア・プロムナード管弦楽団という「別名」で登場したことがあります。指揮のヘンリー・クリップスは有名なヨーゼフ・クリップスの弟で、主にヨハン・シュトラウスなどのウィーン物を得意として数枚のLPを出している。その際のオーケストラは必ずフィルハーモニア・プロムナード管を振る。契約的な理由でこの名前が使われるようだ。特にロンドンでコンサートとして実演されるプロムナード・コンサートに出演の際の名称ではないかと思われる。ヘンリーはウィーンで長く指揮者として活動しこの手の音楽は彼の最も得意とする分野。兄とは競合しないように専門分野を絞ったと思われる。第一級の演奏と言って間違いないものの、アカデミー筋からは軽くみられる傾向があることは事実。そして楽しい音楽は誰もが安心して耳を傾ける事が出来るだろう。

Henry Krips, Philharmonia Promenade Orchestra ‎– Franz von Suppé ‎– Ouvertüren

Side-A
  1. 軽騎兵 Leichte Kavallerie
  2. スペードの女王 Pique Dame
  3. ウィーンの朝・昼・晩 Ein Morgen, Ein Mittag, Ein Abend In Wien
Side-B
  1. 詩人と農夫 Dichter Und Bauer
  2. タンタルスの苦悩 Tantalusqualen
  3. 幸運の迷宮 Die Irrfahrt Ins Glück
  • Record Karte
  • Engineer – Robert Beckett, Producer – Walter Legge
  • DE  COL  SMC83 951 ヘンリー・クリップス  スッペ…
  • DE  COL  SMC83 951 ヘンリー・クリップス  スッペ…