34-8483
曰く付きの盤。 ― 夭折の天才が残した、歴史的にも貴重な記録が刻まれた一枚、一枚を繰り返し聴きながら、誰もがリパッティの新しい録音、音質の良い音源の登場に恋い焦がれていた。リパッティの晩年には、テープ録音の普及が広がる頃で、そこに待望のショパンであったから無理からぬ。本盤は、英EMIによってリパッティの演奏として発売されたが、実はポーランドの女流ピアニスト、ハリーナ・チェルニー=ステファンスカの演奏であることが明らかになった盤である。音源は、スイスのドクター・カスパルの提供したテープから製作されたもので、指揮者およびオーケストラは不明であった。当時担当のレコーディング・マネージャー、ウォルター・レッグが、確認のために録音を未亡人のマダム・マドレーヌ・リパッティに聴いてもらい「主人の演奏に間違いない」との事で発売したのもしかたない。リパッティ演奏として、6万枚売れたこのレコードはスプラフォンによって1955年に録音されたチェルニー=ステファンスカ女史の演奏にほかならなかった。これを、1966年にオーケストラや指揮者をクレジットしないで大発見と発売した。1971年にイギリスでリリースされたレコードのジャケットには次のように書いてありました。「この録音はショパンのピアノ協奏曲第1番のディヌ・リパッティによる演奏を含みます。それは1948年5月にスイスで行われたコンサートでEMIが収録していたテープによるものです。演奏者はリパッティによるものです。が、詳細が得られず指揮者とオーケストラの名前を確立することができませんでした。しかし、この特別なライヴはこれまで英国では未発表だった、貴重な音楽ドキュメントです。」オーケストラはコンセルトヘボウ管弦楽団かミラノ・スカラ座管弦楽団かもしれないと考えられていました。放送録音で、オーケストラの紹介の一部が演奏が始まる部分に残っていたといわれているが、夫人は言及していない。1948年2月から3月にかけてスイスを演奏旅行したリパッティは、5月に入ると、イギリス、オランダ、フランスで演奏会を開き、ロンドンで、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮のもと、シューマンのピアノ協奏曲を録音している。レコードのジャケットにクレジットされた日付に、リパッティがワルシャワ管弦楽団と共演した事実はないと、夫人は録音の信憑性について疑問を明確に表明していましたが、時はテープ録音が注目されている最中であったことを考え合わせると、リハーサルの時に録音されたのかもしれない。ピアノのテンポや、第1楽章のオーケストラによる主題の提示部カットはリパッティのスタイルではないが、演奏会本番での演奏ではないことが理由にあるかもしれないと妥協している。演奏者不明のこの録音が彼の演奏と言うことで、日本でこれが売り出されるや以来、数多くの音楽評論家達が「さすがリパッティだけあって名演奏だ!」という褒め言葉で、この曲の代表的な演奏として絶賛していて、名曲ガイドブックの類にはよく取り上げられていた。事情が変わったのは、EMIが1981年にレコードを再発売したとき、BBCはそのレコードを放送し、それを聴いた視聴者からチェルニー=ステファンスカが1950年代初頭にチェコのスプラフォンへ録音した演奏との類似性を指摘された。それを受けて行われたBBCとEMIによるテストで、遂に2つの録音は同一であることが明らかになります。すでにレッグは1964年にEMIを去っていた。EMIは該当レコードの製造を中止し、女史に陳謝の書面を送り、女史とスプラフォン社に賠償を支払うことで、一件落着となった。曰く付きの1枚。
ディヌ・リパッティ演奏と偽ってEMIが多年にわたり全世界で売ってしまったハリーナ・チェルニー=ステファンスカ女史の弾くショパンの『協奏曲』のモノラル旧録音でした。第4回ショパン・コンクールの優勝者でもあり、ポーランド正統派のショパン弾きとして著名なチェルニー=ステファンスカの演奏は、美しい音としっかりとした構成力で非常に見事なものだ。リパッティと間違えられたのも頷ける。伴奏は名指揮者ヴァーツラフ・スメターチェク指揮のチェコ・フィルハーモニー管弦楽団で、これも良い。それをリパッティの演奏と信じて月評が執筆されています。チェルニー=ステファンスカの演奏として判明した後、評論家の多くは沈黙を守りあっと言う間に廃盤。「リパッティと間違えられたほどの名演」などという笑えないキャッチフレーズで、日本コロンビアからチェルニー=ステファンスカの演奏として発売されたが、リパッティと間違えられたから名演なのではなく、もともと、ステファンスカ女史の演奏は、別の味わいを提示しているとは言え、一方の名演ではある。そして、日本でも疑惑が出ていなかったわけでもなかった。再発売された時のレコード評に、「いつものリパッティとは違う」ということを前置きにして、「ここではリパッティは少しも大仰なポーズをとることはないのだが、むしろ淡々たる進行の中に尽きぬニュアンスの深さを感じさせずにはいないのである」とある。運命のめぐり合わせか、その翌月にチェルニー=ステファンスカによるショパン『ピアノ協奏曲第1番』が、日本発売されている。ポーランド・ムザ原盤のステレオ録音で、当時、ソ連盤やチェコ・スプラフォンなどを発売していた新世界レコードからだった。こちらは、ヴィトルド・ロヴィツキ指揮ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団の1960年録音盤。この評が「彼女のショパンには大仰なところがすこしもなく、よく揃った精妙なタッチで、細やかなニュアンスを実に美しく表出している」とある。銘柄の違う酒の味がわかっている確かな舌と同じで、モノラルとステレオ録音の違いはあっても、同じピアニストの演奏だと目明かしたということを物語っていよう。
先月27日に行われた、チャイコフスキー国際コンクールで日本人ピアニストの藤田真央が、2002年以来17年ぶりに第2位入賞。ヴァイオリン部門の第4位に、金川真弓は日本出身者としては12年ぶりに入賞した。アニメ「ピアノの森」にも描かれている通り、他国の演奏家にはハードルが高い。フレデリック・ショパン国際コンクールは、第二次世界大戦中には休止せざるを得ませんでした。戦後は第4回が1949年に開始されたのですが、興味深いことには女性ピアニストふたりが1位を分かち合ったのです。また、入賞者は多いのですが、ショパンコンクールは2015年の第17回までに1位の女性は4人だけです。第4回はまだ戦後の混乱期ではありましたが、1位と2位の3人が女性です。また第5回には10位に日本の「田中希代子」が入っています。更に、第6回は1位以外のほとんどを女性が占めていることが特徴的でした。これは、戦争で多くの男性ピアニストが亡くなったこと、戦後は音楽家になることよりも国を実際的に立て直すことへ男性の力が注がれたことなども関係しているかもしれません。ハリーナ・チェルニー=ステファンスカは、1922年ポーランド生まれ。フランスのパリに留学し、エコールノルマル音楽院でショパンの楽譜校訂で有名な大ピアニストのアルフレッド・コルトーに師事しています。オーソドックスな演奏ですが、女性ピアニストに多い「大げさな表現」がない清潔感ある弾きかたは好感が持てる。偽リパッティ盤を推薦していた批評家のうち、ただひとり宇野功芳は、「演奏者が誰だろうと良いものは良い」 を貫き、レコード芸術の企画・名曲名盤300で一人チェルニー=ステファンスカ盤を推したのでした。教育者として、日本でも斎藤雅広らを指導。こんなに素晴らしいピアニストが先生として東京芸大にいたのですから、日本人は感謝しなくてはいけません。ところで、1981年以降にリリースされ、クレジットにオットー・アッカーマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団となっているショパンのピアノ協奏曲第1番のディヌ・リパッティのすべてのレコードは、真性のリパッティ演奏の録音です。偽リパッティ盤が判明したことで、1950年2月7日 チューリッヒでのコンサートの録音が発表されるに到りました。別の機会に扱いますが、こちらもちょっとドラマティックな経緯があります。オーケストラと指揮者が不詳で、そして録音日として1948年5月を持っているすべてのLP ― ドイツ・コロンビア C 80934、Electrola 1C 049-01716、1C 197-53780/6、英EMI HQM 1248、RLS 749、米セラフィム 60007は、実際にはチェルニー=ステファンスカの演奏です。
  • Record Karte
  • 1955録音、ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ、ヴァーツラフ・スメターチェク指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団。
  • DE COL C80 934 チェルニー=ステファンスカ ショパン・…
  • DE COL C80 934 チェルニー=ステファンスカ ショパン・…