34-20069
室内楽の楽しみが溢れるチャーミングな1枚 ― モーツァルトのヴァイオリン曲で名演を示すのは至難の業である。〈ディヴェルティメント変ホ長調 K.563〉はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756〜1791)が1788年に作曲した。1788年には後期3大交響曲ともよばれる交響曲39番 変ホ長調 K.543、同40番 ト短調 K.550、同41番 ハ長調 K.551『ジュピター』も作曲された年だけあって弦楽三重奏とはいえ、これらの大作に引けをとらない充実した作品でありながら、しかもモーツァルトらしい「可愛らしさ」や典雅な魅力に満ち溢れている。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの3本が楽しく対話をしているような曲です。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが各ひとりの弦楽三重奏ながら深みのある音楽性を追求した、晩年のモーツァルトの意欲作。アンサンブルの基本である弦楽四重奏からさらに第2ヴァイオリンを外し、その役割をヴィオラに集約させて響きを確保しているのは既に音楽的に成熟したモーツァルトのチャレンジ精神によるものでしょう。ディヴェルティメントは「嬉遊曲」と訳されるように、明るく軽妙で楽しい曲想で、貴族の娯楽の場などで演奏された器楽が奏でる多楽章を持つ組曲です。「弦楽三重奏のためのディヴェルティメント 変ホ長調 K.563」は緩徐楽章とメヌエットを2つずつ持つ6楽章構成のディヴェルティメントの形を取りながら、モーツァルトのディヴェルティメントでは唯一弦楽三重奏のために書かれています。この曲のヴァイオリンパートは、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲並みの難易度であって、第2ヴァイオリンを伴わないヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの三重奏はそれだけでも透明感を感じさせる編成ですが、そこに晩年のモーツァルトならではの天国的な情緒が加わった佳曲です。耽美的かつ浸透的な第2楽章アダージョはモーツァルトの全室内楽曲中でも最美の1曲といっても過言ではありません。匂い立つような遅いテンポで、晩年のモーツァルト特有の天国的な情緒が陶酔的に歌い抜かれています。そしてフィナーレの第6楽章のテーマは第27番のモーツァルト最後のピアノ協奏曲のフィナーレ同様、モーツァルトの童謡「春への憧れ」の谺が聴かれます。本盤は、すべてのパートに高度なテクニックとアンサンブルが要求されるモーツァルト晩年の傑作にヴァイオリンのギドン・クレーメル、ヴィオラのキム・カシュカシアンとチェロのヨーヨー・マという現代弦楽器界の最高峰が、がっぷり組んだ豪華な顔合わせで室内楽を聴く喜びが満喫できるチャーミングな1枚です。
チャーミングの言葉の解釈次第だが、グリュミオー・トリオ盤と双璧にある本曲の究極盤。すべてのパートに高度なテクニックとアンサンブルが要求されるモーツァルト晩年の傑作にがっぷり全力で立ち向かっている。「ほつれ毛をそっと撫でて通り過ぎた秋風のようなもの」に感じられるだろうが、33歳前後の不遇をかこった時期の作品だがモーツァルトは1791年12月5日午前0時55分に、35歳で亡くなったのでモーツァルトにとっては最晩年の境地といってもいい。一連のピアノ協奏曲や40番のシンフォニーなどの一般受けする”親しみ易さ”の要素が無い、モーツァルトが自己の内面と静かに向き合って作曲した趣で非常にレベルの高い、ピアノ・ソナタの「孤独な世界」に相通じるものだ。バッハは苦手だがモーツァルトに限ってはと自負していても、深層は容易くない。簡単に人を寄せ付けない雰囲気を持っている曲だが、ほつれ毛をそっと撫で上げてくれた秋風の感触は忘れられないだろう。天才物理学者アインシュタインは「死とは何か」という問いに対して「死ぬということはモーツァルトが聴けなくなることだ」と答えた。そのアインシュタインが「言葉のさらに真実な意味で唯一無二の作品」あるいは「かつてこの世で聴くことのできた最も完全な、最も洗練された三重奏曲」と絶賛したように、この曲に対する評価は非常に高い。1789年4月13日、旅先のドレスデンの「ポーランド館」で演奏。ヴァイオリンはオルガン奏者のタイバー(Anton Teyber, 1756-1822)、ヴィオラはモーツァルト、チェロはエステルハージー侯のチェロ奏者クラフト(Anton Kraft, 1749-1820)が弾いた。そのときの演奏をモーツァルトはウィーンにいる妻に「es wurde so ganz hörbar executirt」と書いている。見事な演奏だったが、モーツァルト自身は必ずしも、その演奏に満足していなかった。グリュミオー・トリオ盤と双璧にあるのは、演奏者の情緒を差し挟む余地が無いからだ。技巧に徹することができるクレーメルの迷いのない解釈と演奏が、只々美しく際立てる。愉悦性の高いフレーズでも下手に媚を売らない。さらり恬淡、あっさり飄逸と見せかけながら、それを突き詰めることで、ぬらり濃密、みっちり周到。“易”の相補性では陰も極まると陽に転じるとあるが、この“歌わない饒舌さ”の犀利な演奏だ。
ギドン・マルクソヴィチ・クレーメル(Gidon Markusovich Kremer)は1947年2月27日生まれ、ラトビア・リガ(生誕時はソヴィエト連邦ラトビア・ソビエト社会主義共和国)出身のドイツ系ユダヤ人ヴァイオリニスト。4歳の時から高名なヴァイオリニストでもある父と祖父よりヴァイオリンの手ほどきを受け、7歳の時にリガの音楽学校へ入学。16歳で国内の音楽コンクールで優勝、2年後にモスクワ音楽院へ進む。当時、教壇に立っていたダヴィッド・オイストラフに8年間師事した最後の弟子。1967年のエリザーベト王妃国際コンクール入賞を皮切りに、パガニーニ国際コンクール、チャイコフスキー国際コンクールと相次いで1位を獲得し、ソヴィエト連邦内のツアーを行った後、1975年にドイツで初めてのコンサートを開き、西側ヨーロッパでの鮮烈なデビューを飾った翌年、ザルツブルク音楽祭でさらに評判を得る。この時期、クレーメルがソ連政府に西側長期滞在許可を申請した直後のインタビューだと思われるが「あなたはロシアの巨匠についてふつうに言われているイメージには必ずしもぴったりではありませんね。態度、外見が非ロシア的であるだけではありません。あなたのヴァイオリン演奏にも大抵のロシアの巨匠たちの甘ったるい官能的な響きはありません。あなたの演奏を際立たせているのは第一に知性であり、極端とも言える音色のニュアンスづけと使い分けです。」に「知性的な芸術家というハンコを捺されることには反対です。感覚が伴っていない知性なぞ演奏芸術においては死んだも同然だからです。」と答えている。そして1977年にはニューヨークへも進出し、アメリカでも名声を博した。以降、世界各地で輝かしいキャリアを重ねトップ・ヴァイオリニストとしての不動の地位を築く。世界主要オーケストラや屈指の指揮者と多数共演。スタンダードはもちろん、20世紀の大作曲家までレパートリーも多彩。特にロシアや東欧の作品の発掘に注力し、2016年に世界文化賞を受賞した。使用楽器はストラディバリ、1730年製グァルネリ・デル・ジェス“エクス・ダヴィッド”等を経、現在は1641年製ニコロ・アマティ。本盤は1979年から1988年の間、使用していた1734年製ストラディヴァリウス「Baron Feilitzsh:フィリッシュ男爵, Heermann」での録音だろう。音色がかなり硬質で、同世代と思われるイツァーク・パールマンの音とは対極。師オイストラフと比べて決して美音とは思われないが、カザルスの影響を受けている。緊張した厳しい音ではなく、線は繊細だが輪郭線のクッキリしたクールではあるが豊かな音色が特徴だ。
1984年3月1〜3日ニューヨーク、RCAスタジオAでの録音。
CA CBS IM39561 クレーメル&カシュカシアン&a…
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