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ヴァイオリン協奏曲は魅力的だ。 ― バッハ、モーツァルト、ベートーベン、メンデルスゾーン、パガニーニ、シューマン、ブルッフ、ブラームス、ヴュータン、チャイコフスキー、シベリウス、サン=サーンス、ラロ、リヒャルト・シュトラウス、グラズノフ、ヴィエニャフスキー、ハチャトリアン、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、ストラヴィンスキー、バルトーク、シマノフスキー、マルティヌー、エルガー、ウォルトン、ベルク、コルンゴルド、バーバーなど、親しみの薄い作曲家も少なくないが彼らの綺羅星のような名曲たち。アイザック・スターンが演奏していないヴァイオリン協奏曲はどれだろうか。しかしいつでも聴きたいものはベートーベン、メンデルスゾーン、ブラームス、チャイコフスキー、シベリウスの5大名曲だろうか。オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団とのレコードはアナログ時代の定番ベストセラーだった。スターンのヴァイオリンの素晴らしさ、オーマンディーの伴奏のうまさは天下一品であり、これを永遠の名盤と評してもどこからも文句は出ないだろう。スターンが演奏してから頻繁に弾かれるようになった曲もあり、ヴァイオリン奏者にレパートリー開拓の道筋も作った。そのスターンがブルッフとラロのヴァイオリン協奏曲を弾いたのがこのレコードである。スターン以降のレパートリーの変化も理由だが、スターン時代の6大名曲にあげられていた名曲は、作曲家それぞれの代表作の一つ。ロマン派音楽の時代で最高のヴァイオリン協奏曲であり、官能的かつ感動的な旋律と和声によって、記憶に残りやすい作品となっている。マックス・ブルッフは作品の知名度が高いわりにプロフィールがあまり知られていない人である。ケルンに生まれたドイツの作曲家で、亡くなったのは1920年のことである。メニューインが15歳でレコード・デビューした時に、この曲を選んだのが1931年のこと。同時代性もあるだろうし、作曲家を知る人の教えも受けやすかったことだろう。甘美といっても俗っぽさは皆無な旋律は、むしろ崇高で瞑想的である。ポピュラーな作品でありながら、しっくりくる録音は数えられる範囲にとどまる。何れ時代が、スタンダードを決めるだろう。そしてスペイン系フランス人であるエドゥアール・ラロ。この傑作「スペイン交響曲」は、ツィゴイネルワイゼンで有名なサラサーテに捧げられた。やはり、スターンの演奏が素晴らしい。愛器グァルネリ・デル・ジェスから変幻自在に音色を操る。第3楽章のアンダンテのスターンの音色はグァルネリが唸る。このアンダンテは独立して演奏されるほどでイベリア半島の先に太陽が沈む光景が似合う。「兼高かおる世界の旅」が外国の風景を日本にいち早く伝えてくれるテレビ番組だったというから、レコードで聴く音楽で旅情を楽しんでいたのかもしれない。
アイザック・スターンの名を見つけると、私は必ず映画「ミュージック・オブ・ハート」を思い出す。メリル・ストリープ演じる女性の音楽教師が、スラム街の学校に通う子供達に悪戦苦闘しながらヴァイオリンを教え込み、最後には地域の支持を獲得することに成功、お別れの発表会をカーネギー・ホールで行うという実話に基づいたストーリーです。このカーネギー・ホールのシーンでスターン自身が登場し、子供達と一緒に演奏をする展開には暖かい人柄が滲み出て、何回見ても飽きない。ユダヤ系のヴァイオリニスト、スターン(Isaac Stern)は、アメリカで活躍したヴァイオリニスト。1920年7月21日、当時ロシアだったウクライナのクレメネツに生まれ、1歳2ヶ月の時、家族に連れられサンフランシスコに移住する。母親から音楽の早期教育を受け、1928年サンフランシスコ音楽院に入学、ヴァイオリンをナフム・ブリンダーに学んだ。1936年2月18日にサン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番を、モントゥ指揮サンフランシスコ交響楽団と共演してデビューを果たした。初演後、初演者と作曲者の恋愛関係から演奏される事のなかったバルトークのヴァイオリン協奏曲第1番を初演者の依頼によって再演奏し、世界に知らせた。新進演奏家の擁護者でもあり、なかでもイツァーク・パールマン、ピンカス・ズーカーマン、シュロモ・ミンツ、ヨーヨー・マ、ジャン・ワンはスターンの秘蔵っ子たちで、しばしば共演を重ねてきた。1960年には、カーネギー・ホールが解体の危機に見舞われた際、救済活動に立ち上がった。そのため現在、カーネギー・ホールのメイン・オーディトリアムはスターンの名がつけられている。またユダヤ人としてイスラエルに強い共感を示し、ユダヤ人を題材にしたミュージカル映画『屋根の上のバイオリン弾き』では劇伴のヴァイオリンソロを担当している。一方で、中東和平を推進したイスラエルのバラク政権を支持した事や、ドイツ人との和解に努めた事も注目される。2001年9月22日、その11日前に発生したアメリカ同時多発テロ事件で全米が騒然とする中、その渦中にあったニューヨークで心不全の為、亡くなった。
Lalo, Bruch / The Philadelphia Orchestra Conducted By Eugene Ormandy, Isaac Stern ‎– Lalo: Symphonie Espagnole In D Minor, Op. 21, Bruch: Violin Concerto In G Minor, Op. 26
  • Side-A
    1. Concerto No. 1 In G Minor For Violin And Orchestra, Op. 26 I - Allegro Moderato
    2. Concerto No. 1 In G Minor For Violin And Orchestra, Op. 26 II - Adagio
    3. Concerto No. 1 In G Minor For Violin And Orchestra, Op. 26 III - Finale (Allegro Energico)
  • Side-B
    1. Symphonie Espagnole In D Minor, Op. 21 I - Allegro Non Troppo
    2. Symphonie Espagnole In D Minor, Op. 21 II - Scherzando (Allegro Molto)
    3. Symphonie Espagnole In D Minor, Op. 21 III - Intermezzo (Allegretto Non Troppo)
    4. Symphonie Espagnole In D Minor, Op. 21 IV - Andante
    5. Symphonie Espagnole In D Minor, Op. 21 V - Rondo (Allegro)
ユージン・オーマンディ(Eugene Ormandy)は、1899年ハンガリーのブダペスト生まれ。1985年没。フーバイに師事してヴァイオリンを学び、17歳でブダペスト王立音楽院の教授を務める腕前だった。1920年に米国に渡り指揮活動を始める。31年ミネアポリス交響楽団の常任指揮者を経て、36年からストコフスキーに招かれフィラデルフィア管を振り始め、38年常任指揮者に就任。80年に引退するまでの44年間務めた。フィラデルフィア・サウンドといわれる豊麗な音色を作り上げた。コロンビアならではの「360サウンド」の鮮明なサウンドも聴きごたえたっぷりです。フィラデルフィア管弦楽団の充実したストリング・サウンドの魅力と凄さを伝えるアルバムで、LP時代から名盤の誉れ高いアルバムです。
ヨーロッパ屈指の家電&オーディオメーカーであり、名門王立コンセルトヘボウ管弦楽団の名演をはじめ、多くの優秀録音で知られる、フィリップス・レーベルにはハスキルやグリュミオー、カザルスそして、いまだクラシック音楽ファン以外でもファンの多い、「四季」であまりにも有名なイタリアのイ・ムジチ合奏団らの日本人にとってクラシック音楽のレコードで聴く名演奏家がひしめき合っている。英グラモフォンや英DECCAより創設は1950年と後発だが、オランダの巨大企業フィリップスが後ろ盾にある音楽部門です。ミュージック・カセットやCDを開発普及させた業績は偉大、1950年代はアメリカのコロムビア・レコードのイギリス支社が供給した。そこで1950年から60年にかけてのレコードには、本盤も含め米COLUMBIAの録音も多い。1957年5月27~28日に初のステレオ録音をアムステルダムにて行い、それが発売されると評価を決定づけた。英DECCAの華やかな印象に対して蘭フィリップスは上品なイメージがあった。
Columbia Masterworks ‎– ML 5208 でリリース。
AU ODYSSEY ODA5148 スターン&オーマンディ ブルッ…
AU ODYSSEY ODA5148 スターン&オーマンディ ブルッ…