34-14803
通販レコード→豪 Ace of Diamonds 盤

AU DECCA SDD211 ヘルベルト・フォン・カラヤン R.シュトラウス・ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら/死と変容

商品名AU DECCA SDD211 ヘルベルト・フォン・カラヤン R.シュトラウス・ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら/死と変容

インターナショナルに徹しきれていないところがまだ、この時代のリヒャルト・シュトラウスの演奏に名残がある。》 第二次世界大戦は日本軍の無条件降伏、ポツダム宣言で集結したが終わっていない戦いもあった。戦後、フルトヴェングラーの勢力下、ウィーン・フィル、ベルリン・フィルで演奏することさえ制限されたカラヤン。そこへ救いの手を差し出したのが英国 EMI の名プロデューサー、ウォルター・レッグだった。カラヤンのレコーディング専用オーケストラ、フィルハーモニアでたくさんのレコードを発売。劇場での指揮は出来ずとも、レコードでカラヤンの名前は全世界に知られるようになる。ただカラヤンの悪い虫が騒いだというのか、オーディオへの関心を深めることになった。そして彼はステレオ録音を希望したが、折り悪く英国 EMI の経営陣はステレオ録音に懐疑的だった。不満を払拭できないままカラヤンは EMI との契約更新を曖昧に引き伸ばしていた。そうこうしていると、フルトヴェングラーが急死。カラヤンはウィーン・フィルに復帰できた。以来、名門ウィーン・フィルとも生涯深い関係を築く事になるのだが、しかし、ウィーン・フィルは英国 DECCA と専属関係にあったので、カラヤン指揮ではレコードを作れない。そこに接近してきた英国 DECCA 社では、1959年に EMI と契約の切れたカラヤンと契約。そのことでカラヤンは、この愛すべきオーケストラとの録音をドイツ・グラモフォンではなく、イギリス・デッカと行いました。結果、1960年代に残されたものは、どれもが名盤と呼ぶにふさわしいもので、LP発売以来、長らくファンに愛され続けてきました。レコードのステレオ録音は、英国 DECCA が先頭を走っていた。1958年より始まったステレオ・レコードのカッティングは、世界初のハーフ・スピードカッティング。 この技術は1968年ノイマン SX-68 を導入するまで続けられました。斯くて、1965年までカルーショーが後世に伝えるに相応しいカラヤン&ウィーンフィルの名盤をこの6年間で製作することになる。制作は英 DECCA のジョン・カルーショー、エンジニアはジェームス・ブラウン&ゴードン・パリーの二頭立てという『ショルティの指輪』制作陣がそのまま担当するという力の入れよう。後世に語り継がれるオペラを、ウィーンのソフィエンザール(カルーショーがお気に入りだったリング収録場所)で着手。その録音セッショッンの合い間にカルーショーは有名管弦楽曲の録音。何れも全体に覇気が漲っていて、弦も管も美しく技巧的にも完成度は高い名盤を量産。後の EMI や DGG のベルリン・フィル盤にはない魅力タップリのまったく聴いていてダレるような箇所がない。カラヤンの指揮する曲は概して大胆さや迫力にプラスして、丁寧でかつ美しいということです。とりわけ、ゆっくりのテンポの美しい旋律は、カラヤンの最も得意とする部分だと思います。例えば、怒濤のような旋律の中で、ぱっと花が咲くように美しいメロディーが流れる。この点にかけては、カラヤンは見逃さず見事に再現している。彼一流の粘り、盛り上げはすでに十分。インターナショナルに徹しきれていないところが《ツァラトゥストラはかく語りき》に感じられたが、《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯》にはフルトヴェングラーの呪縛からの足掻きを感じる。その全力投球の演奏には「いたずら」どころか「社会を震撼させた大事件」みたいな大袈裟さを感じるところが、フルトヴェングラーが曲から汲み取ることが出来た何かが見当たらない。とりわけ《ドン・ファン》は他の曲と比較してもカラヤンに余裕が感じられる。ウィーン・フィルが腰の据わった雄弁な表現をしていて全く申し分なし。《サロメの踊り》はオペラの一場面なのでウィーン・フィルにとっては勝手知ったる曲目。ウィーン・フィルの持ち味を最大限活かして、蠱惑的な響きで聴き手の耳をくすぐる。
AU DEC SDD211 ヘルベルト・フォン・カラヤン R.シュト…
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